01
「ふふ、彼ったらきっと喜ぶわ」
学園の廊下を歩くカナデアは上機嫌だ。
最近流行っている庶民には入手困難な演劇のチケットが二人分、ようやく取れたからだ。
「あ、リューグス――」
広場で彼の姿を見つけると、声を弾ませたままさっそくそのことを報告しようとする。
「カナデアか、どうした?」
「うん、実は前からあなたも見たいって言ってた劇のチケットがやっと手に入ったからいっしょにどうかなって」
「いや、別にそんなのもういいよ。つーか勘違いされると困るから言うけどさ、チケットなら俺も持っててミーナと一緒に観に行く約束したから」
もうまたミーナ!? という呆れにも似たツッコミを心の中で噛み殺す。
「……そう。ごめんね、勘違いして誘ったりして」
もはや関係修復は出来ないと瞬時に悟り、今回の恋も諦めることにしたカナデア。
いつものパターンだ。
貴族の令息令嬢のみが通う学園に今年の春から入学したカナデア。
そんな心細い中で、いの一番に声をかけてきたのがミーナだった。
おっとり美人のカナデアと闊達なミーナ、一見すると水と油のような存在の相手だったがなぜかすぐに意気投合し、二人は友人になった。
しかし現在はそんな彼女と距離を置いている。
というのもミーナはカナデアを話のダシにしていわゆる相談女の体で異性に近づき、片っ端から男漁りを始めたからだ。
その中には今回のリューグスを初め、以前からカナデアと仲のよかった男子も含まれていた。
カナデアがようやくそのことに気がついた時にはもう遅かった。
すでにミーナは男たちからの信頼を得、反対にカナデアは彼女からあることないことを吹き込まれて若干遠巻きにされていたからだ。
そして今回、とうとうリューグスにまでミーナのせいで振られてしまうとは……。
ただ一つ救いがあるとすれば、それは非公式なミーナ被害者の会を通じて他の令嬢と仲良くなれたことぐらいか。
非公式なのはミーナが男に対して媚びへつらうのが得意でその本性を上手く隠していることと、彼女の引き立て役として選ばれた女子には彼女が表向きは友人として振る舞うせいで、被害を訴えても信じてもらえないからだ。
それどころか逆に相談女としてのネタに使われるだけなので、被害者たちは皆それぞれ我慢していた。
「仕方ないわね。チケットは他の子を誘うことにしようかしら」
「えーもったいなぁい。だったらあたしに頂戴よぉカナデア」
無駄に甘ったるい声。男ならコロッと騙されるだろうが、あいにくと彼女の本性を知っているこちらは同性なのでそう簡単にはいかない。
「……あなたには必要ないと思うけど?」
「ええーひっどぉいカナデア、あたしたちは友達でしょう?」
噂をすればなんとやら。
声をかけてきたのは例のミーナだった。周りに男連中を侍らせながらこちらに向かってくる。
「リューグスがチケット持っててあなたと一緒に行く約束してるって言ってたわよ? それに私もあの劇には興味あるから『はいそうですか』って簡単には譲渡できないわ」
「ぶーっ、ならあたしと一緒に観に行こうよぉ。最近遊んでくれないから寂しいのぉ」
「他のお友達と予定がつかなかったらね」
「おいカナデア、自分の親友に対してそういう言い方はないだろう!」
カナデアがそっけなく答えると、ミーナの取り巻きの一人が鼻息を荒くして突っかかってきた。
というかリューグスだった。
「さてはお前、俺に振られた腹いせでミーナに意地悪してるのか?」
なんという見当違いな言い草だろうか。
「……そうかもね。じゃあ私はこれで」
しかし訂正しても信じてもらえないしなにより面倒なので、カナデアはそっけなく答えてこの場を去ることにした。
「おい逃げるのか! 話はまだ終わってないぞ!」
「いいわよぉリューグスぅ、もうフったんでしょう? カナデアだってきっと気まずいのよ、そっとしておいてあげましょ。これ以上イジメるのは可哀相よぉ」
そうやってさもカナデアを心配しているかのような口振りだが、明らかに声に嘲りが混じっていた。
「ははは、ミーナは優しいな。どこかの誰かとは大違いだ!」
リューグスの一言とともにミーナを取り巻く男連中がどっと沸いた。
皆口々にカナデアのことを馬鹿にして笑っているのだ。
(……っ、一時でもあんな男に恋慕した自分が愚かだったわ)
カナデアは悔しさからカーッと顔が赤くなるのが自分でも自覚していたが、かといって味方のいない今は唇を噛みしめ、逃げ帰るようにその場を後にするのがやっとだった。
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