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新しいライアリスト

初めまして。黎ノ暁と申します。

初めての投稿で緊張しています。誤字脱字や表現技法などは何度もチェックしましたが、それでも至らぬ点がございましたらそれはそれで楽しんでいただけると幸いです。

...僕は、何がしたかったんだろう。


____嘘ばかりの世界で、誰も彼もが踊らされて。


それでも僕は、誰かのための物語を書き続けた。

それが正解だったかは分からないけど、でも、僕は一生懸命やったつもりだ。






...結果、僕がこの世界を、崩壊へと導いてしまうことになるのだとしても。






           ✡✡✡



『真偽録』____【創世譚より】


はじめに、神は世界を誠で満たした。

嘘ひとつなき楽園、すべては神の御心のままに動いた。


されど人は、心を持たず、ただの器であった。

それを憂いた神は、ひと粒の罪を与え給う。

それが「嘘の種(シード オブ ライ)」である。


嘘の種(シード オブ ライ)は、魂と交わり、はじめて人に意志が芽生えた。

欺き、迷い、選び取る力__それが人の自由である。


時を経て、人は知る。

嘘に使命が課されしとき、種は発芽し、力をもたらすことを。


ただ、その力は永遠ではない。

嘘が嘘でなくなった時、罪が罪でなくなった時。

その花は枯れてしまうだろう


            ✡✡✡


大陸の中心、煌びやかな建造物の数々と銀の山脈に抱かれた王国――アルセイリオ。


かつては小さな港町にすぎなかったこの地が、いまや七つの国に交易を結び、経済と芸術の中心地として名を馳せていた。朝陽が昇ると王城の尖塔が空に浮かぶように光を放つ。王都には商人たちが集い、路地には旅芸人の笛が響きわたる。


街の中央を貫く水路は、青く澄みわたり、昼には舟が流れる。人々は笑い、歌い、未来を恐れず、日々を喜びの中で生きていた。

ただ、アルセイリオを強国たらしめる大きなひとつの理由は、自然環境や革命の有無とはまた別にある。




____活気溢れるアルセイリオの辺境に、ある一人の小説家が住んでいた。


今にも崩れそうなぼろ屋の一室に、冴えない青年の手に握られた万年筆が紙の上を走るカリカリという音が絶え間なく響いている。


『___彼女はそっと振り返ると、最後に、自らが最も愛した人へ言葉を送った』


「...」


『____愛している』




「...違うな」


小説家の青年は万年筆を乱暴に机に置くと、書きかけの原稿用紙をくしゃっと丸めて後ろへ放った。

まるめられた原稿用紙は弧を描くと、無造作に床へ転がる。他にも同じようにまるめられた原稿用紙の塊が、幾つも転がっていた。

青年は新作の執筆が滞っており、機嫌が悪いようだ。


「どうしてこうも、急に書けなくなるんだ...!」


彼は自らの栗色の癖毛をわしわしと掻きむしった。

連日の徹夜の影響か、そのエメラルド色の瞳の輝きも霞んでいる。

青年は今、所謂"スランプ"というやつの真っ只中であった。

筆を取るはいいものの、一向に納得のいく物語を書くことが出来ない。

青年はうんざりとした様子で、年季の入った椅子の背もたれにもたれかかった。

呆然と天井を見つめる。


...いつからだっただろう。物語を綴ることに、高揚やら興奮やらを感じなくなったのは。


ふと、机の横の背の低い棚の上に置かれた1枚の写真を見る。

幼い少年の横に、その少年によく似た女性の顔があった。


「...ねえ、母さん。母さんは、まだ僕の書く話が好きかな?」


しばらくの沈黙が流れる。

青年はまるで自嘲するように、再度口を開いた。


「......安心してよ。僕は書き続けるから。母さんがずっと僕に言っていたように、僕の物語を必要とする、誰かの為にさ」




...そう言った時、微かに万年筆の先が輝いた事には、きっと青年は気が付かなかっただろう。



言い終えてしばらくじっと写真を見つめたあと、青年はすっと立ち上がり、書き終えた分の原稿用紙をとんとんと机に打ち付けてまとめると大きめの封筒にしまう。


近くのクローゼットから、青年が着るにしてはすこし小さめのコートを取り出すとおもむろにそれを羽織って、帽子を深く被った。

古いカバンを肩から下げると、その中に先程の封筒と白紙の原稿用紙を十枚ほど、そして筆記用具を詰めた。

気分転換に、外の景色でも見ながら執筆をしようと思ったのだ。

青年はその場で大きく深呼吸をすると、意を決したかのように玄関の扉を開けた。

その瞬間、冬の朝の凍てつく北風が、荒々しく青年の頬を撫でる。


「うっ...!」


あまりの寒さに急いで家の中に戻ろうとしたのだが、意を決して久しぶりに外に出たからには、多少の寒さで直ぐに諦めるのも些か勿体ないと思い、青年は少し考えてから耐えることを選んだ。

追い風が、応援するように彼の背中を押した。

...または、どこかへ導くように。


            ✡✡✡


「......ぶぇっくしょい!!」


大きなくしゃみを一発。

垂れてくる鼻水をずずっと吸うと、青年は青白い顔で白い息を吐き出した。


青年の家から少し歩いて森を抜けると、小さな湖がある。

夏は太陽の光を反射して宝石のようにきらきらと煌めき、冬には凍りついて、それはそれでまた宝石のように美しく冬の雪化粧のいいアクセントとなる。

青年はその景色が好きだった。

好きな景色を眺めながらならばなにかいいアイデアが降りてくるかと考えて、湖のほとりで執筆に勤しむ事にしたのだ。

ただ...二十分程で、彼の我慢は限界に達した。

たしかにアイデアが全くわかなかったかと言われればそうでは無いが、なにより手が悴んで、物理的にこれ以上の執筆は難しかった。


「せめて今日がもう少し暖かかったらな...一週間ぶりに外に出たって言うのに、結局二十分でリタイアか...」


どこかもやもやとした気持ちが胸の中を彷徨いていたが、風邪をひくのは避けたいとその場から立ち上がる。

その時、ふとあることを思い出した。


「...ああ、そうだ。買い貯めておいたパンがそろそろ尽きる頃か」


なるべく外には出たがらない...いわゆる出不精の彼は、食材の買い出しは週に一度か二度、いっぺんに買い貯めて置くのが習慣であった。

その食料がそろそろ尽きることを思い出した彼は、広げていた執筆道具をカバンの中にしまうと、手に息を吐きながら行きつけのパン屋へ向かうことにした。

気晴らしには買い物という手もあると、なにかの本で読んだ記憶があったから、ということかもしれない。



____青年がアルセイリオの北の辺境から王都へ赴くのは買い物の時か、新作を提出しに行く時だ。

無名だった(かといって今も有名な訳では無いが)青年の作品を認めてパトロンとなってくれた貴族の初老の男へ、新作ができる度に提出しに行っている。

貴族と言ってもあまり位が高い訳ではないのでそこまで作品が世に知れ渡ると言われれば決してそんなことは無いが、大前提、青年ひとりでは作品を出版することすら難しかった。彼には感謝しかない。


しばらく歩いて森を抜けると、一気に視界がひらける。

先程までの彩度の低い景色とは打って変わって、華やかな装飾で飾られた美しい建造物が幾つも立ち並ぶんでいる。


王都"ノルヴェリス"。


そのギラついた雰囲気に多少気圧されながら、青年は歩みを進める。

この寒さだからかいつもより人通りが少ない気がするが、それでもどこを歩いても辺境とは比べ物にならないくらい人通りが多く、少し歩く度に人にぶつかりそうになるのを必死に避けながら商店街まで来た。

青年は人混みをかき分けて、いつものパン屋まで辿り着いた。

店の前に立つと、見知った顔が青年を出迎える。


「おっ!来たね、ミオ!」


青年___ミオに声を掛けたのは、すこし顔にシワのある活気に満ち溢れた女性だった。

彼女はリリア。この店の女主人だ。


「久しぶり。パンを買いに来た」

「分かってるよ、今ちょうど焼きたてが出たところなんだ。今日もバゲットを五つだろ?」


細かく注文せずとも、彼女は慣れた手つきでミオのためのパンを用意してくれる。


「ありがとう。助かるよ」

「ったくもう、アンタってばバゲットばっかり。新作のメロンパンだって美味しいのに」

「うん、ここのバゲットは美味しいから。メロンパンも、気が向いたら」

「その言葉、前にも同じものを聞いたわ」


不貞腐れるリリアを見て、ミオは苦笑した。


「本当にここのバゲットが好きなんだよ」


その言葉を聞いて、どこか納得のいかないような顔をしながらも、リリアはテキパキとバゲット五本を紙袋にいれてミオに手渡した。

ミオはリリアへ礼を言うと、ポケットから代金を取り出して彼女に手渡す。

それを受け取ると、リリアは口を開いた。


「...そういえば、最近の噂聞いたかい?なんかよく分からない宗教みたいな輩が、天下の"教団"様と揉めてるらしいよ」

「...なにそれ?知らないな」

「まあ、そうでしょうね、アンタビックリするくらい小説以外に興味無いもの」


遠回しに世間知らずだと言われたことに若干引っかかりつつも、その"噂"についてもう少し知りたいと思った。


「で、その宗教ってなんなの?」

「いや、それがよく分からないのよ。ただ悪いやつってことはわかるんだけど。特に人攫いとかを頻繁にしているらしいのよね」

「人攫い?」


ミオが聞き返すと、リリアはこくりと頷いて話を続けた。


「ええ。前までは辺境での事件が多かったんだけど、最近は王都でもちょくちょく人攫いが現れるらしいの。なにも女、子供が狙われているらしくて」

「それは...物騒だな」

「そうなのよ。だから私、怖くって店からあまり出られないの」


だから今日は人通りが少なかったのかと自分の中で納得する。

しかし、リリアは襲われる心配はないのではないかとも思った。

リリアはそこら辺の男よりか体格がよく、プロの格闘家も顔負けの貫禄がある。

と、何か言いたげなミオの表情から察したのか、リリアがミオを冷たい目で見据えた。

ミオはびくりと方を震わすと、話をそらすように口を開いた


「まあとにかく、そんな連中、"教団"がとっととやっつけちまうだろ」

「...そうだといいんだけどねえ...」





____リリアに手を振って、ミオはパン屋を後にした。


「ふう...目当てのものは買えたけど、ついでに果物でも買っていこうかな」


この季節は、ミオのすきな林檎が旬だ。

アルセイリオは周辺国家のどこよりも食材の品揃えがいい。だから美味しい林檎もきっと安く沢山並んでいるはずだと、少し足早に果物の店へ向かう。

歩き出したミオのすぐ横を、黒いローブを来た人物が通り過ぎた。

ミオはすこしその男を横目で見やるも、直ぐに視線を戻す。

真っ黒いローブだなんて、すこし趣味が悪い。

アルセイリオでは、普段着に喪服を連想させる黒い服を全身に纏うことは不謹慎だとされている。

ミオはそういう習わしにこだわりがあるわけではなかったがそれでもすこし違和感を覚えた。

ただまあ、特にその人物に声をかけたり、足を止めたりするほどではなかった。


「林檎の他にもなにかいい果物があったら買って帰ろう」


そして、すこし歩いた時。


____背後から耳を劈く悲鳴が聞こえた


「きゃああああああ!!!!」

「!?」


咄嗟に振り返ると、若い女性が地面に倒れ込んでいる。

ひったくりか何かにあったのだろうか。可哀想だと思いつつも女性から視線を外そうとした矢先、女性が誰かの名前を必死に叫んだ


「メイ!メイ!お願い、誰か助けて!メイ!」


腰が抜けたようで、その場から立ち上がろうと努力するも動けない様子だ。涙を流しながら必死に訴えている。

ただならぬ雰囲気に彼女の視線の先を見やると、黒いローブを来た人物が小さな子供を抱えて商店街を抜けようとしている後ろ姿が、人混みの隙間から少しだけ見えた。


「人攫いよ!誰か!」


____人攫い


「...噂の」


女性の訴えに周囲の人々は動揺し、数人が追いかけようとするものの人が邪魔で追いつけそうにない。他の大多数の人間は見て見ぬふりか、おどおどと周囲を見渡しているだけだった。

ざわざわと喧騒が響き渡る中、女性とミオの目が合った。

女性は、懇願するようにミオに呼びかける


「...お願いします、娘を...」

「...」

「メイを!」







___『ミオ』


「.....!!」




____『たすけて、ミオ!』


不意にミオの中で、その女性の姿と自分の母の姿が重なった。

次の瞬間、ミオは自分でも気が付かないうちに、黒いローブの人物の方へ駆け出していた。

追いかけてどうするかは考えていない。ただ、自分の意思とは裏腹に足が動いているのだ。

彼を突き動かすのは正義感か、慈悲の心か、それとも...


____後悔だろうか


「...っ!」


黒いローブの男が大通りを右に曲がる。

ただ、ミオは別のルートを知っていた。

あそこの大通りを右に曲がってしまえば、その先にはまた右に曲がる角しかない。


現時点でミオの右に見える細い道を直進すれば、黒いローブの男が二回目の右折をする時にショートカットでその場所へ到達して男と対峙することが出来るはずだ。

ミオはスピードを落とさないまま右の細い道へ入る。

しばらく走って男と対峙するであろう場所まで出た。ミオは急いで男の姿を探すが、しかしどこにも見当たらない。


「...見失ったか...?」


鼓動が早くなる。早く見つけなければ...


____刹那。


「ええええん...!!」


子供の泣き声が聞こえた。

咄嗟に声のした方へと視線を向ける。

すると、路地裏に吸い込まれる黒い布が見えた。男の

ローブの裾だろう。

ミオは息を整える暇もなく一目散に追いかけた。


「確か...あの路地裏の先は行き止まりだ...!」


路地裏に入って、走って、走って、そしてミオはようやく男を追い詰める。

男は黒いローブから明らかに正気ではない瞳をギラリと覗かせ、これでもかと警戒した様子でミオを見据えながらじりじりと後ずさる。

その傍らでは攫われた子供が声を上げて泣いていた。

ミオは息を少しばかり整えると、口を開く


「......っその子を...」


離せ、といいたかったのだが、いざ敵を目の前にして、一人の冴えない小説家にすぎない彼が一切怯まないでいられる訳もなく、足は震えて歯はガチガチと音を鳴らし上手く喋ることが出来なかった。


「は、は...離...」


____その瞬間、黒いローブの男の影が、元の大きさよりみるみる大きくなりやがて地面から飛び出してきた。まるで意志を持ったかのように、その影はうねうねと動いている。


「...!?」


ミオは腰が抜けて、その場にへたりこんでしまう。


「えぇぇん!!...たすけてえ...!!」


ミオの耳に、子供の声が飛び込んできた。

ミオはぶるぶると震えながら必死に立ち上がると、大きく息を吸い込んで叫んだ。


「...は、離せ!その子を離せ!」

「...これは、貴重な"材料"だ」

「...材料?」


黒いローブの男は薄ら笑いを浮かべて言い放つ


「我らの信念を貫くためのな」

「えええん!いやだああああッ...!」


大声を上げた子供の口を、黒いローブの男が乱暴に塞ぐ


「..."材料"でなければ捻り潰していたところだ」

「...っ!!」


子供は恐怖に顔を染める。

ミオはその顔をみて、考えるより先に勢いよく足を踏みだした。明らかに特殊な能力を持ってる相手に、丸腰の自分がかなうわけないと分かっていたはずなのに。

全速力で走ると、子供の方へ手を伸ばす。


...しかし、


「ッ...ぐ!?」


目にも止まらぬ速さで黒い影が一筋ミオに襲いかかり、その首に巻きついた。

予想は出来たはずの事態だ。

ミオはジタバタと足をばたつかせるが、その黒い影はミオの首に巻きついたまま彼を軽々と持ち上げ、さらに強く首を絞める。


「あ"...ッ...が...」


チカチカと点滅する視界と意識のなかで、それでもミオは子供の方へ手を伸ばした。


「...ッそ...の子を...」


言い終わらないうちに、黒い影はびゅんっと勢いよくミオを投げ飛ばし、ミオの身体は壁に強く打ち付けられた。


「ッッ...!!!」


ガラガラと崩れる瓦礫。

あまりに大きすぎる衝撃に脳が反応しきれなかったのだろう、最早ミオは状況を理解できていなかった。

指先の一本も上手く動かせない。

ぐらぐらと揺れる視界で、なんとか子供を捉える。

子供は最早断末魔ともとれる声で泣き叫んだ。

小さな子供にとって、今目の前で起きていることは地獄よりも酷なものだろう。


ただミオも既に限界であった。呼吸は浅く、身動きがとれない。


黒いローブの男はミオを一瞥すると、踵を返してその場から立ち去ろうとした。


...もう自分にはどうしようも出来ない。諦めるしかない。


...そう思った時。


「えぇぇん...!!えぇぇぇん!!まま...!!」

「...」

「静かにしろ」



「ままぁ!!」



子供がそう言葉を発した瞬間の事だった。






_______『My Mother(お母さん)





「.........!」


ミオにはそれが幻覚か現実か分からなかったが、たしかに子供の声に呼応するように、目の前に薄く光る"文字"が現れたのだ


「おねがい...!!」


子供の言葉に反応し、空中の文字が追加されていく

 

        『please(お願い)


「ままのとこへかえして...!!!」


    『Please(私を) return me(ままのところ) to my() mother(返して)






____文章が完成した。

先程投げられた衝撃でカバンから落ちた万年筆が、強く光り輝いた。

それは太陽の光とも、蝋燭の灯りともとれない、神聖な光。

万年筆がころころと、ひとりでにミオの手元まで転がってきた。


「......」


『書け』と。ミオの直感が、そういった。


「...っ」


ミオは、万年筆を右手に取った。

その瞬間、右腕が軽くなる。まるで目に見えない力が、彼を手助けするように。


彼は自分に出来る精一杯の速さで、中に浮かぶ文字をなぞる。


      【Please return____ 】


万年筆で文字に触れる度、鈴のような音がなる。

そしてなぞった文字から、より一層光が強くなる。


     【____me to my mother】


文章を全てなぞり終えた。

一文字一文字が、目が潰れてしまうのではないかというほどに強い光を纏って、そして徐々ににその光は粒子となり子供の方へと流れて行った。


黒いローブの男はギョッとしてその光の粒子をなぎ払おうとするが、粒子は全くその影響を受けず着々と子供の身体を覆っていく。







____刹那。

シャン...____という音と共に、子供は姿を消した。




「......」


何が起きたのか、ミオ本人もよく分からなかった。

だが、万年筆の輝きはなくなっている。

先程まで目の前にあったあの"文字"も、跡形もなく消えていた。




____おかしな走馬灯かなにかだったのか?


...そう思った矢先、ずんずんと近づいてきた黒いローブの男によってすこしだけ意識が覚醒させられる。

男はミオの胸ぐらを掴むと、ぐいっと持ち上げた。

その感覚が、自分がまだ生きていること、先程の出来事が現実であったということを証明した。

そして怒鳴りつける。


「子供をどこにやった!?」


ぼんやりとしたミオの頭に、男の声が反響して伝わってくる。

ミオは力を振り絞って声を出した。


「...さあ、ね。僕にも...分からないよ」


その言葉を聞いた男は目が飛び出でるのではないかというほどに大きく見開いて、鬼の形相で拳を振り上げた。


「とぼけるな!...よくも、貴重な材料を...!!どこにやった!どこにやったと聞いているんだ!!」


...ミオは衝撃に備えてそっと瞳を瞑る。


頬に加わった強い衝撃は、最早ミオにしっかりと伝わることはなかった。

殴られた勢いのまま地面に倒れこむ。

男は次に、足を高くあげた。


遠のいていく意識の中で、なんとなく、まだ新作が書き終えていないことだけ心残りだと思いつつ、また瞳をゆっくりと閉じた。










____「その辺にしておきなって」



「............?」


黒いローブの男とは、また違う声が聞こえた。






____()()()()




「あ?なんだ____」


ビュオォッという音と共に、強風が黒いローブの男を思い切り吹き飛ばす。

宙に舞うという感じではなく、最早衝撃波にあてられたかのような威力で。

男は路地裏の行き止まりの彼まで吹っ飛ばされ、ドゴォッという轟音と共に壁へ叩きつけられた。

メキメキと飛びていく壁の亀裂が、その威力を表していた。


「だめでしょう。あんまりかっこよくないよ?そうやってぼこぼこ人を殴ったりして...」


「..うっ...ぐ....き、貴様...ッよくも...!!」


黒いローブの男は影の力で一応の受身をとったのだろう、次の瞬間、すぐに影の力で応戦しようとする。

...が。


空中に立 つ謎の男がくいっと指を動かすと、圧縮された空気が黒いローブの男の腹に激突する


「ぐはッ...!!!」


「馬鹿が丸出しだよ」


またひとつの空気の塊が、今度は顔面をへこませる。


「うぶッッッ...!!!」


「...あ、これ僕も同じようなのとしちゃってるね」


最後に黒いローブの男の頭上の空気が一気に重たくなり、男の身体をやすやすと地面にめり込ませてしまった。


遂に黒いローブの男は動かなくなった。

ミオが散々やられた相手が、10秒もしないうちに完敗した。

謎の男は音もなく地面に降り立つと、満足げに頷いて口を開く。


「.........うん。静かになったね」


彼は物言わなくなった黒いローブの男に近づくと、そのローブを男から剥ぎ取り背中の紋章をまじまじと見つめた。


「...やっぱりね」


ローブが風に揺れて、その紋章がミオにもうっすらと見えた。

大蛇の頭が大きな(つるぎ)によって断ち切られている、なんとも不気味な紋章だ。


謎の男はローブの紋章部分だけを切り取るとどこかにしまい、今度はツカツカとミオの方へ歩いて来た。


「少年」


謎の男は低い声でミオに呼びかけると、すっと手を伸ばした。

反射でミオはぎゅっと目を瞑るが、与えられた感触は、先程までの暴力的なものとは打って変わって、優しく頭を撫でられる感触だった。


「よく頑張ったね」


その一言に、今までの恐怖が決壊するようにじんわりと涙が零れてきた。


その謎の男は、真っ白い制服のようなものを身にまとい、頭には同じく真白く、黒いつばのある帽子を被っている。

胸元には、アルセイリオの国民なら誰でも知る若葉と翼の紋章..."教団"の紋章が刻まれていた。

黒い髪の隙間から除くのは、琥珀色の美しい瞳。


男は再度ミオに語りかける


「大丈夫、君が助けた子供は、しっかりと母親のもとへ戻ったよ。僕がここへ駆けつけられたのも、あの子とあの子の母親が教団に通報してくれたからなんだ」


男の声を聞きながら、だんだんと瞼が重くなり、意識が遠のいていく


「僕が教団まで君を連れていくよ。手当をしないといけないからね」


ほぼ途切れかけた意識の済で、男の呟く声が聞こえた。


「...見つけたよ。新しい"ライアリスト"。そして...確実な"突破口"を」



                 to be continued


第一話「新しいライアリスト」でした。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。

さて、散々いたぶられた挙句謎の胡散臭い男に拾われてしまったミオくん。ここからどうなるのでしょうか...!

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