川辺
「朱殷、おはよう。夜は寒くなかった?」
「おぅ、おはよう。お陰様でな」
厄神におはようなどと云う者がどこにいるのか。
ただそれだけで面白く、朝から笑いが出る。
これから朝餉用の水を汲みに行くというので、鼻歌まじりに先を行くハナの後ろ姿を眺めていると「わっ」と言う声とともにハナが躓く。
木の根に足がとられたのは、これで3度目である。
「また転んだな。よくこれまで1人暮らせたな」
「少し躓いただけよ」
「ククク、少しか」
うぅ、と悔しそうにハナは唸った。
朱殷は右腕に水瓶を持つと、左腕にハナを乗せて縦抱きにした。初めのうちは抵抗していたハナだったが、そのうち観念して素直に縦抱きにされるがままになっていった。
よくつまづくのは見えないからか。
それとも碌に食えない痩せた体だからかーーー
縦抱きにしたハナは羽のように軽かった。
肩に触れる指先は痛々しいほどに細く、か弱い。
「もっと太れ」
「春になってもっと食べられる物が増えたら、お腹いっぱい食べる!…予定!」
「まだ冬になったばかりだ。春になる前に飢え死にするぞ?」
母親がいた夏頃まではまだマシだったのだろう。
ハナがここまで細いのは、食事が草や低木の実なのは手の届く範囲でしか賄えないからだと気付く。
川辺に着き、ハナが水を汲んでいる間に、朱殷は魚を獲り始めた。
「わっ!」
バシャン
その音に驚いた朱殷が振り向くと、そこには水瓶を死守しながらも川にドップリとしゃがみこんでいるハナがいた。
「お前…またやったな」
「水瓶は割れてないから大丈夫」
「大丈夫なわけあるか」
川の流れは緩くしておいたはずだったが、水瓶の重さでバランスが取れなくなったハナには耐えきれなかったらしい。水汲みも魚獲りもそこそこに、ハナはまたもや縦抱きにされて帰路に着くのだった。
◆◆◆
炉に少し多めに薪をくべて暖を取りながら、
ハナは獲ったばかりの魚を美味しそうに食べている。
「魚は母さんがいたころはよく食べていたの。私だとなかなか獲れなくて…嬉しい美味しい嬉しい!」
「たくさん食え」
粗食に慣れた胃では魚の油はきつかろうと、朱殷は大きな葉を取ってくると器用に魚を包み炉にくべて蒸し焼きにした。
人間はよくこうやって供物を供えてくるのだ。見よう見まねでやってみたがなんとかなるもんだ。
「朱殷ありがとう」
蒸した魚を食べながらハナはまたへにゃりと笑う。
厄神相手にへにゃへにゃと笑う人間なんてこの先現れるかわからない。この子どもはやはり面白い。
「ケホッ」
「川ですっ転ぶからだ。嫌な咳をしている」
「へへ…これくらい大丈夫」
「本当かよ…」