第3話 紅鉄
「それで、あなたに何か心当たりはないの?」
「え、何のこと?」
「あなたが能力を手に入れた要因に、何か心当たりがないか聞いてるのよ」
「ん~。そう言われても、別に私は普通の女子高生で、特別な血筋とかじゃないし……」
お互いについての話が終わり、傷の手当ても終えたところで、二人はそんな会話を始める。
美穂の質問を聞いて悩んでいた彩華だったが、しばらくして何かに気づいたようだ。
「もしかして、去年おばあちゃんから貰ったお守りのおかげだったりするのかな? 私のおばあちゃん、変な宗教の信者だから、お守りの効力とかちょっと信じがたいんだけど……あれ、何か光ってる!? 前見たときは全然普通のお守りだったのに!」
彩華が財布から件のお守りを取り出してみると、不思議なことにその中身が赤く光っていた。
それを見た彼女は、無病息災と書かれたお守り袋の中身を恐る恐る取り出してみることにする。
そうして出てきた中身の正体は、紅色の金属の板だった。
中央に雫型のシンボルマークが彫られており、赤く光り続けている。
「何だろ、これ。こんな金属見たことない。美穂さんは何か知ってる?」
「……思い出した」
「え?」
「それを見て、ほんの少しだけ記憶が戻ってきたのよ」
お守りの中身を見た美穂は、様子を一変させてそう話す。
どうやら、この金属のことを知っているようだ。
「その金属は、紅に鉄と書いて紅鉄と言うの。血と鉄を混ぜ合わせて作られた特殊な金属よ。私たちの研究所で、実験に使っていた記憶があるわ」
「どんな実験に使ってたの?」
「それは……ごめんなさい。まだ思い出せないみたい。でも、いくつか分かった事があるわ。恐らくだけど、あなたのおばあちゃんが入信している宗教と、私がしていた研究には繋がりがある。そして――」
「お守りの反応から推測するに、私たちが巻き込まれてる異変も、その宗教と関係してる可能性が高い、ってことだよね?」
「ええ」
ここで得た情報から、二人はそのような結論を出した。
となれば、今後の行動方針もおのずと決まってくる。
「じゃあ、おばあちゃんが信じてた宗教について調べなきゃだ。この異変を解決するためにも、美穂さんの記憶を取り戻すためにも」
「そうね。取り敢えず、今はそうするべきだと思うわ。他に手がかりもないわけだし。それで、その宗教の名前はなんて言うの?」
「え~っと、確か血印の兄弟団っていう名前だったはず。やっぱり、ちょっと不気味な名前だよね。私とおばあちゃんは同じ家に住んでるから、家に帰っておばあちゃんの部屋に行けば何か見つかると思う。ここから歩いてニ十分ぐらいかかるけど、今から向かう?」
美穂の脚の傷を見ながら、彩華はそう問いかけた。
どうやら、彼女が歩いても大丈夫かを気にしているらしい。
そんな彩華の問いに対して、美穂は首を縦に振った。
「そうしましょう。私の傷のことなら、心配しなくても大丈夫よ。こうして手当てもしてもらったし、そんなに深い傷でもないから、歩くぐらいどうってことないわ」
「分かった。それじゃ、早速行こっか」
こうして、二人は彩華の家へと向かうために、学校から出発することになる。
この際、靴をなくしていた美穂は、下駄箱にて適当な靴を拝借した。
犯罪行為ではあるが、こんな非常事態の渦中にいるのだから、この程度は仕方ない事だ。
二人で学校の外に出たところで、彩華は異変が起きた後の街の光景を初めて目の当たりにする。
そこにはもう、人の姿は見当たらず、代わりに鉄頭のみが辺りを徘徊していた。
(やっぱり、みんなこうなっちゃってたんだ。私の学校の生徒だけじゃなくて、街のみんなが鉄頭になってる。これじゃあ、ホラー映画じゃなくてゾンビ映画の世界じゃん)
なんて事を考えつつも、彩華は平然とした様子で道案内をしながら、美穂と共に目的地へ向けて歩き始めた。
街を歩く二人は、そこら中を徘徊している鉄頭に何度も襲われる。
その度に、彩華は能力で鉄製の道路標識や街灯を変形させて、鉄頭たちを刺し殺した。
彼女が、鉄を操る能力を自分のものにしているのがよく分かる光景だ。
そんな道のりの中で、共に歩みを進めていた美穂が唐突に話を始めた。
「ねぇ彩華ちゃん。あなたの家に到着する前に、一つ確認しておきたい事があるの」
「ん? 何?」
「あなたと家族は、一緒の家に住んでるのよね」
「うん。おばあちゃんの他にも、私の両親が一緒に住んでるよ」
「それじゃあ、あなたのご両親は――」
「多分、鉄頭になってると思う。お父さんは仕事に行ってるから、もしかしたら助かってるかもしれないけど」
表情一つ変えずに、彩華は淡々とそう話した。
その落ち着き様は、傍から見れば日常会話をしているように見えるほどだ。
あまりに冷淡なその様子を見て、美穂は再び口を開く。
「思ったより、平気そうなのね」
「そりゃ、お父さんとお母さんが化け物になってたら悲しいけど、こんな事になって生き残れただけでも幸運でしょ? だから、あんまり悲観的にならないようにしてるの。もしかしたら無事かもしれないし。でも、両親が本当に鉄頭になってたら、その時はちゃんと倒すから安心して?」
「そう……分かったわ」
彩華の言動に違和感を覚えつつも、美穂はひとまずそう返事をした。
ともかく、美穂にとって一番大事なのは、自身の記憶を取り戻すことである。
そのため、協力関係を築けるのならば、彩華がどんな人間であろうともよかったのだ。
その後も、鉄頭を倒しながら歩き続けた二人は、無事に彩華の家の近くに到着する。
しかし、彼女の一軒家の前に立ちふさがる存在が現れたことによって、二人は足止めを食らうことになるのだった。