2 親子喧嘩
適度に場の空気も悪くなってきたので、この際、ハイラント公爵には言いたいことを言っておこうか。
「そもそも、このような状況になったのは、あなた達王侯貴族の失策でしょう。
獣人達への不当な弾圧に対する反発が、ラッジーンなる者を台頭させる結果になったのではないですか?」
「我々を愚弄する気か!?」
「不遜な……っ!!」
公爵達は激おこな様子だが、予想通りの反応だとも言える。
「そのように色をなすのは、図星を指された証拠ですね」
「何ぃ……!?」
「あなた達の獣人に対しては何をしてもいいという姿勢は、いつしか平民に対しても同じようになっていたことに気付いていますか?
その結果、そこのレイチェルとセリスさんは、貴族の横暴で奴隷として売られそうになっていたのですよ?」
「!?」
公爵は目を見開き、レイチェルとセリスの母娘を見た。
「アイちゃんが助け出してくれたのです!」
「あの時アイ様がいなければ、私達は今生きていなかったのかもしれませんね?
お父様、あなた達が軽く考えている命の中には、私達も含まれていることを理解してください」
「ぐ……」
公爵は押し黙る。
しかし、暫くして、
「……ふん、家を捨てて逃げ出した馬鹿な娘がどうなろうが、知ったことか。
無力な娘が家に守られていなければ、そうなるのも道理だ……」
ボソリと呟くように言った。
う~ん、本音では「自分の傍にいれば、そんな目には遭わせなかった」ともとれる発言だけど、さすがはクラリスの祖父。
ツンデレのツンが強すぎるわ……。
「そもそも魔族に救われて生き延びるなんぞ、恥以外の何物でもない……!」
「な……!」
セリスとレイチェルの顔には、失望したような表情が浮かぶ。
これは、私よりも怒っているな……。
「いくらお爺ちゃんでも、アイちゃんの善意の行動まで侮辱するのは、許さないのですよ!」
「そうですよ、失礼にもほどがあります!」
「ええ、うるさいわっ!!」
レイチェルとセリスは公爵を責め、公爵はそれに応戦する。
でもこれは、魔族と人間の諍いから、親子喧嘩にまでスケールが小さくなったので、ある意味では状況がマシになったとも言える。
公爵の護衛をしている騎士達も、さすがにこの応酬は馬鹿らしいと感じているようで、苦笑いしていた。
しかし──、
「いい加減にしてっ!!」
クラリスが、突然声を上げた。
公爵と、その娘であるセリスと孫のレイチェル──その言い争いに対して、クラリスがキレるというのは意外だったな。
彼女はどちらに対しても中立……というか、何処か壁があったような感じだったけど……。
「お父様とお母様を失った私の前で、親子喧嘩は不愉快よ!」
「……ごめんなさいです」
あ~、そういうこと……。
クラリスにはもう、したくてもできないことなんだもんな……。
「まあ、喧嘩できるのも、生きていればこそですからね。
しかし少しは、素直になった方が良いのではないですかね、公爵閣下?」
「な……」
「立場上、弱腰な姿を見せられないというのは分かりますが、ここではもうそういうのはいいのではないですか?
無駄なだけで、建設的ではないですよ。
そもそも国が崩壊した状態で、何処の誰に配慮し、そして何を守ろうというのです?」
「それは……」
公爵も私の実力は先程目にしたばかりだし、逆らっても何もいいことは無いことも理解しているだろう。
それでも人間の国の貴族として、敵対していた魔族と友好的な態度を取るのは難しいというのは、私にも察することができる。
たとえば戦争状態の敵国の人間とは、非公式に会うだけでも売国行為だと他者から受け止められかねないからねぇ……。
だから公爵は先程から、私の気分を害しかねない発言でも口にしていた。
この会談は、人類に対する裏切りではないと、証明するかのように──。
そういう政治も分かるから、私はいちいち怒らないけど、彼の態度はこれから改めていかなければならないことだろう。
今はそんな小さなことにこだわるような者達を味方につけるよりも、この私と協力関係を結ぶことの方が、利益は大きいはずなのだから。
「まあ、親子での話し合いは、後で個別にしてもらうとして……。
まずはこれから我々が、どう行動すべきかについて考えるべきです」
「う……うむ」
公爵と母娘はお互いに矛を収めた。
「現状では人々の恐怖心は、魔族よりも王侯貴族へと向いているんのではないですかね?
そんな状況の中で昔ながらのやり方を続けても、民衆はついてきませんよ。
本気で国を取り戻したいのならば、クラリスもその辺のところは、よく考えておいた方がいいと思いますよ」
「え……うん」
いきなり話を振られて驚くクラリスだったが、今後の国のことを考えるのは公爵ではない。
王になる可能性のある、クラリスだからね。
「民衆の苦しい生活を直接経験したクラリスならば、多くの国民が望む良い王様になれると、私は信じています」
「……そう」
私の言葉に、クラリスの表情が引き締まる。
これは少なからず、理想を思い描いている者の顔なんじゃないかな?
今の彼女なら、大丈夫だと信頼できそうだ。
「じゃあ、取りあえず王座の奪還は、我々少数精鋭が王宮に乗り込んで行うことにしましょう。
それが犠牲も最小限に抑えられて、手っ取り早い」
「なっ!?」
私の発言に公爵達は驚いていたけど、私の実力を把握しているレイチェル達は平然とした顔で頷くのだった。
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