第7話 脈動する血
あの後、特に何事もなく自宅に帰還した彩華と美穂は、予定通り休息をとる。
そして昼食も済ませると、今度は血印の兄弟団の支部へと出発した。
二人は、祖母の部屋で発見したパンフレットの地図を頼りに、支部へ向けて歩みを進めていく。
そうして、これまでと同じように鉄頭をなぎ倒し、たどり着いた目的地にあったのは、鉄筋コンクリート造りのオフィスビルだ。
三階建てでシンプルな外観をしており、玄関の横には"血印の兄弟団 仙台支部"という文字が書かれている。
それを確認した二人は、満を持してその内部へと侵入した。
「内装は思ったよりも普通だね。宗教団体って、意外とみんなこんなもんなのかな」
「玄関辺りはそうなんじゃないかしら。ただ、それらしい部屋もちゃんとあると思うわよ。礼拝室とかね」
仙台支部のエントランスにて、彩華と美穂はそんな話をする。
鉄頭になってしまったからか、受付に人の姿は見当たらない。
それをいいことに、二人は仙台支部の内部の廊下へと入っていく。
そこでは、ある意味見慣れた異様な光景が広がっていた。
「これは……鉄頭の死体?」
「そうみたい。私たちの他にも生存者がいたのかしら」
廊下にあったのは、壁にもたれて力なく倒れている三体の鉄頭の死体だ。
彩華は、その内の一体に近づき、遠慮なく死体の観察を始める。
「胸辺りに小さな穴が開いてて、そこから血が出てるから多分銃で殺されたんだと思う。死体の下の血だまりは……まだ乾いてない。もしかしたら、この鉄頭を殺した生存者がまだ近くにいるかも」
「そう。それなら、運が良ければその生存者に会えるかもしれないわね」
美穂がそう話す一方で、彩華は黙って考え事をする。
この死体から、推測できる事がいくつかあったのだ。
(銃を持ってるってことは、生存者は美穂さんと同じ神仏信仰研究所の人間なのかも。普通の人間は銃なんて持ってないけど、美穂さんは何故かリボルバーを持ってたし。というか、この人たちは鉄血の兄弟団の関係者のはずなのに、どうして鉄頭になっちゃったんだろう。異変を起こした上の人は、下っ端は鉄頭になってもいいと思ってたのかな)
なんて事を、彩華が考えていたその時。
突然、ドタドタと走ってこちらに向かってくる何者かの足音が、廊下の奥から聞こえてくる。
それからすぐに、足音の主はその姿を現した。
二人の前にやってきたのは、特殊部隊のような黒ずくめの服を着て、アサルトライフルを持っている四名の男たちだ。
彩華と美穂の話し声を聞きつけて、ここまで急行して来たらしい。
それを見て、生存者が来たと二人が素直に喜ぶ一方で、男たちは不穏な会話を始めた。
「目標を発見。山吹美穂研究員と鉄血の加護を受けた人間だと思われます。どうしますか?」
「山吹研究員は確保する。加護を受けた人間はこれまで同じように処分しろ」
「「「了解」」」
男たちの会話が終わったその瞬間、四丁のアサルトライフルの銃口が彩華に向けられる。
そして、躊躇われることなく引き金が引かれた。
二人にとっては、何もかもが唐突な出来事だった。
「……え?」
あまりにも突然の事態に、彩華は呆然とすることしかできない。
放たれた銃弾は彩華の胸部に着弾し、その心臓と肺を貫いていく。
どう考えても致命傷だ。
傷口から血を噴出させて、彩華は地面に倒れ伏した。
「彩華ちゃん? ……な、なんで? あなたたち、一体どうしてこんな事を!」
「どうしてこんな事を、というのはこちらの台詞だ、山吹美穂研究員。本来、これはあなたの仕事だったはずだ。自分の任務を放棄して、一体何をしている?」
「何ですって? これが、本来の私の仕事? そんなことって……」
隊長らしき男の発言によって、記憶喪失の美穂はますます混乱させられる。
一方で、彩華は死の淵を彷徨いながらも、ギリギリのところで意識を保っていた。
(う゛ぅ……痛い。身体に力も入んない……。けど、まだ生きてる。あの男は、私に鉄血の加護があるって言ってた。試したことはないけど、それなら鉄だけじゃなくて血だって操れるはず。私はまだ死んでない。まだ戦える。まだ殺せるんだ……!)
意識が遠のいていくのを自覚しつつも、彩華は思考を止めない。
自身から流れ出る血を操り、出血を止めようとする。
その不屈の意思に、鉄血の加護は見事に応えた。
ある時を境に、彩華から流れ出ていたはずの血が彼女の身体へと戻っていく。
それと同時に、彩華の身体に開いた穴が硬化した血液によって塞がれていく。
皮膚が、肺が、心臓が、元の機能を取り戻していく。
「隊長、加護持ちの様子が変です! 血が……戻っている」
「何? そんなバカな! 全員銃を構えろ、今度こそ確実に仕留めるんだ!」
男たちは隊長の指示に従い、彩華に銃弾を撃ち込もうとする。
が、その行動は失敗に終わった。
鉄を操る能力を使って、彩華がアサルトライフルの銃身を捻じ曲げたのだ。
これによって、男たちが放った銃弾はあらぬ方向へと飛んでいく。
その隙に、傷を回復させた彩華は立ち上がった。
殺したはずの人間が蘇ったのを見て、男たちは明らかに動揺する。
「そっちが、先に撃ってきたのが悪いんだよ。だから……殺されても仕方ないって、分かってくれるよね?」
「このっ、化け物が! 死ぬのはお前の方だ!」
そう言って、隊長はアサルトライフルの代わりにナイフを構えると、走って彩華に近づこうとする。
しかし、復活して万全の状態になった彼女に、そんな安直な行動は通用しない。
彩華は、元々廊下にあった鉄頭の死体の血を集め、巨大な血液の棘を作り上げる。
そして、向かってくる隊長の腹にそれを突き刺した。
苦しみに喘ぐ隊長の身体が、棘に持ち上げられて宙に浮かぶ。
「なっ! 嘘だろ……にっ、逃げろ!」
隊長の姿を見て、他の三人の男たちはこの場から逃げ出そうとする。
だが、三人は既に彩華の能力の射程圏内だ。
逃げ出すには、少し遅すぎた。
隊長の血を吸収し、さらに巨大化した血の棘が、三つに分裂して男たちに迫る。
それから、棘は凄まじいスピードで彼らに追いつき、その背中を刺し貫いた。
「これで……全員。もう、酷い目に遭っちゃった。美穂さんは大丈夫?」
「……身体の方は大丈夫よ。でも、少し待っててくれるかしら? 記憶を整理する時間が欲しいの。過去の私は、何のためにあんな事を…‥」
小さな声でそう言って、美穂は頭を抱えてその場に座り込んでしまう。
戦闘が終わって、死体が合計七体になった廊下は、どんよりとした空気と血の匂いによって満たされていた。