最終話 元研究者と神もどき様
「結界、消えてるね」
「そうね。本当に、これで全て終わったのね」
地上に出てきた彩華と美穂は、何もない空を見てそう話す。
二日間という短い期間ではあったが、二人を苦しめ続けた異変がついに終わりを迎えたのだ。
その事を実感して、二人は気の抜けた表情を浮かべた。
「美穂さんは、これからどうするの?」
「私は……大人しく自分の罪を償うわ。これまでに犯してきた悪行の全てを、しかるべき機関に話すつもりよ。きっと誰かが、この異変の責任を取らないといけないから。あなたはどうするつもり?」
「ん~。私はしばらく一人で旅をして、神もどきとしてどう生きるか考えようかな。帰る場所がなくなって、家族もいなくなっちゃったから」
「……さらっと言ったけれど、女子高生が一人で旅なんてできるの?」
彩華の言葉に罪悪感を刺激されつつも、美穂は彼女にそう聞き返す。
すると、驚きの言葉が返ってきた。
「それは大丈夫。実は私、所長さんの神の力を手に入れた影響で、さらに神様に近づいたみたいなの。今の私にとって、食事とか睡眠は必須じゃないから、飲まず食わずで問題なく旅ができると思う」
「何ですって?」
「それに、能力でできることも増えたから、心配しなくても大丈夫だよ。ほら」
そう言って、彩華が能力を発動させると、彼女の頭部が血液で覆われていく。
それから少しして、血液が消滅すると、彩華の顔が黒髪ロングの別人に変貌していた。
「嘘でしょ、そんなことまでできるの?」
「うん。他には、鉄を変化させて無機物のコピーを作ったりもできるよ。偽の硬貨も作り放題」
「もう滅茶苦茶ね。はぁ、心配して損したわ」
呆れて笑いながら、美穂は彩華にそう言った。
一方で、彩華は変身能力を解除し元の姿に戻る。
「もちろん、約束は守るから安心して。一人旅は、美穂さんの妹を助けてから始めるつもりだから」
「ええ、そうしてちょうだい」
そんなことを話している内に、遠くの方からヘリコプターの飛行音や、警察のサイレンの音が聞こえてくる。
結界が消えて、自衛隊や警察などの治安部隊が動き始めたようだ。
「そろそろ人が来そうだし、お別れしないとね。あなたは、警察に捕まる気はないんでしょう?」
「まぁ、うん」
「それなら、面倒なことになる前に逃げた方がいいわ。私の話を聞いて、この研究所に行く人もいるだろうから。さようなら、彩華ちゃん。ここまで協力してくれて、本当にありがとう」
そう言って、美穂はサイレンが鳴っている方へと歩いて行く。
その後、美穂のことを見送った彩華は、街のどこかへと消えていった。
++++++
一年前、仙台市を中心に発生した一連の異変は、日本中に大きな衝撃と悲しみをもたらした。
被害に遭った人々の人数はおよそ百万人弱で、未だに問題は山積みだ。
鉄頭と呼ばれる元人間たちの処遇はどうするのか。
空っぽになってしまった街はどうするのか。
神の力を手に入れたという少女はどこへ行ったのか。
どの問題も、解決の目途は立ちそうにない。
そんな中で、美穂は殺人罪で訴えられていた。
あの後、警察に自身の罪を洗いざらい自白した彼女は逮捕され、現在は拘置所にいる。
被告人の美穂が協力的なため、裁判の進み具合は非常に順調だ。
このまま行けば、彼女は殺人罪にふさわしい重い刑罰を言い渡されることになるだろう。
ところがある日、美穂が入れられている拘置所の独居房の前に、一人の少女が現れた。
彩華だ。
彼女は、何の躊躇いもなく鉄格子を捻じ曲げると、その独居房の中へと入っていく。
「久しぶりだね、美穂さん」
「彩華ちゃん……。なんで今更こんなところに」
「答えを出したからだよ。鉄血の神もどきとして、これからどう生きるのか」
以前よりも痩せこけた美穂の目を真っすぐ見て、彩華はそう話す。
彼女の姿は、一年前と驚くほど変わりない。
「鉄血の神の能力を使って、この一年間旅をしてきたけど、正直あんまり面白くなかったの。私に一人旅は向いてなかったみたい。だからと言って、今更人間社会に溶け込む気にもならないし、どうしようかなって考えて……私が何を思いついたと思う?」
「まさか、私を巻き込もうとしてるの?」
「正解! 一応、美穂さんは私の理解者だし、一緒に旅したら楽しいかなって」
「はぁ……真人間として生きるつもりはないの?」
「いろんな場所で社会人の話を聞いてるうちに、私には無理だなって思うようになっちゃった。これでも神もどき様だし、多少のわがままは許してくれない?」
満面の笑みでそう話す彩華を見て、美穂は呆れ顔になった。
この神もどき様は、真面目な一市民として生きていくことをすっかり諦めたらしい。
「正直、あなたについて行きたいとは思うけれど……ここで私が突然いなくなったら、日本社会がまた混乱しちゃうわ。これ以上、自分の身勝手で迷惑はかけられない」
「うん。そう言うと思って、用意した物があるの。見てて」
美穂にそう言って、彩華はどこからともなく大量の血液を出す。
その後、この血液はみるみるうちに変形していき……最終的に、今の美穂とそっくりの姿になった。
「ええと、これは?」
「血液で作った美穂さんそっくりの血人形! 罪の意識に耐え切れず自殺したっていう設定で、舌を噛み切られたこの人形を置いていくの。それで、本物の美穂さんは私と一緒にここから脱出する。完璧な作戦でしょ?」
「バレないの?」
「変なことをされない限りは大丈夫。解剖されたら普通にバレるし、火葬されたら骨は残らないけど」
彩華の話を聞いて、美穂は少しの間考え込む。
そして、答えを出した。
「そうね。ここまでしてくれたのを無下にするのも悪いし、あなたを一人にするととんでもないことになりそうだから、ついて行くわ。誰かが手綱を握ってあげないとね」
「よかった~。それじゃあ、さっさと行こっか。妹さんも会たがってるよ」
「え、私の妹と話したの?」
「うん。約束通り助けてあげたんだから当然でしょ。昏睡から目覚めて私と顔を合わせたとき、美穂さんとそっくりな顔で、狐につままれたみたいな顔をしてて、面白かったなぁ」
そう言って、彩華は可愛らしくころころと笑った。
教室で初めて美穂と出会った、あの時のように。
これにて本作は完結です。
ご愛読ありがとうございました。
この小説が気に入った方は、広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると嬉しいです!
「魔女姉妹の転生長女は自己犠牲を厭わない」という小説の連載も始めましたので、よろしければそちらもご覧ください。