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一話・ヤクザvs魔法使い vol.4

 建物の入り組んだ狭い道を、疾風が薙ぎ払った。

 刀を抜いて道の真ん中に立った鯖丸は、さて困ったな…と首を捻った。

 道の向こうには、ヤクザ達が数で押して来ている。

 周囲は、派手な提灯や暖簾のかかった女郎屋だ。

 騒ぎが起こるのは分かっていたらしく、どの店も入り口の木戸は閉められていたが、格子窓の向こうから、女郎達や店の従業員が様子を伺っている気配がある。

 ヨッシーは派手にやってもいいと云う様な言い方だったが、何の関係もない人達を巻き添えにする訳にはいかない。

 相手も、鬼の様な姿で刀を持った男が誰なのか分かっているので、うかつに手は出して来ないが、警察がらみなのでこちらが無茶を出来ないのは、分かっている様子だ。

 早く宴席が設けられている遊郭まで行かないと…。

 重力操作で自分だけこの場を離れるべきなのか、それとも、何もかもぶち壊しながら前へ進む方がいいのか…。

 背後の機動隊を、ちらりと振り返った。

 この人達なら、自分一人この場を離れてしまっても、ヤクザにやられてしまう事はないだろう。

 いや、ダメだ。一緒に行動しなければ、遊郭に着いてから逃げ出す連中を囲い込む役が居なくなる。

 決心して、真後ろに居る一号に話しかけた。

「このまま普通に突っ込もうと思うんですけど」

 一号は無言だ。

 ああ、やっぱり俺みたいな若造が、この人達に指示を出すのは、無理があるんだな…と思った。

 いっそ、一号に全部任せて従った方が、楽だし安全かも知れない。

 口に出しそうになって、思い止まった。

 この人達は、訓練を積んだプロだが、魔界に入るのは、たぶん初めてだ。

 俺は一応プロの魔法使いなんだ。もういい大人だし、いつまでもガキ扱いしてはもらえない。

「あいつらを一撃で排除すると、周りに迷惑がかかります。魔法で障壁は張りますから、このまま正面突破してください」

 一号は無表情だったが、やっとうなずいた。

「障壁の安全性は、どの程度だ」

「魔法での攻撃は、ほぼ完璧に防ぎます。銃とかの物理攻撃も防げますけど、一点に集中しないとダメなんで、取りこぼしが出ます。その辺は、これで…」

 一号の持っている盾を指差した。

「分かった」

 一号の表情は変わらなかったが、少しだけ雰囲気が柔らかくなった気がした。

「前へ出るタイミングは、君が指示しろ。総員、突撃準備」

 背後の機動隊員が身構えた。

 鯖丸は、刀の切っ先に魔力を溜めて、前進するタイミングを伺った。


 最初に目的の遊郭まで着いたのは、ハヤタ探偵事務所のグループだった。

 機動隊と合流したのは最後だが、距離的に北の橋からが一番近い。

 遊郭の入り口も、南向きになっているので、漆喰の塀が続く北側は、守りが手薄になっていた。

 塀の向こうは庭になっているらしく、見事に手入れされた松や、茶室の屋根が見える。

 このまま壁を壊して突入する事も出来たが、全員が揃うのを待つ事にした。

 待機を始めて一分も経たない時、塀の向こうで何かが壊される物音がした。

 男の悲鳴と怒鳴り声が、同時に聞こえた。

 まだ、突入部隊の誰も、遊郭の内部には入っていないはずだ。

「俺、見て来ます」

 伊吹が、塀の上に飛び上がった。

 茶室の方向を見下ろしていた伊吹の表情が変わった。

 しばらく、放心した様に下を見下ろしてから、ふいに我に返って戻って来た。

「何があった」

 内村はたずねた。

「分かりません。何か化け物みたいな奴が、暴れてました。たぶん、魔法整形だと思いますけど」

「用心棒か何かか」

「いいえ、ヤクザが襲われてましたし、仲間割れなのか、何なのか」

 理解出来ない状況になっている。

 思案する閑もなく、もう少し遠くから怒声が聞こえた。

 西谷商会の連中も、ここまでたどり着いた様子だ。

「その化け物みたいな奴は、まだ居るのか」

 内村は聞いた。

「いいえ、ヤクザと一緒に居た男を追いかけて、奥へ行きました。庭に居た見張りも、そこの離れに居たヤクザも、そいつが片付けてしまったみたいで」

 先に潜入しているのは、浜上刑事ことヤッパの政と、ビーストマスターだ。

 ビーストと云うくらいだから、化け物の様な姿になって暴れていても、不思議ではないなと思った。

 外界では普通の女だったし、ビーストマスターが変な化け物に変身するという話は、聞いた事も無かったが。

 西谷商会の連中が、派手に暴れ始めたのが分かった。

「行こう、塀を削る。下がって」

 内村の指先から、ビームの様な鋭い線が延びた。

 漆喰の内側に瓦を積んだ壁を、指先で切り裂いた。

 光線でも何でもない只の水だが、一点集中すれば金属でも切り裂ける。

 切り込みを入れられた塀は、足で蹴るとあっけなく倒れた。

「じゃあ行きますんで、確保の方はお願いしますよ」

 内村は振り返った。

 背後に居る佐礼谷と富樫の二人の刑事は、うなずいた。


 ジョン太とハートは、西の橋から目的地に向かっていた。

 頭数は多いが、一人一人は飛び抜けて強い訳ではない。

 精密な攻撃が得意なジョン太と、防御力の高いハートには、苦戦する様な相手では無かった。

 秋本は、二人の後を大人しく付いて来ている。

「もうちょっと好きな様にやってくれてもいいんだけど」

 ジョン太は言った。

「いいえ、今日の仕事は、犯人の確保ですから」

「トゲ男にはならないんだ」

 てっきりその方が魔力も上がるのだと思っていたジョン太は、言った。

「あれ、見た目だけですから。防御力が少し上がる程度ですよ」

 こいつ、どんだけ自分の見た目が嫌いなんだ。男前のくせに。

 ハートがぶち壊した塀を抜けた。

 見張りは一応居るが、皆、南側にある正門を見つめている。

 いきなり壁を破って来た侵入者に、ワンテンポ遅れてから反応した。

 障子戸が開いて、時代劇の立ち回りシーンの様に、ヤクザ達がわらわらと現れた。

「一応見栄とか切っとくかい。桃から生まれた桃太郎的な」

 ハートが尋ねた。

「俺の名前が引導代わりだとか?」

「山吹色の菓子でございますとか」

「越後屋か!!」

 秋本が見事にボケるので、ジョン太はつい鯖丸相手にやる様に突っ込んでしまった。

 ああ、ツッコミなんだ…と、秋本は納得している。

 それから、持っていた木刀で、目の前の地面に線を引いた。

 構わず踏み越えて来た男が、線を越えたとたんに炎上した。

 炎を消そうと、悲鳴を上げながら地面を転がっている男を見てから、ジョン太はぼやいた。

「お前、火炎系かよ。技がかぶるなら、配置変えてもらったのに」

「やっぱり戦う人要員なんだ」

 秋本は、諦めた様に肩を落としてから、木刀を仕舞って刀を抜いた。

 正門から、派手に物が壊れる音と、複数の悲鳴と怒声が聞こえた。

「鯖丸が来たな」

 ジョン太は顔を上げた。

「相変わらず派手だね、彼は」

 ハートは楽しそうに言った。


 正門には、主戦力が詰めていた。

 一号の指示で、機動隊は無傷で正面突破して来ていた。

 怪我人が出て、回復魔法を使う場面にならなくて良かった。

 一応、普通に回復系は使える様になっているが、得意ではない。

 正門をくぐってしまえば、もう、周囲への遠慮は要らない。

「じゃあ、暴れて来ます」

 振り返って、一号に言った。

「外へ逃げようとする奴は、お願いします」

 一号はうなずいた。

 腕の一振りで、部下に指示を出し、正門を塞ぐ様に部隊を展開した。

「障壁はかけて行きますけど、俺が離れたら長時間は持ちません。無理はしないでください」

「君もな」

 一号が、初めて必要な事以外のセリフをしゃべった。

 鯖丸はうなずいた。

 押し寄せて来るヤクザ達を薙ぎ倒しながら、正面玄関に向かって斬り込んで行った。


 最初に合流したのは所長達だった。

 所長が壁を作って囲い込んだ連中をぶちのめし、斑と平田がネットで確保するという、効率のいい方法で、片っ端からその辺に居る連中を捕まえている。

 こういう仕事向きのスキルだ。

 豪奢な絵の描かれた襖をぶち破って、宴会場に入って来た鯖丸は、その場に居る奴らが全員捕らえられているのを見て、拍子抜けした様子だ。

「あ…遅かったですか」

「いや、こいつら全員雑魚だ。盃事に出てた様な幹部連中は、ほとんど逃げやがった」

 くわえ煙草の煙を吐き出して、所長は憮然とした表情で言った。

「ここの敷地内には居るんでしょう。捜しますよ」

 あまり長時間鬼の姿になっているのもしんどいので、刀を鞘に収めた鯖丸は、元に戻った。

 ぐちゃぐちゃになっている宴席を、一通り見て、ため息をついた。

 見た事もない様な、豪華な料理が、大量に残されたまま散らばっている。何てもったいない。

 足下に転がっている、四角い物を拾って、口に入れた。

「うわうまっ、何これ」

「ひらい食いするなよ」

 平田が注意した。

「今日は、美味しい物が色々食べれて、いい日だなぁ」

 取り残されて、部屋の隅で怯えていた数人の遊女が、ひらい食いしているバカを呆然と見ている。

「おい、お前ら」

 所長が、くわえ煙草で刀を肩に担いだ怖い格好で、近くに居る遊女二人に声をかけた。

「ここに居た連中は、何処へ逃げたんだ」

「奥の方に…」

 更に怯えた顔になって、二人は細い声で言った。

「行こう」

 所長は障子戸を開けた。

 戸の外は、中庭に面した廊下になっていて、その先は建物の中と庭沿いの二方向に分かれていた。

 建物の中に続く廊下は、更にその先で二階と一階に分岐している。

「お前は上へ行け」

 鯖丸に指示を出してから、所長は建物の奥へ消えた。

 斑と平田は、庭沿いの廊下をぐるりと周回して、姿を消した。

 鯖丸は、油断無く気配を探ってから、狭くて薄暗い階段を上って行った。


 二階は、昔見たくらき屋とあまり変わらない造りになっていた。

 ただ、建物は高級な感じで、広いし部屋数も多い。

 何となく気が咎めたので、靴は脱いで階下に置いて来た。

 人の気配は、いくつかの部屋から感じられる。

 一番手近な襖を開けると、組の用心棒らしき男達と、もう少し偉そうに見える男が二人、詰めていた。

 一斉に銃が抜かれた。

 ジョン太の様な射撃の達人を見慣れているので、技の稚拙さがよく分かる。

 この距離でも、半分程しか命中しないだろう。

 魔法使いも居るが、楽に力押しでねじ伏せられる程度だ。

 抵抗するなと口に出す前に、ダークスーツの男が、あれ…という顔でこちらを見た。

 どう見ても、目の前に現れた敵に対する表情ではない。

「お前、暁じゃないか」

 久し振りに聞く名前だった。

 別人格の暁が表に出て来なくなって、もう何年も経つ。

 ましてや、外界で暁が出ていたのは、六年以上前の話だ。

 麻薬の密売をはじめとして、怪しい商売に手を染めていた暁は、ヤクザとも色々付き合いがあった。

 顔見知りに会う可能性を、全く考えていなかったのは迂闊だった。

「お久しぶりです。こっちでは何て呼べばいいですか」

 暁になっている時の記憶は、あいまいだ。憶えている事の方が少ない。

 鯖丸は、当たり障りのない言葉を選んだ。

「お前、外で見ないと思ったら、こっちで商売してたのか」

「ええ、末広の親分さん所でお世話になってます」

 こちらの地元で、当たり障りのない組織の名前を口にした。

 仕事で何度か小競り合いをしているので、大まかな組織構成とシノギの内容は頭に入っている。

「助っ人で呼ばれて来たんですけど。あ、俺の事は鰐丸って呼んでください」

「長沼だ。こっちはケンジ」

 長沼の隣に座った、ダークスーツの男がちらりとこちらを見た。

「いやん、いい男」

 一応、暁らしい事も言っておく事にした。

 ケンジとか言う男は、引きつった顔で後ずさっている。

「俺は、長沼さんみてぇな趣味はないですから」

 うわー、これ絶対長沼さんとはやっちゃってるよ。本気で迂闊な事は言えないな…。

 用心棒の連中も、心なしか引いている。

「助っ人で来たと言ったな。お前、魔法は使えるのか」

 長沼は尋ねた。

「けっこう強いですよ。こっちに入って長いし」

「丁度いい、一緒に来てくれ」

 長沼は立ち上がった。

「面倒な連中に、入り口を突破された。親分衆を逃がす手助けをしろ」

 俺がその、面倒な連中なんだけど…。

 逃げた幹部連中が居る場所まで案内してくれるなら、好都合だ。

 鯖丸は、二人の男と用心棒達の後に続いた。


 ジョン太は、上を見上げて空気の匂いをかいだ。

 鯖丸の奴、大人しくなったと思ったら、何だか変な場所に居るな…と思った。

 わざと口うるさく言わなかったせいで、あのバカ、また三日ぐらい風呂に入ってない。

 捜しやすくて好都合だが、帰りにどっかの銭湯か温泉にぶち込まなくては。

 何で薙刀女は、あんな不潔な男と平気で付き合っているんだろう…と首を捻った。

 汗臭い防具を身に着けて、むさ苦しい男に囲まれているので、有坂はその辺に耐性があったが、ジョン太は絶対剣道なんか出来ない。

 何かもう、色んな意味で武藤君不潔。

 周囲の状況は、一段落していた。

 ジョン太とハートと秋本で、一通り周囲の敵は片付けたので、後からやって来た宇和川が、秋本と犯人確保にかかっている。

 罪状は一応公務執行妨害だが、絶対言い掛かりだ、これ。

 後から余罪を追及すれば、いくらでも出て来るはずだが、警察も思い切った事をやるもんだ。

「襲名披露に出ていた連中が、軒並み見当たりませんね」

 宇和川は、いちいち手錠をかけていられないので、拘束用のテープを使いながら言った。

 ジョン太の絶妙にかすり傷程度で相手の意識を奪う銃撃と、ハートの自称必殺100トンプレス(本当は120キロ)、秋本の魔法でも何でもない観光地焼き印入り木刀でのえぐい突きで、狭い裏庭は、もっさり積み上がったヤッちゃん達で一杯になっていた。

「雑魚ばっかりだったな」

 物足りない顔で、ジョン太は言った。

「下は任せていいか?ちょっと上が気になってな」

 ハートは、うなずいた。

「中川君、体重何キロ」

 一応宇和川の手前、警察内での魔界名で、秋本に声をかけた。

「え…78キロですけど」

 顔は男前だが、秋本は鍛えられたがっちりした体格だ。身長も185センチ以上はあるだろう。

「じゃあ、一緒に来て」

「待ってください。何で体重制限があるんですか」

 言い終わらない内に、肩の上に担ぎ上げられた。

「暴れたら落ちるぞ」

 ごつい青年を抱えたまま、ジョン太は塀に飛び上がり、庭木の枝から、二階の屋根に飛び移った。

 柔らかく着地したので、ほとんど物音はしなかったが、合計すると180キロ近い重さを受け止めた瓦に、みしりと亀裂が入った。

「普通に階段上がらないんですね」

 肩から下ろされた秋本は、窓に手をかけたジョン太に言った。

「反響がおかしい。まともに行ったら入れない場所があるはずだ」

 さすがにハートは二階まで上げられないらしいが、久し振りにおっちゃんの人間離れした身体能力を見て、秋本はため息をついた。

 古いねじ式の錠がかかった窓を、ナイフでこじ開けて外したジョン太は、室内に侵入し、付いて来いと合図した。

 秋本は、宇和川に手を振って挨拶してから、ジョン太の後に続いた。


 暁になりすました鯖丸は、入り組んだ室内を移動していた。

 二階の廊下を突き当たった場所に、隠し階段があった。

 階段を下り、薄暗い廊下を抜けて、奥まった座敷に入った。

 何か密談でもする時に使われそうな部屋だが、更に奥があるらしい。

 壁にしか見えない場所が、柱にかかった短冊の操作で開いた。

 壁の向こうは、板張りの狭い部屋だった。

 無人で、薄暗い場所を、蝋燭の頼りない照明が照らしている。

 奥には、どこへ続いているのか、更に地下へ入る階段が見えた。

 この隠し通路があったから、ここが盃事の会場に選ばれたのだなと思った。

 老舗の遊郭だし、昔からこういう目的に使われていたのだろう。

「もうすぐ親分衆がここへ来る。俺達は、万一ここまで踏み込まれた時に、サツと魔法使いを食い止める」

「そうですか」

 鯖丸はうなずいた。

「でも、あんた達には無理ですよ」

 声を上げる間もなく、ケンジと用心棒達が叩き伏せられた。

「弱い。俺まだ、魔法使ってないのに」

 刀の切っ先を突き付けられた長沼は、その場で硬直した。

 刃を返されて、反りの部分でぶちのめされた仲間を、ちらりと見た。

「お前、本当に暁か?」

 長沼は尋ねた。

「どーもー、初めまして。暁の弟でーす」

「てめぇ、多重人格だってウワサ、本当だったのか」

 長沼は銃を抜いたが、刀の一振りで叩き落とされた。

「どうかな、俺が気まぐれなのは昔からだし、単に気が変わっただけかも」

 悪い顔でにやーと笑った。

「殺しはしませんよ、峰打ちですから」

 周囲の仲間も、斬られては居ない、気を失っているだけだ。

「峰打ちって云うのは、刀の刃のない方で叩くだけだから」

 じりっと詰め寄られた。

「物凄〜く痛いんだよー」

 恐ろしい事を言われた瞬間、長沼の意識は無くなった。

 全員を片付けてしまった鯖丸は、倒れている男達を、部屋の隅に片付けて、足場を確保した。

 親分衆が逃げて来るなら、入れ食い状態だ。

 腰を据えて待つ事にした。


 ジョン太は薄暗い階段を下っていた。

 侵入した場所は、抜け道へ続く階段を隠した壁の向こう側だった。

 ひんやりと湿った空気が漂っている。

 屋敷内を飛び交う怒声も、遠くに感じられた。

 鯖丸と、六人の男達が通って行った匂いが残っていた。

 中の一人が使っている整髪料の匂いが鼻について、ジョン太は顔をしかめた。

 秋本は、いつの間にかトゲ男の姿になっていた。

 薄暗い階段では、足下が不安らしく、壁に手をついてそっと降りて来る。

「目玉三つもあるのに、暗い所はダメなのか」

 トゲ男になった時に出る、額の目をちらっと見て、ジョン太は尋ねた。

「こっちはサーモグラフィーです。通常の視力はありません」

「へぇ」

 あまり聞かない、面白い能力だ。

「じゃあ、人が居たら体温で分かるな」

「遠くまでは見えませんけど」

 階段を下りた先を見た。

「この先、温度が低いですね。地下室でもあるのかも」

「そうか」

 ここで正解だった様だ。

「臭い整髪料付けてる奴が居てな…匂いが分からん。誰か見つけたら教えてくれ」

「ああ、俺でも不快なくらい匂いますね」

 トゲ男は、両目を閉じて、額の目だけで前方を睨んだ。

「人が居ます。立ってるのが一人、一塊に重なっているのが何人か。それと…」

 廊下の奥と、周囲の壁を見回した。

「ここまで来る隠し通路は、一つじゃないみたいです。温度の違う場所があります。

 左手に一つと、奥の人が居る部屋に直通らしいのが一つ」

「よし、俺が先に行く」

 銃を一丁抜いて、ジョン太は油断無く歩き出そうとした。

「待ってください、直通の方に、誰か入って来ます」

 最初から部屋に居るのは、鯖丸だ。

 リンクを張っていれば、匂いが分からなくてもその程度の事は感知出来る。

 鯖丸が一人や二人の相手に苦戦する事も無いだろう。

 ゆっくり奥へ進もうとした時、隠し通路の外側、通常のお座敷がある壁の向こうから、凄まじい物音が響いた。

 壁や扉がぶち壊される音と、何かが畳の上に叩き付けられる音。

 続いて、獣の咆吼と男の悲鳴が、同時に聞こえた。


 鯖丸は顔を上げた。

 トリコが近くに居る。

 魔力を解放して、誰かを追っているのは分かったが、普段のトリコとは、まるで雰囲気が違っていた。

 奥底から沸き出して来た、真っ黒な渦が、何かを飲み込もうと荒れ狂っている。

 どんなにヤバイ相手と戦っている時でも、こんな状態になっているのは、見た事が無かった。

 トリコが、まともで無くなっている。

 隠し通路を降りて来る気配は感知していたが、もう、それどころではない。

 一番外に近い場所の壁を、抜いた刀を横に薙ぎ払ってぶち抜いた。

「ジョン太!! 近くに居るんだろ」

 鯖丸は叫んだ。

「おう。すぐそこだ」

 廊下の向こうから、ジョン太の声が聞こえた。

「トリコがヤバイから行く。後は任せた」

「おい待て」

 ぶち抜かれた壁に向かって、空気が逆流した。

 鯖丸の気配は、吸い込まれる様にその場から消えた。

「くそ、何やってんだ、あいつら」

 悪態をついたジョン太は、銃を構えて奥の部屋へ向かった。

 秋本は、ちょっと困った顔で後に続いた。


 浅間龍祥は逃げ続けていた。

 久し振りに会ったトリコが、いきなり襲いかかって来たからだ。

 今まで様々な悪事を働いたが、特に反省もしていないし、悪いとも思っていなかった。

 出世の為に邪魔だったから、ハンニバルを、下手をすれば死ぬかも知れない様な状態まで痛めつけてから異界へ追い込んだ。

 残ったトリコが、組織内で力を付けて発言権を得ない様に、地方へ飛ばして雑に扱い、誰もが嫌がる仕事を押しつけた。

 魔力の高い魔法使いの常で、浅間もどこか壊れていた。

 だから、見た事もない姿に変化して、トリコが襲いかかって来るまで、理屈では恨まれていると理解していたが、感覚的にはどうでもいい過去の出来事だと思っていた。

 トリコだって、決していい態度は取らなかったが、自分に対しては普通に接していたはずだ。

 昔はパートナーだった事もあるから、まだ情があるんだろうと思う程には、浅間もバカではなかった。

 しかし、殺そうと思う程恨んでいるなら、今までにもう少し態度に出ていても良さそうなものだ。

 魔法で次々壁を繰り出して、トリコとの間に障害物を造りながら、浅間は建物の中を走った。

 物質系能力者としては、驚く程の早さで壁を量産出来るが、素材を変化させる能力はない。

 木で出来た壁は、紙の様に楽々と破壊された。

「くそぅ、この木造建築め。鉄筋コンクリートなら、もっと時間を稼げたのに」

「そんな遊郭に誰が来るか。ソープじゃないんだぞ」

 背後で声がした。

 信じられない程太い獣の腕が、廊下に張った壁をぶち破り、浅間の胸座を掴んだ。

 壁を破りながら現れた物を見て、浅間は悲鳴を上げた。

 見た事もない獣人が居た。

 腹以外の全身が毛に覆われた、二メートルを超える体躯の獣が、派手な遊女の着物をひらめかせて、こちらを見てにやりと笑った。

 10センチ以上はあるだろう、太く鋭い爪が、皮膚に食い込んだ。

 乳房と顔立ちに、女の面影はあるが、完全な化け物だ。

 背中からはコウモリの様な羽が伸び、口元からは牙がのぞいている。

 いきなり世界が反転したと思う間もなく、障子戸をぶち破り、部屋の中に叩き付けられていた。

 畳の上でなかったら、気を失っていただろう。

 トリコの魔力の高さは、良く知っていた。

 一体何匹の魔獣を呼び出せるのか、見当も付かなかったが、おそらく呼び出した魔獣と合体して、肉体を強化しているのだ。

 体が動かない。

 悠長に回復魔法をかけていたら、殺される。

 畳の上に、手の平が触れた。

 腕と同じ様に、鋭い爪の生えた足が、振り下ろされた。

 とっさに、物質操作で畳と板張りの床に、穴をえぐった。

 古くて金のかかった昔の木造建築は、床が高かった。

 浅間の体は、土の上にどさりと落ち、蹴りを免れた。

 今開けた穴を塞いだ浅間は、回復魔法を自分にかけてから、床下を這って逃げようとした。

 ずぼりと、頭の上から何かか床を突き破った。

 腕を掴まれ、小さな穴から、無理矢理部屋の中に引き戻された。

 嫌な感触と痛みがあった。

 脱臼している。

 外れた関節をはめるのは、回復魔法とはまた違う技術だ。

 掴み上げられた浅間は、うめき声を上げた。

 外と、向こうの部屋では、ヤクザ達が警官と機動隊に追い詰められつつある。

 とにかく、痛覚を遮断だ。それから、どうにかして逃げなければ…。

 幸い、ここは隠し通路の近くだ。

 壁を二三枚ぶち抜けば、地下道から遊興地区の外まで出られる。

「止めろ。いくら魔界でも、人を殺せば犯罪だぞ」

 浅間は言った。トリコは、顔を歪めた。

「じゃあお前は、何でのうのうと表を歩いてるんだ?」

「ハンニバルを殺したのは、俺じゃない。殿の弟子だ」

「あいつは、海斗の体を乗っ取っただけだ。殺したのはお前だよ」

 掴んだ腕に、力が入った。

 みしりと、骨のきしむ音がした。

「バレなきゃ犯罪じゃないんだろ。お前のポリシーだったな」

 いくら痛覚を遮断していても、これはヤバイ。ショック症状を起こしかけているのが、自分でも分かる。

 この女、どさくさまぎれに俺を始末するチャンスを狙ってたのか…。

 確かに今、この場でなら、巻き添えを食らっての事故だと誤魔化せる。

 政府公認魔導士協会の四国支部としては、警察への協力を断っていたが、一人や二人、公認魔導士を潜入させていて、それが巻き込まれても、事故で済まされるだろう。

 自分には、内通者や協力者は居ても、仲間は少ない。

 きっと事故で片付けられる。

 他人を、死ぬ様な立場に追い込んだ事は何度もあったが、自分が死ぬかも知れないと思ったのは、初めてだった。

 こんな所で終わりか…。

「なぶり殺したいけど、時間無いからな。さよなら、龍ちゃん」

 目の高さまで、掴み上げられた。

 空いた左手が、胸元に向かって、構えられた。

 浅間は、全力で助かる方法を考えた。

 壁の向こうで、魔力の発動する気配と振動があった。

 次の瞬間、床の間の壁が内側からはじけた。

 掛け軸と、高そうな花器を粉砕して、何かが壁の中から飛び出して来た。

 日本刀を持った、長髪の若い男だった。

 どこかで見た事のある顔の様な気がするが、思い出せない。

 男は、部屋の中に居る化け物と、襲われている浅間を見て、息をのんだ。

 ヤクザには見えないが、警官にも見えない。

 こいつは警察側に雇われた魔法使いだ。

 上手く行けば助かる。

「助けてくれ…」

 浅間は口を開いたが、男は無視して、怪物の方を見た。

「トリコ…」

 ここまで外見が変わってしまっていて、何で分かるんだ、こいつ。

 トリコは、はっとした様に、男を見た。

「何やってんだ、それ」

 鯖丸は、怪物化したトリコの前に立ちはだかった。


 秋本は、増援を呼ぶ為に、パシらされていた。

 釈然とはしないが、大事な仕事だ。

 ジョン太と二人で、隠し通路を抜けて来たどこかの組の親分を捕まえてから、来た道を引き返した。

 通路を隠す二階の壁を、抜けてから、はっと気が付いて元の姿に戻った。

 自分の外見は嫌いだった。

 せめて魔界では、人間にすら見えない様な姿で居たかったが、警察関係者に、違法なプレイヤーのトゲ男を見られる訳にはいかない。

 仕事とは云え、面倒だなと思った。

 階下には、どうにか逃げ出した浜上が来ていた。

「ああ、政さん、丁度良かった」

 秋本は言った。

「この先に、遊興地区から外へ出られる隠し通路があります。もうすぐ親分衆が避難して来るはずだ。人を集めてください」

「分かった」

 浜上は、うなずいた。


「そこを退け」

 トリコは言った。

 鯖丸は退かなかった。

 トリコが何をしようとしているのかは、すぐに分かった。

 リンクを張っているからだ。

 トリコは何時でも、強くて冷静だった。

 魔力の高い人間は、先天的な資質もあるが、どこか歪んでいるという事実は分かっていたのに、トリコの弱い部分は、見ようとしなかったし、見せられる事も無かった。

 こんな事になる前に、気が付かなきゃいけなかったのに。

「何やってんだよ。デーモン一族みたくなっちゃって」

 刀を構えたまま、鯖丸は言った。

「そんなバカ放っといて、早く行こうぜ。まだ仕事残ってるんだから」

「嫌だ」

 怪物と化したトリコは、浅間を捕らえたまま、首を横に振った。

「こいつは殺す。ずっと前から決めてたんだ」

 コウモリの羽が、かすかに羽ばたいた。

「海斗の仇が、まだ生きてるなんて、許せない」

「そんな事しても、死んだ人は戻って来ないよ」

 如月海斗は、トリコの一番大きな傷だった。

 最愛のパートナーで、夫で、由樹の父親。

 あいつが居なかったら、今でもトリコの隣に居たのは、自分だった。

 今更愚痴を言うつもりは無い。

 でも、これは止めないと…。

 全身に魔力を巡らせた。

 瞬時に、鬼の装甲が全身を覆った。

 まだダメだ。

 骨密度が地球人並みになってから、めったに使わなかった骨格強化で、更に内側から補強した。

 足りない。

 更に全身を強化した。

 魔力の半分以上を、身体能力の増強に回した。

 狭い座敷の中で、鬼と獣が向かい合った。

 鬼は、手に持った刀を、ざくりと畳に刺して手放すと、身構えた。


 羽柴仁は、入り組んだ建物の中を移動していた。

 親分や兄貴達は、警察が抜け道を発見して塞ぐ前に、脱出していた。

 自分も潮時だ。

 警官と取引をしたので、捕まっても短期間で釈放されるはずだったが、出来れば捕まりたくはない。

 西谷商会の三人組をちょっとぐらい痛い目に遭わせて、ついでにクイックシルバーが何を企んでいるのかも、もう少し調べたかったが、人間、引き際は大切だ。

 人が少ない方に歩いていた羽柴は、立ち止まった。

 派手に物の壊れる音が聞こえた。

 それから、洒落にならない様な魔力が二つ、ガチでぶつかり合っている気配も。

 警察側とこちら側の魔法使いが戦っているのだろう。加勢しようとして近付いた。

 ここまで魔力の高い奴なら、一緒に組めば脱出も楽になる。

 そう考えて廊下を曲がった場所に、信じられない物が居た。

 巨大な獣人と、一回り小さな体躯の鬼が、組み合っている。

 鬼の方が力では押されているらしく、床にかぎ爪を食い込ませたまま、じりじりと後ずさっていた。

「これは…何者じゃ」

 魔力の高さと、鬼の様な姿は、西谷商会の鮪とかいう奴かも知れない。

 しかし、刀は持っていないし、見知っているはずの顔も、鬼の装甲がほとんどを覆って、判然としない。

 相手の獣人は女だった。

 いくら元に戻れる魔法整形でも、女がここまでやるかと思う様な、禍々しい外見だ。

 こんな女が、自分達の側に居るという話は、聞いた事も無い。

 羽柴は、状況が飲み込めなくて、少しの間止まった。

 幸いというか、戦いに集中している二匹は、こちらの存在に気が付いていない様だ。

 ざっと周囲を観察した羽柴は、奥の部屋に倒れている男を発見した。

 クイックシルバーだ。

 ちょっと面白い事になって来た。

 獣人が吠えた。

 鬼の腕を、凄まじい力で握ったまま、ぐいと前へ出た。

 衝撃で床に亀裂が入り、鬼ががくりと膝を折った。

 鬼は、そのままぐにゃりと力を抜いた。

 バランスを崩した獣を、倒れながら投げ飛ばした。

 獣は、コウモリの様な羽を広げて、空中でバランスを取ろうとしたが、狭い室内で広げた羽は、壁を壊しただけだった。

 床に倒れた獣は、手を伸ばし、鬼の足を掴んだ。

 そのまま立ち上がり、無造作に壁へ叩き付けた。

 鬼の方が魔法を使った。

 いきなり、何十倍にも重さが増えた様な動作で、獣が鬼を取り落とした。

 鬼が落ちた場所の床が、ビルを解体するハンマーで殴られでもした様に、破れた。

 破れた床から、体重がない様な動作で、鬼が飛び出して来た。

 獣の凄まじいパワーとスピードの一撃が、まだ滞空している鬼を殴りつけた。

 鬼はもう一度壁にたたき付けられ、壁ごと視界から消えた。

 完全に、怪獣同士の戦いだ。

 鬼を視界から消し去った獣は、部屋の中を振り返った。

 獣の目的が、鬼ではなく倒れているクイックシルバーだと云う事が分かった。

 何を企んでいたのか、まだ分かっていないのは残念だが、こんな怪しい奴が魔界の暴力団組織周辺から居なくなるなら、それもいいかも知れない。

 怪物同士の対決を見学するのは止めて、羽柴はその場を離れようとした。

「やめろ!!」

 壁の向こうで鬼が叫んだ。

 思いの外声の調子が若い。

 体中が装甲に覆われた大変な姿になっているが、セリフだけ聞いていると、ごく普通の青年だ。

「これ以上はやめてくれよ。怪我をさせてまで、止めたくないんだ」

「お前には無理だ。そこで見ていろ」

 獣が、女の声でしゃべった。

 少しハスキーな色っぽい声だ。こんな外見でなければ、ぐっと来るのだが…。

 壁の向こうから、鬼が飛び出して来た。

 魔法整形を強化したのだろう。

 一回り体が膨らんで、獣と変わらない体躯になっている。

 魔力のほとんどを、肉体強化に回したのだろう。

 危ない奴だ。

 そんな事をしたら、魔法が使えなくなる。

 障壁も回復魔法も使えない。

 二匹の怪物はぶつかり合い、組み合ったまま床に転がった。

 これ以上付き合っていたら、こっちが危ない。

 羽柴は、部屋の中に忍び込んだ。

 倒れているクイックシルバーに、軽く回復魔法をかけてから、肩を貸して立たせた。

「逃げるぞ。あんたには聞きたい事が色々あるけんのう」

 クイックシルバーは、うなずく事も一苦労の様だったが、どうにか少し、首を縦に振った。


 隠し通路は、完全に封鎖されていた。

 残った親分衆を捕らえるのは警察に任せて、ジョン太は壁の穴から外へ出た。

 鯖丸とトリコの事が気がかりだったからだ。

 犬並みの聴覚は、さっきからただならぬ物音を聞きつけていた。

 また、バカがバカな事をしでかしてるんだろうとたかをくくって、隠し通路を出たジョン太は、呆然となった。

 目の前に、二体の化け物が絡み合ったまま転がって来た。

 障子戸が破れ、襖が破壊され、壁が崩れた。

 互角の力で、組み合い押し合っているのは、変わり果てた姿になってしまったトリコと鯖丸だった。

「何やってんの、お前ら」

 ジョン太はぼやいた。

 いくら身体能力の高い戦闘用ハイブリットでも、こんなの二匹、止められるか?

「いいかげんにしろや。お前らまだ、そんな裸で絡み合う様な関係だったのかよ」

 一応下品な冗談でも言ってみたが、二人とも聞いている様子はない。

 ジョン太は、ため息をついて肩を落とした。

 何でこういう事になっているのか知らないが、自分にしか止められないだろう。

「一応言っとくが、手加減しねぇぞ。だから今の内にやめろ」

「ジョン太!!」

 鯖丸が、やっとこちらに気付いた。

「トリコを止めて」

 何だ、バカやってるのは、珍しくトリコの方か。

「分かった。お前、そのまま押さえてろよ」

 ジョン太は、ガンベルトと上着を脱ぎ捨てた。

 軽く手足をほぐしてから、いきなり姿が視界から消えた。

 目にもとまらない早さで、回り込み、トリコの体を床柱に投げつけた。

「邪魔するな!!」

 掴みかかって来るトリコの腕を取り、体を反転させて後ろへ回り込みざま、ねじ上げて関節を決めた。

 力任せに暴れ回っているトリコや、棒的な物を持っていないとイマイチ弱い鯖丸と違って、格闘の訓練も積んでいる。

 反射速度も桁違いだ。

 しかし、腕力では、獣に変身したトリコの方が、遙かに上回っていた。

 関節技を決めているジョン太を、強引に振り解き、ぶん投げた。

 ジョン太は、体を捻って着地した。

 襲いかかって来るトリコを、紙一重で避けて押さえ込もうとしたが、また振り解かれた。

 鋭い爪がかすめた首筋に、焼け付く様な感触があった。

 避けたつもりだったが。

「理由は知らんが、お前ら後で説教だ」

 ジョン太はシャツとズボンも脱いで、身構えた。

 まさか、戦闘用ハイブリットの自分が、身体強化魔法を使う事になるとは…。

「鯖丸は下がってろ、怪我するぞ」

 目の前で、ジョン太の姿が変化した。

 毛皮に覆われているとはいえ、体格的にはごつい人間だった体が、まるで狼男の様な姿に変わって行く。

 毛皮の色も変化していた。

 これはまるで、トラウマ映像で檻の中に閉じこもっていた、あの獣だ。

 人狼化したジョン太の姿が、視界から消えると同時にトリコの目前に出現した。

 人間には残像しか見えない早さなのだ。

 ふさふさしたしっぽと、獣の様につま先立ちになった足が視界に入った。

 鈍い音と共に、二体の獣がぶつかり合った。

 その場に崩れる様に倒れたのは、トリコの方だった。

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