09
「ふぇえぇんルーウェン様ぁ!」
「なっ!」
そう言ってルーウェンの腕を自身の豊満な胸元に掻き抱くミーナ。
浅ましい男は適当に胸を押し付けておけばそれだけで籠絡できることを経験則で知っていた。
だからこそ、ここで一気呵成に落とすべく女の武器である曲線美の体を使うことにしたのだ。
「あ、貴方、なんて破廉恥な……! ははは離れなさい! ルーウェン様から! 今すぐに!」
「きゃあ、ルーウェン様ぁ、助けてぇ」
餌を求める鯉みたいに口をパクパクさせる例の女性に、ことさら見せつけるかのように更に胸を押し付けるミーナ。
「お、落ち着きたまえミーナ嬢。婚約も果たしていない婦女が妄りに異性の体に触れてはいけないよ」
一方でルーウェンときたら明らかに狼狽しており、このウブな反応はイケると確信する。
「でもあたしぃ、この人こわくてぇ」
「わたくしのなにが怖いと言うの!? 当たり前のことを口にしただけでしょうに!」
「ふ、二人とも、そう声を荒立ててはいけないよ。皆が何事かと見ているだろう。まずは一度深呼吸をしてだな……」
ルーウェンは自分を巻き込んでぎゃあぎゃあと舌禍を繰り広げる二人になす術なくたじたじだ。
そもそもどうしてこんなことになっているのか、彼にもよく分かっていないのだから。
だが、このまま落とし所がないまま続くかと思われたこの言い争いも、ミーナが次に発した言葉で終結することとなる。
……それも最悪の形で。
「あ、もしかしてぇあたしが可愛いからって嫉妬ですかぁ?」
ルーウェンを盾にしながら、不意にミーナの口から突いて出た言葉。
「は、はぁ? このわたくしがなぜ貴方に嫉妬などをしなくてはいけないの」
「だってだってぇ、ここは社交の場なんだから色んな組み合わせで男女が楽しく会話するのは当たり前じゃないですかぁ? なのにそっちがさっきからあたしの邪魔ばかりしてぇ――ひょっとしてあたしにルーウェン様を奪われるとでも思ってるんじゃないかなぁーって?」
「そ、そのようなことは……」
目が泳ぎ、明らかに動揺している女性にミーナは更に畳みかける。
「それに最初から見てたんだけどぉ、ルーウェン様もあなたと話していてもぜーんぜんつまらそうだったしぃ、それならあたしにチャンスを譲ってくれてもよくないかなぁって」
「……本当なのルーウェン様?」
それなりに会話が弾んでいたと思っていたところに、第三者から退屈そうだったと冷や水を浴びせられてショックを禁じ得ない女性。
「い、いや、そんな訳ないだろう! お願いだからミーナ嬢も適当なことを言わないでくれ!」
急に話を振られたルーウェンはブンブンと勢いよく顔を左右に振るが、それに構わずミーナは続けて。
「ルーウェン様ったら優しーい♪ でもこういうことってちゃんとはっきり伝えないと駄目ですよぅ? ルーウェン様も年頃の男の子だからぁ、本音を言えば不細工よりもあたしみたいな美少女と話したいでしょう?」
「……不細工?」
瞬間、ぴしりと空気が凍る。