転換の日
このところ、街には多くの吟遊詩人が訪れるようになった。時代の変わり目というのはそういうもので、今まさに起ころうとする事件を後世に語り継ごうという力が働くのだが、多くの市民は文字の読み書きができないために、音楽にのせて歌い継いぐことを良しとしていた。
人々の関心ごとと言えば、やはり魔王が討たれたことであろう。歌は様々な憶測が入り交じった内容で聴く人を惑わせた。どこから情報が漏れたのか、魔界の門から還ったのはたった一人の少女であったことが周知となり、さらには尾ひれがついて、その少女が勇者一行を皆殺しにしたのだとか、だから魔王の手先なのだとか、いや魔王が少女に化けてとうとう地上に進出したのだとか、あらゆる噂が飛び交い街を不安の渦へと陥れた。
そんな中、一際人々の目を引く詩人が現れる。異国の着物を纏った美しい女性。肌は黒く怪しげな瞳は男たちだけでなく、女性や子どもたちまでをも惹き付けて虜にした。繊細な彫刻が施された指輪をはめた手で奏でるのはこれも異国の琴で、不思議な音色を響かせる。
詩人は歌う。今まさに世界は救われ、光に満ち溢れているではないか、と。平和をもたらしたその主に何の邪な企みがあろうか、その救世主を讃えることこそが私たちの本来あるべき姿ではないか、と。
今やこの街の民の全てがこの歌を口ずさむほどになった。そして疑心暗鬼に駆られていた人々の目に輝きが蘇ったのである。いつしかそれは長期に渡る魔族との争い、暗黒の時代との決別の賛歌として国民に愛されることとなった。そしてその動きは町人の間では収まらなくなってゆく。大陸中から有志が集い楽団を結成するまでに至り、大行列を成して帝王が座する城までの道を埋めつくした。団員にも様々な出自の者がおり、奴隷階級の若者がいたかと思えば、これが市場を動かす機と見た商人も参加していたり、末端の軍人や地方の貴族までもが混じっている。
ある者は楽器を打ち鳴らし、それぞれに編曲を施したこの一曲はまさに、歴史に刻まれるものとなることは明白である。
さて、このような騒ぎの中、心中穏やかでなかったのは軍の上層部や議会の連中である。とうとう城下を取り囲むまでになったこの祭りを、時の王までもが城の高みから眺めるまでになり、近衛に何が起きているのかと調査を命じた。
無論いままでの魔王討伐の経緯は王の知れるところとなり、時魔道士の件にまで話は及んだ。これを議会は密室の中で握り潰して有耶無耶にしてきたものだから、そうはいかなくなった現状に関係者は怯えたのである。
案の定、王は議会と軍の司令を追及し、そして時魔道士の身柄を解放、さらには真の『勇者』の称号と相当の褒美が与えることを約束した。
これにて、全ての問題が解決した…かのように見られた。