19 標 的
私達が冒険者ギルドから出ようとした時、入れ替わりに入ってきた男達の1人が声をかけてきた。
容姿は金髪碧眼で悪くないけど、軽薄そうな中年の男だ。
「ハゴータ……!」
「はは、元気だったか?」
「……おかげさまでね……」
ハゴータと呼ばれた男の問いに、キエルは皮肉交じりの調子で答えた。
どうやら良好な関係ではなさそうだな……。
だからなのか、キエルはすぐにこの場から去ろうとする。
「じゃあ、うちはこれで」
「おいおい、久しぶりに会ったんだ。
一緒に飲まないか?」
「いや、うちは用事があるから」
「……そーかよ」
背を向けるキエルに対して、ハゴータはそれ以上追ってはこなかった。
しつこくないのは良いけど、キエルとどういう関係なのか、気になるな……。
『誰なのですか……?』
「ハゴータ……。
Aランクの冒険者だよ。
女癖が悪くてねぇ……。
以前うちがいたパーティーの子達にも、手を出してさぁ……。
その所為で人間関係がおかしくなって、パーティーを解散することになっちゃったんだよ。
まあ、最近は大人になったというか、大分マシになったけどね……」
『まさかキエルさん、彼と……』
「え、あいつと?
無い無い、うちは可愛いのが好みだし」
そうか……それならば良かった。
だが、百合に挟まる可能性の男は、警戒しなければならない。
要注意人物だな……って、んん?
……ハゴータが連れていた男達の内の何人かが、こちらを見て何かを話し合っていた。
その視線は……レイチェルを見ている!?
あ……これなんかヤバいな。
『皆さん、ここから離れましょう。
そして歩きながら聞いてください。
後ろは見ないように』
で、男達がレイチェルに注目していることを、みんなに説明した。
「それって……!」
キエルとアリゼの視線が、話題の中心であるレイチェルではなく、リリスの方を向いた。
男達が本当に見ようとしていたのは、レイチェルではない。
レイチェルは容姿が似ているリリスと間違えられて、見られていたのだ。
「確かにあの男達からは、嫌なオーラを感じましたー」
アリゼがそう言うのならば、間違いないのだろう。
「えっ、ハゴータからも……?」
「あれは馬鹿なだけだと思いますー」
意外にも無関係か……?
なお、ナユタはよく分かっていないようで、きょとんとしている。
この子、複雑なことを考えるのが、苦手だから……。
『おそらくこれからレイチェルや、一緒に行動している私達が狙われる可能性がありますね。
事情は分かりませんが……リリスさんなら何か知っていますよね?
説明はありますか……?』
「…………!」
リリスからの返答は無い。
しかしそのフードに隠された顔から僅かに覗いている口元は、わなわなと震えているようだった。
それは焦りか、それとも恐怖か……。
いずれにしても、今は冷静に語ることができる状態ではなさそうだ。
『取りあえず家に帰って、これからのことを話し合いましょうか。
留守番をしているシェリーとも、この情報を共有しないと……』
しかし事態は、既に手遅れだった。
『……!?』
家に辿り着くと、玄関のドアが開いていた。
そして中は荒らされ、シェリーの姿は見当たらない。
その代わりに、血痕と数本の指──そしてシェリーが愛用している包丁が落ちている。
臭いで分かる、シェリーのものだ。
血の渇き具合から、そんなに時間は経過していないな……。
これは武器である包丁を、握っていた指ごと落とされて、無力化された……?
シェリーもそこそこ手練れだけど、さすがに上位の冒険者が複数人で襲われれば、不覚を取る可能性はある。
「そんな……先回りされて……!?」
おそらくそうなのだろうけど、早すぎる!
私達が冒険者ギルドを後にしてから、私達の家の場所などを聞き込むことは可能かもしれないけど、それではタイミングがシビアだ……。
これは事前に調べられていたか……あるいは彼らがギルドに来た時点で、既にシェリーは攫われていた……!?
「あ、書き置きがあるのです!
『クラリス姫を連れて、ダンジョン第2層の南西端の区画へこい』……と!」
つまりシェリーは、そのクラリス姫と引き換えにする為の、人質にされたという訳か。
ただ、シェリーは既に殺害されている可能性もある……かもしれないけれど、指定の場所に「クラリス姫1人で来い」と描かれていないところを見ると、私達全員を誘い込んで始末するつもりなのだろう。
だからいざという時には私達の動きを封じる為に、人質として使えるシェリーはまだ生かされている……と思いたい。
しかしそれにしても──、
『クラリス姫……?』
知らない名前だ。
だけどキエル達は、知っているらしい。
「前の王様の娘……王女様だよ」
王女様かよ!?
その属性、既にシファで足りているんだけど、まさかもう1人いるとは……。
私はその王女様に、該当するであろう者の方を見る。
すると──、
「そ、そうよ……私のことよ」
と、リリスは打ち明けた。
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