8 一歩ずつ
その日、盗賊の襲撃を受けた村を助けた私達は、その村へ泊まることになった。
王族であるクラリスを歓待せずに旅立たせるのは、後々問題になると村人達も考えたようで、彼らに引き留められたのだ。
本心としては、王都への旅を急ぎたい気持ちもあったが、縁ができてしまった以上、無碍にするのも躊躇われる。
袖すり合うも多生の縁……とも言うし、そういうのも大切にした方がいいからね。
実際、夜には村の広場で夕食会をかねた集会が開かれたのだが、村人達から現在の生活について聞く機会が得られたので、それ自体は悪いことではない。
それは今後の国の運営にも、活かせる情報だ。
「なるほど……生活は厳しそうね……」
クラリスが呻きつつ頷いた。
どうやら現国王のラッジーンは、ろくに統治しないくせに、高額な税金だけは国民から取っているらしい。
人間から差別を受け、奴隷扱いされてきた獣人の彼としては、今まで人間に搾取された分を取り返しているのだ──というような言い分があるのかもしれないが、そのやり方ではいずれ国が成り立たなくなってしまう。
「それでは、クラリスが国王になった際には、減税するとしましょう」
「ちょっ!?」
私の発言に、クラリスは目を剥く。
国の運営の為には税収は重要だし、簡単に下げるなんて約束をして、実際にできなかった時は、民衆からの反発が酷いこととなるだろう。
だからクラリスは、言質を取られないように、迂闊な発言は控えるべき立場だ。
あくまで曖昧に、それでいて希望を持たせるような発言で、民衆の支持を取り付けるのが理想的だろうね。
ただ、それでは弱い。
平時ならまだしも、この国の存続も怪しくなるような状況では、もっと強い国民の支持が必要になってくるのではないだろうか。
「あなた、何勝手に言ってるのよ!?」
クラリスが私の耳へ囁くように抗議する。
うん、くすぐったい。
「まあ、お金が足りなかったら貸しますよ。
この10年間、サンバートルの町やドワーフとの交易で、それなりに儲けさせてもらいましたから」
実は私って、結構な大金持ちなのである。
さすがに国家予算ほどではないが、ある程度なら国を支えることはできる。
勿論、善意だけで貸す訳では無く、国への影響力を得る為でもあるが。
そういえばレイチェルとの関係も、お金を貸したことから始まったんだっけ。
その従妹のクラリスにも、貸すことになりそうだというのも奇妙な縁だねぇ……。
その後、話し合いは終わって、普通の食事会になったのだが……。
「おや」
シファに石を投げつけた子供が、私の近くに歩み寄ってきた。
小さな女の子だ。
「あ、あの……ごめんなさい」
石を当てた私へ、謝りにきたのか。
たぶんクラリス王女殿下の仲間に無礼を働いたことを、マズイと感じた親に言われてきたのだろう。
その顔には、どことなく不貞腐れた色が浮かんでいる。
これは……完全には納得していないな?
おそらく普段は、大人達から魔族の恐ろしさを利用して躾られているのだろう。
よくある「悪いことをしていると、魔族がくるよ!」とか、脅される感じで。
それを掌返しされれば、納得がいかないのも無理はない。
それにこの子は、私のことを獣人の一種だと思っているのだろうから、親から受け継いだ獣人への差別意識もあるはずだ。
そもそも村を襲ったのは、獣人達がメインの盗賊団だからなぁ……。
こういう時は、直接触れ合うことが親密になれる早道だな。
そう、スキンシップだ。
「わっ!?
きゃははははは!」
私は尻尾を伸ばして、子供の全身をくすぐった。
ふっわふわやぞ。
この尻尾によって微妙なタッチでくすぐられたら、抵抗は難しいだろう。
ちょっと呼吸困難になってもらうか。
「はぁーっ、はぁーっ」
暫くして、笑い疲れてグッタリとしている子供に、私は──、
「あやまるのなら私ではなく、まず魔族のお姉さんに──ね?
彼女は魔族のお姫様ですから、親しくできるのなら、光栄なことですよ」
『おぬし……妾に対して、光栄な態度を取ったことあったか……?』
「そういう態度を取れるような、振る舞いを見せてくれたことがありましたっけ?」
『……どうだったかのぅ』
気まずそうに、目を伏せるシファ。
割とポンコツなところしか、見せてくれないからなぁ……。
そのシファは、息が上がっている子供に近寄り──、
『大丈夫かのぅ?』
と、声をかける。
シファのこういう心根の優しい部分は、好ましいと思う。
「……あなたはお姫様なの?」
魔族とは言えお姫様というのは、小さな女の子とって憧れのポイントなのだろう。
彼女はシファに、興味を示したようだ。
『そうなのじゃよ、妾はお姫様なのじゃよ。
……しかし今は、国を追われておってな。
だから同じような立場のクラリスと協力して、国を取り戻そうとしておるのじゃ……』
「へぇ……頑張ってね?」
『う、うむ……』
幼女に励まされている……。
まあ、彼女はまだ謝ってはいないが、シファに対する悪感情が無くなっただけでも進歩ではある。
勿論、大人達も同様に、魔族への恐れが無くなるほど単純では無いだろうけど、すべては一歩ずつ変えていこう。
読んでいただきありがとうございます。次回は未定。