嫌われ厄神への祈り
この冬になってからもう何度目だろうか。
空高い神々の国に人間達の業の深い祈りが届く。
ドンドンと鳴り響く太鼓の音や。火と木のはぜる音とともに聞こえてくるのは呪いの祈り。
『疫神よ、東の彼の地に流行病を蔓延らせ給え』
『厄神よ、東の彼の地の水を枯らし乾きを与え給え』
厄神は、黒曜石で出来た耳朶飾りを弄びながら呟く。
「また西のドマか」
その祈りは西の村ドマの人々のものだった。
それは自らの豊穣を祈るのではなく、
敵対する東の村アガシャの没落を祈るもの。
国造りの神によって造られたこの年若い厄神は、とても美しく、とても残酷だった。
これまで様々な土地に赴いては災厄をもたらした。
しかし残酷な厄神は、災厄によって人々が苦しもうが悲しもうが、ただその苦しむ様を眺めては退屈そうに笑うだけ。
西の太鼓の音を聞きつけてやってきたのは
年老いた優しい梟の神だった。
「厄神よ。悪しき祈りなぞ聞かずとも良いのだよ」
梟の神はその声色と眼差しは、明白に咎めいて、西の祈りを嫌悪している。
厄神は笑った。
「だが祈りは神にとって力になる」
「西の祈りは悪しき祈りだ」
「それもまた然り」
梟の神は溜息をつく。
「人間の欲は尽きるはことない。今ある以上の豊かさを求め、欲しい欲しいと渇望し、その喉は潤うことなく求め続ける」
「どうせ退屈していたところだ」
「退屈凌ぎで災いをもたらすな」
若い厄神はひょいと界下の祭壇を覗きみた。
「人間の供物はなかなか造りがいいのでな、欲しいものがあれば祈りを叶える。それが供物の代償だ」
「取り立てて欲するモノなどなかろうに」
冬には珍しい果実や稲藁
大きな獣の毛皮
黒曜石の首飾
(あの首飾りは黒曜か)
先日供えられた耳朶飾りを気に入っていた疫神は、その首飾りが欲しくなっていた。
「まぁいいさ。すぐ終わらせる。じゃあなジィさん」
厄神は手短に梟に別れを告げると消えていく。
梟の神の優しい咎は、若き厄神の心には届かない。
「人を知り、慈しみの心を知るといい。そんな日が彼奴に来ると良いのだが」