12
「久しぶりの帰郷ね。なんだかすごく懐かしいわ。もうずいぶん帰っていないみたい」
半年ぶりに故郷の地を踏んだカナデアは、そこで何十年ぶりかのような心持ちで一人頷いた。
思えば当初は慰安旅行も兼ねたバカンスだったとはいえ、それがあれよあれよという間に期限が伸びての現在だ。
まさかこんなことになるとは、まして隣に将来を見据えたパートナーを連れ立って戻るとは想像だにしていなかった。
「……カナデア、緊張してる?」
こちらの顔を覗いて心配そうに眉根を寄せるパートナーにかぶりを振って答えるカナデア。
「それはこっちの台詞よアンドリュー。普通、緊張するのはアナタの方だと思うけれど」
「いやなに、これから大切な娘さんを僕にくださいっとお願いしに行く所なんだから緊張なんてしていられないよ。男らしく振る舞わないとね」
そう言ってニカッとはにかむ余裕綽々なアンドリューの姿を見て、ついカナデアは相談女のご機嫌取りに躍起になっていた男の姿が一瞬脳裏をよぎった。
が、今となってはあんな情けない男のどこがよかったのかと人知れず恥じる。
アンドリューのように紳士らしく女性をエスコートするのと、あの男みたいに女の尻を追いかけていただけなのは、どちらが魅力的で優良物件なのかは明白で雲泥の差なのだから。
◆
「――ただいま、みんな」
「おお、おおっ! カナデアか、よく帰ってきてくれた――。……ん? ああ、その後ろの男性は……?」
久方ぶりに実家に戻ったカナデアの姿に、彼女の家族は歓待してくれた。
「初めまして、僕は隣国からやってきたアンドリューと申します――」
だがそれも彼女の後ろに侍っていたアンドリューの姿に気が付くまで。
突然現れたアンドリューの姿に二の句が継げないでいるカナデアの家族に、彼女は分かりやすく説明することにした。
ミーナのせいで心に傷を負い、慰安旅行に出るまでは傷心だった自分の心を癒やしてくれたのは彼だったことを。
そうしているうちにお互い恋に目覚め、こうして親の許可を取りにきたことを――。
「……なるほど、事情は分かった」
我が娘から色々と話を伺ったカナデアの父親は、得心がいったように頷いた。
「いきなり驚かせてしまってごめんなさいお父様」
「いや構わないよ。……しかしお前が隣国で伸び伸びと過ごせていることは文で聞いていたが、まさか男をつれてかえってくるとは思わなかったな」
父親は苦虫を噛み潰したかのような顔でカナデアの隣を見て、
「――君はアンドリュー君といったかな」
「はい、お義父さん」
「……君にお義父さんと呼ばれるのは複雑な心境だが、それはともかくとしてありがとう。どうやらうちの娘も君のおかげで立ち直れたようだからな」
「そんなこと……。むしろ僕の方こそカナデアと出会えてよかったですよ」
「だがしかし! それとこれとは話が別だぁ!」
次の瞬間カナデアの父親が吠えた。
「お、お父様……?」
カナデアも突然の父親の行為に目を丸くする。
とはいえ無理もない話だろう、すっかり寂しさを覚える程度にはずっと家を出ていた娘がようやく帰ってきてこれで久しぶりに親子水入らずで過ごせるかと思えば、娘はまさか彼氏を連れてきたのだから感情の整理がつかないことは明白だ。
「わたしはまだ娘の彼氏と認めたわけではないことをここに宣言しておこう! しかも父親の前で娘を嬢呼びではなく呼び捨てだとぅ!? そりゃ百歩譲って交際しているのだから仕方ないがね!」
――なるほど。その理屈はもっともだ、とアンドリュー。
カナデアと二人きりの時ならばいざ知らず、彼女の家にお邪魔している間は公私混同ははっきりとしておかなければ、と思っていたら。
「……失礼しまし――」
「呼び捨てとかされるとなんかすごく仲良さそうで娘の幸せを願う気持ちと娘を奪われる父親の複雑な気持ちとで感情がぐっちゃぐちゃの板挟みになってめっちゃ苦しいの! 心、張り裂けちゃいそうなのぉ!」
なんか単純に俗世間的な心境の吐露だった。




