第4話 鉄巨人
「何か、とんでもない鉄の塊がいる……!」
「そうね。名前をつけるなら、鉄巨人といったところかしら」
そう話す二人の目に映っていたのは、全身を鉄の結晶に覆われた人型の化け物だ。
その身長は人間のそれを逸脱しており、三メートルは確実に超えている。
鉄頭とはレベルの違う化け物が、彩華の家の前に立ちはだかっていた。
「あれをどうにかしないと、あなたの家には入れなさそうね。どうするつもり?」
「う~ん、流石にちょっと考えさせて。正面から戦ったら、いくらなんでも勝てなさそう」
幸いなことに、二人の存在はまだ鉄巨人に気づかれていない。
二人がいる住宅街の曲がり角の先に、鉄巨人がいるという状況だ。
そのため、作戦を練る時間は十分にある。
曲がり角から顔を出し、鉄巨人の様子を観察し終えた彩華は、自分の考えを話し始めた。
「あそこから動きそうにないし、やっぱりなんとかして倒すしかないね。ちょっと大変だけど、ちゃんと準備すれば倒せると思う」
「そう。倒せるなら、それが一番いいと思うけれど……どんな準備が必要なの?」
そう質問する美穂に対して、彩華は思いついた作戦の内容を説明する。
そして、話し合いを終えた二人はその作戦の準備を始めた。
最初の準備は、とにかく大量の鉄を集める事だ。
ひとまず、二人は鉄巨人がいる彩華の家付近から離れ、辺りを探索して鉄を探し始める。
それで、街灯などの鉄を含む物品を見つけた彩華は、それらを鉄球に変形させた。
あとはその鉄球を転がしてやれば、集めた鉄を簡単に運べるという算段だ。
鉄球を停止させておきたい時は、底の方を平らに変形させておけばいい。
そんな二人の鉄集めの対象は、公共設備だけでなく建築物にまで及んだ。
「こんなことまでして、本当にいいのかしら?」
「非常時だし大丈夫だよ。それに、多分ここの住民も鉄頭になってるだろうし」
美穂に苦言を呈されつつも、彩華はアパートの鉄製のドアを鉄球に変形させていく。
そして、最終的にはアパートの外にある鉄骨階段をも鉄球に取り込んでしまった。
見るも無残な姿になってしまったアパートの残骸を見て、美穂は気まずそうな表情をしていたが、彩華としては知った事ではない。
このようなことを繰り返して、二人が鉄集めを続けた結果、直径一メートルほどの鉄球が二十個も集まった。
歩いている二人の後ろを、二十個の鉄球がついて行く様はなかなか壮観だ。
「鉄の量はこれぐらいで十分かな。それじゃ、あの場所に戻って最後の準備をしよっか」
「ええ、分かったわ」
そう話して、二人は彩華の家付近の曲がり角まで戻ってきた。
彩華の家の前では、相変わらずの様子で鉄巨人が突っ立っている。
ここで遂に、作戦の最後の準備が始まった。
まず、彩華は自身の能力を行使し、二十個の鉄球を四本の柱に変形させる。
それで、柱の高さが十メートルほどになったところで、彼女は四本の柱のてっぺんを中心に集めて、細長いドームのような形を作り上げた。
最後に、余った鉄を使って巨大な鉄杭を製作し、それをドームの天井に設置してやれば、作戦の準備は完了だ。
「あとはあいつをここまで誘い込んで、上から鉄杭を落としちゃえば倒せるはず。上手くいくといいんだけど」
「ここまで準備したんだから、きっと上手くいくわよ。見守ることしかできなくて申し訳ないけれど、応援してるわ」
準備を終えたところで、二人はそんなやり取りをする。
当然のことだが、怪我人に囮役は務まらない。
よって、鉄巨人をここまで誘い込むのも彩華の役割だ。
作戦を実行するため、彩華は曲がり角の先へと進み、鉄巨人の方へと近づいていく。
そして、近くにあった道路標識を槍のように変形させると、それを鉄巨人に対して突き伸ばした。
これで仕留められれば楽だったのだろうが、現実はそう甘くない。
カキンッと軽い音を立てて、槍は難なく弾かれてしまった。
鉄巨人の全身を覆う鉄の結晶が、装甲として機能したためだ。
(やっぱり、こうなっちゃうよね。でも、これであいつも私に気づいたはず)
彩華の予想通り、今の攻撃で鉄巨人は彼女に気がついた。
例の曲がり角に向かって逃げていく彩華を、鉄巨人は走って追いかける。
鈍重そうな見た目に反して、ドスンドスンと音を立てて走る鉄巨人の速度は彩華以上だ。
真っすぐの道を走り続けていると、彼女と鉄巨人の距離が少しずつ縮まっていく。
曲がり角にたどり着いたところで、ちらりと後ろを振り返った彩華は、すぐそこまで迫ってきていた鉄巨人を見て顔を引き攣らせた。
(やばっ、あと少しで追いつかれちゃう!)
ぜぇぜぇと息を切らせて走りながら、彩華は内心でそのように叫ぶ。
ただ、彼女にとっては幸いなことに鉄巨人は曲がるのが苦手だったようで、ここで彩華と鉄巨人は大きく距離を離した。
その後、無事に鉄杭を設置した場所までたどり着いた彩華は、正面から迫ってくる鉄巨人を待ち構える。
そして、鉄巨人が鉄杭の手前に来たところで、彼女は能力を発動させた。
これによって、今まで鉄杭を固定していた部分の鉄が変形し、鉄杭は柱との接続を断たれる。
支えを失った鉄杭は重力に従って落下し、ちょうど真下にいた鉄巨人を貫いた。
凄まじい衝撃音を辺りに響かせた後に、鉄巨人は地面に倒れる。
「た、倒したよね?」
そう言いながら、彩華は恐る恐る倒れた鉄巨人に近づく。
間近でその身体を観察してみると、鉄杭に貫かれた頭部がほぼ消滅していた。
間違いなく倒せたようだ。
それを確認した彩華は、近くに隠れていた美穂を呼び出した。
「本当に倒しちゃったのね……。すぐには信じがたい光景だわ」
「今回は流石に苦労したね。障害は倒したし、早く私の家に行こ? 学校で目覚めてから戦いばっかりで、もう疲れちゃった」
「ちょっと待って、あそこに何か光ってる物があるわ」
早く帰りたさそうな彩華をよそに、何かに気づいた美穂は鉄巨人に近づく。
そして、その胸辺りからある物を無理やり引き抜いた。
「これは……紅鉄みたいね」
「ほんとだ。雫型の刻印はないけど、私のお守りに入ってた紅鉄にそっくり」
「取り敢えず、回収しておきましょうか。貴重な物だったはずだから」
そう言って、美穂は鉄巨人から回収した紅鉄の板を懐にしまう。
その後、二人は彩華の家へと向かい、その玄関にようやくたどり着いた。
帰ってきた彩華は、自宅の安心感を噛みしめながら、そのドアを開くのだった。