16 シファの目指す道
私とレイチェルはシファが休んでいる部屋へと、料理を運び込んだ。
まあ、私は手が使えないので、運んでいるのは実質的にレイチェルだが。
『おかわりを持ってきましたよ』
『おお、ありがとうなのじゃ……』
料理を受け取ったシファは、勢いよく料理を食べ始めた。
子供になるほど消耗しているのだから仕方がないけど、燃費が悪い身体だなぁ……。
色んな年齢の彼女を楽しめるという意味では、面白いけれど。
『レイチェル、シファと二人きりにしてください』
「うん、もっと料理を用意しておくのです」
部屋を出ていくレイチェルの背中を見送りながら、シファは何が起こるのか……と、不安そうな顔をしている。
だが──、
『あの……食べながらでいいので、聞いてください。
どうやら追い詰め過ぎてしまったようで、済みませんでした……』
私の言葉で、彼女は少しほっとしたようだ。
暴走のことを責められると、思っていたのかもしれない。
『う……うむ。
妾も済まぬ……。
どうも昔から、戦いになると抑えが効かぬのじゃ……』
だから戦いに対しては、消極的だったんだなぁ……。
ただ単に気が弱いだけじゃ、なかったんだ……。
『それでは、抑えられるように特訓ですね』
『む……そ、そうなるのか……?
しかし、また訳が分からなくなってしまったら……』
と、シファは項垂れる。
根が優しいのか、人を傷つける可能性があるのは嫌なのかな……?
『大丈夫ですよ。
また暴れたら、私が取り押さえてあげますので。
それとも、戦いがどうしても嫌というのならば、何もかも忘れて村へ帰りますか?
今のままでは、おそらく魔族はあなたに従いませんし、それならばいっそ縁を絶って新しい生き方を模索するというのも……』
『それは嫌じゃ……!』
私の提案に、シファは強い拒否感を示した。
『妾は母上が唱えた、平和的な魔族の生活を実現したいのじゃ。
このままクジュラウスに好き勝手をさせておけば、魔族は再び争いを始め、負ければ今度こそ滅びの道を歩むかもしれぬ……!』
ふむ……平和と同族を守りたいという、シファの気持ちは尊重したい。
だけど今の彼女には、それを実現する為の力が足りない。
『それならばやはり、特訓は必要でしょう。
おそらく極度の緊張感が精神に負荷をかけて、それが限界に達した時に暴走を生じさせいるのだと思います。
戦闘いを繰り返して慣れるのが1番だと思いますが、他にも精神修練の方法考えた方がいいのかもしれません』
『精神修練というと……滝行かのぅ……?』
うん?
『それとも座禅かのぅ……?』
んん!?
『ちょっと待ってください!
魔族には、滝行や座禅をする文化があるのですか!?』
あるとしたら、まるで日本じゃん。
『いや……そういえば無いのぅ……。
昔から色々と変な夢に見るから、その中にあったのかもしれぬ』
こっ、これはもしかして──!?
『あの……その夢で、このような風景を見たことはありますか?』
と、私は「幻術」で、日本の風景を空中に投影させてみた。
『おお……これは……!
確かに見たことがあるぞ』
これはほぼ間違いないな……。
シファが他の世界や、他人の記憶を視る能力を持っている可能性もあるけれど、1番高い可能性は彼女が日本からの転生者だということだ。
まあ……転生した時にかなり記憶を失ってしまっているらしく、自分が転生者だという自覚は無いようだし、既に200年以上の時間も経過しているので、曖昧になっている部分も多そうだけど……。
でもこれで、シファのどこか平和ボケしたような性格──その理由が分かったよ。
平和な日本で生活してきた前世を引きずっているから、未だに弱肉強食なところがあるこの世界には馴染めないのかもしれない。
まあ、私のように割と早く馴染んでしまったパターンもあるので、生まれ持った性格と育った環境の差もあるのだろうけれど……。
『妾はこの夢で見た光景を、実現したいと思っておるのじゃ。
豊かで……平和で……皆が何者にも脅かされずに、好きなことをして……』
そう語るシファの目は、何か懐かしい物を見ているかのようで、少し寂しそうだった。
ああ……彼女自身は自覚していないのだろうけれど、きっと日本に帰りたいんだな……。
私は好き好んで異世界に来たけど、それでも日本での生活が恋しくなることもある。
だけど、遠い古里にはもう戻れない。
だからいずれは、日本での生活を再現したい──と、思っていた。
『しかし何故アイ殿が、これを知っておるのじゃ……?』
『……未来の光景ですよ』
『未来……じゃと?』
『その昔、未来を視る能力者に教えてもらった、私達が作り上げる未来の世界の光景です。
シファの夢も、それを予知していたのかもしれませんね』
まあ、これは嘘だけど。
前世だなんだと説明しても、シファには理解できないだろうし、適当な理由をでっちあげておく。
ただ、実現させるつもりがあるという意味では本当だ。
『我々に作れるというのか、あの光景が……?』
『ええ、ゴブリン村が、既に近い形になっていたでしょう?』
まだまだ中世文明の域は出ていないけれど、日本を意識して発展させている。
もっと文明レベルを上げていけば、あと数十年で明治か大正のレベルに追いつくはずだ。
『確かに……あの村は、何処かで見たと感じておったのじゃ。
そうか……あの光景は、作り出せるのか……』
そんなシファの目には、少しだけ涙が浮かんでいた。
1つの希望と目標を得たことで、彼女もこれまで以上に前向きになれるんじゃないかな?
『そんな訳で、今後も特訓を頑張りましょうね』
『う……うむ……』
しかしシファは、私から目を逸らした。
こいつ……前世では嫌なことを後回しにする──たとえば夏休みの宿題をためて、後で苦労するタイプだったな……?
明日は定休日なので、休みます。