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「……ほへっ?」
内心で『勝った! あのブスざまぁ』と勝利宣言を掲げていたミーナは、先ほどまでの優柔不断ながらも物腰が柔らかかった態度が急変したルーウェンの姿に狼狽する。
だが諦念ならまだいい。しかし今の彼は明らかに怒り心頭といった様子だ。
「だ、誰ってー? あははルーウェン様ったらぁお顔こわーい。あの人が誰かなんてぇ、えっとぉミーナ、わっかんなぁい★」
とりあえず可愛くウインク。
事実、ミーナにとってあの女性は未知の人間であり、おおよそ自分と同じく玉の輿を狙うずる賢い相談女程度にしか推察できなかった。
「ほう」
だがルーウェンのこの反応を見るに、それ以上のなにかであることは明白だった。
「……確かに貴様の言うことは事実だろうな。もし仮にあの方の素性を知っていれば、ああも無礼を働くことなど出来るはずもないからな!」
「え、ええ……っ!?」
ひょっとしたら自分はとんでも地雷を踏んでしまったのかもしれない、ことここに至ってようやくその可能性が脳裏をよぎるミーナ。
最悪の答えを予期してサッと顔を青くした彼女に対し、ルーウェンは吐き捨てるようにこう告げる。
「知らないのなら教えてやろう。あの女性の名はリーゼリオ・ウル・バスーン。彼のバスーンの姫殿下にして僕の婚約者だ」
「バスーンの姫殿下……!?」
ルーウェンからのまさかの返答に、ミーナは絶句する。
物知らぬさしもの彼女といえど、この国に対する宗主国であるその名は聞き覚えあったらしい。
宗主国、つまりはルーウェンのように属国である我らはへりくだらなければならない身。
望むとも望まざるとも政略で決まった以上、たまに会えばご機嫌取りをしなければならい我が身。
図らずもそれを邪魔したミーナは――。
「貴様、どこの家の者だ?」
温度を感じさせない声音でルーウェンは問う。
「へあ?」
一方で、我関せずといった体で頓狂な声を上げるミーナに対し、イライラしながらルーウェンはなおも続ける。
「この程度の言葉が分からぬか? 家名を名乗れと言っている」
「いや、あ、あの……」
強い口調で問いただすルーウェンに、動揺からミーナは返す言葉が見つからない。
「名乗れぬか。つまり貴様はどこの誰とも知らぬ、ただのミーナということになるか」
――このままではマズい!
ただのミーナが指し示す意味。
つまりそれは、後ろ盾のない小娘ということになる。
つまり貴族の社交場に場違いともいえる不審者が入り込んだとあっては、次になされることは。
「であれば容赦する必要はない! 誰かその不届き者をひっとらえよ! 生きたままであれば状態は問わん!」
「おまま、お待ちくださいルーウェン様っ、あたしはエシュトン家のミーナですぅ!」
端を発したルーウェンの剣幕に押され、慌ててミーナは家名を名乗る。
父親からは普段みだりに家名を名乗るなと申しつけられていたが知ったことか、事は急を要するのだから。
「……エシュトン、確か男爵の位だったか」
顎に手を当てて思い出すルーウェン、そこでようやく助かったホッと一息をつくミーナ。
だが、
「なるほど家名は分かった。貴族令嬢であるならばこの場にふさわしい人物ではあるな――ではなるべく怪我をさせないように丁重に捉えよ!」
警備たちに再度鋭く命令を下したルーウェンに、ミーナは動揺を隠せない。
「ど、どうしてぇ!? ちゃんと名乗ったじゃないですかぁ!」
「ああ、しかとこの耳で聞いたとも。私の顔に泥を塗った謀反者の家名をな。もちろん連座は免れないものと心得ておけ!」
あえなく警備に両脇を捕まれ、絶望から力なく連行されていくミーナの行く先は当然冷たい地下牢だった。




