20 2人の逃亡王女
リリス──いや、クラリスは、この国の元王女様だったらしい。
貴族の娘だとは思っていたが、まさか王族だとはねぇ……。
『アリゼさんは知っていたのですか?』
王都からクラリスを連れてきたのは、アリゼだ。
おそらく政変の際に生じた混乱のどさくさに紛れて、クラリスは何者かによって城から逃がされたのだろう。
そしてスラムに逃げ込んだ彼女を、アリゼがたまたま見つけて保護したようだ。
「知らなかったけど、高貴な人だとは感じていたかな~。
最初に拾った時は、わがままで常識も知らなくてねぇ」
「うぐ……」
よく拾ったな、そんなの……。
「でも、1人じゃ絶対に生きていけないのは分かっていたし、私達庶民の酷い生活を実際に経験して憤っていたから、この子は死なせちゃいけないな~って思って」
そうか……。
庶民に共感し、味方してくれるのなら、そういう者が王座に就くのは理想的だろう。
アリゼはクラリスの未来に、正しい統治者の可能性を見たのかもしれない。
いずれにしても、クラリスが王女だとすると、レイチェルも王族の親戚だった可能性が高くなってきた。
となるとたとえ人違いでも、シェリーを攫った連中にとっては、利用価値があるということも有り得るな……。
元王族の関係者というだけでも、人身売買での需要は数多だろうし。
『クラリス……でしたか?
犯人の正体や目的は分かりますか?』
それによっては、今後の対応も変わってくる。
組織的な犯行でないのならば、話は簡単なのだが……。
「それは……分からないけど、ラッジーンの手の者じゃないかしら……」
『ラッジーン?』
「今の王様だよ」
私の疑問に、キエルが補足してしてくれた。
ああ、今の王からすれば、旧王家の人間は復権を狙って反乱を企てる危険分子だと見なされても当然か……。
暗殺対象だよなぁ……。
あるいは現国王派や旧国王派のどちらでもいいから、王女を売りつけようとする人身売買組織関連の犯行である可能性もあるかな?
少なくとも王女には、裏で懸賞金がかけられている可能性は高そうだし……。
う~ん、これは今回の実行犯を倒しただけでは、問題が解決しない可能性もあるな……。
組織内で私達の情報が共有されていたら、もう普通に冒険者を続けるのは無理だろうか……?
王女を狙う組織や、現国王を潰さない限りは──。
その辺をハッキリさせる為にも、情報は欲しいかな?
『それじゃあキエルさん達は、ちょっとギルドへ戻って、あのハゴータと一緒にいた連中のことを調べてきてくれませんか?
ハゴータも関わっているようなら、拘束して連れてきてください。
ナユタとレイチェルは、彼女達の護衛をお願い。
レイチェルは、念の為に顔を隠すのですよ?』
「分かったけど、アイちゃんは……?」
『私はシェリーを助けてきます。
私だけでいいです。
私のシェリーを傷つけた者には、キツイ罰を与えるつもりなので……!!』
そう、子供や女性には見せたくないような、酷いこともするつもりだ。
だから他の者達は、連れて行きたくない。
そして取り引き場所である地下2階層までは、人質を連れた男達の移動時間を考えると、私の「転移」で先回りできるな。
おそらく移動中ならば、シェリーに陵辱などしている暇は無いだろう……が、万が一のことを考えて、他の者達に見られる状況は避けたい。
『それでは、いってきます』
しかし私が「転移」しようとしたその時──、
「待って!!」
リリス──いや、クラリスが私を止める。
『なんですか?
連れてはいけませんよ?』
「うん、私が足手纏いだということは、分かっている……。
そうじゃなくて……。
ま……巻き込んでごめんなさい」
クラリスは深々と、私達に対して頭を下げた。
そしてその声は、泣いているのか僅かに震えている。
「本当にごめんなさい。
シェリーさんにもしものことがあったら、私はどんな罰でも受けるわ……!」
ふむ……自分の所為で誰かが死ぬことを、是としないか。
やっぱり根はいい子じゃないか。
それじゃあ……。
『そういうことなら、後であなたの事情を詳しく教えてください。
私達もよく分からないままでは、協力できませんので』
「え……なんで……?
私、あなた達に助けてもらえるようなことは何も……」
私の提案にクラリスは戸惑う。
彼女からしてみれば、私達が協力するメリットは無いように見えるのだろう。
今私が動くのも、攫われたシェリーの為だと思っているはずだ。
だけど私としては、関わってしまった者を見捨てるのも忍びない。
『今更な話なのですよ。
私達は既に、他にも国を追われて逃げている王女様を助けています。
そこのシファですがね……。
この際、1人助けるのも2人助けるのも同じです』
『そうじゃぞ、妾とそなたは、どうやら同じような身の上。
謂わば、奪われた王権を取り戻さんとする同志じゃ。
協力していこうではないか!』
助けられている立場のシファが先輩風を吹かせているのは少し気になるし、クラリスが王座を取り戻そうとしているのかも分からないけど、まあそういうことだ。
それに人間と魔族の王族が友誼を結ぶことは、将来的なことを考えても悪くない。
『それにクラリスはレイチェルの親族の可能性が高いから、それだけでも助ける理由にはなりますね』
「そうなのです!
このレイチェルお姉さんに、頼ってもいいのですよ!」
あ……レイチェルは、クラリスの姉ポジションのつもりだったのか。
実年齢はともかく、見た目は殆ど同じなんだけどね……。
だからその言葉は、私から見れば微笑ましい。
だが、クラリスにとっては──、
『ありかどう……。
私、酷い態度をとってきたのに……!!』
心に甚く響いたようで、感動にむせび泣くのだった。
最初からそんな風にデレてくれれば、もっと可愛がってあげたのに……。
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