13 彼女の戦い
シェリーは大ネズミに対して、包丁1本で戦っていた。
動きはこれまでの訓練の賜か、悪くはない。
問題は使用している武器が、リーチの短い包丁だということだ。
リーチが短いということは、それだけ敵に接近しなければならないということだけど、それは敵の攻撃を受けやすいということでもある。
それに包丁のように刃渡りが小さい刃物では、相手の身体に突き刺すことができても重要な臓器にまで届かない場合が多く、即死させることは難しい。
勿論、太い血管を傷つければ、いずれは失血死も狙えるけれど、それまでに反撃を受けて、こちらが致命傷を受けてしまうということも有り得る。
ただ、シェリーは料理が得意だ。
これまでも数え切れないほどの動物の肉を捌き、その生物の肉体構造をある程度把握している彼女は、何処が急所なのかも理解っている。
彼女は大ネズミの手足の腱を切り裂いて動きを止め、頸動脈を切断し、肋骨と肋骨の間に刃を潜り込ませて心臓を止める──。
まるで暗殺者のような手際だ。
うん、問題は無さそうだね。
『シェリー、食用に肉を斬り分けてくれる?』
「かしこまりました」
「え、食べるの?
毒は!?」
キエル達は驚くけど、たぶん毒ではなく細菌だから大丈夫だろう。
『おそらく消毒を徹底して、火を通せば無害ですよ。
いざという時は、解毒の魔法もありますし。
安全に食べることができると証明されれば、冒険者ギルドに情報を売れるのでは?』
「そうかもしれないけど……」
とはいえ、どうすれば食べることができるのか──その検証がこれまでされてこなかったということは、あえて大ネズミを食べなければならないほど、食料には困っていなかったということなのだろう。
おそらく他に、食肉に向いた魔物がいるのだと思う。
だからそんなに重要な情報にはならないだろうけれど、他の魔物の検証情報があれば、意外と大きな収入になるかもしれない。
さあ、ダンジョン飯を充実させる為にも、色々な魔物を狩るぜー!
「ご主人様、この臓物などの、不要な部分はどうしましょう?」
『その辺に捨てておけば、他の魔物が始末するんじゃない?』
まあ深層でそれをやれば、強力な魔物を呼び寄せて危険なのだろうけど、大ネズミ程度の魔物なら、いくら集まってきても問題無い。
「いや、死体はダンジョンが食べるよ」
『え……?』
キエルがおかしなことを言った。
「生き物の死体は、放っておくとダンジョンに吸収されるんだよ」
『どういうことなんです……?』
「さあ……理屈はよく分からないけど、そうなっているんだよ。
たぶん床とかが壊れても、いつの間にか修復されているから、その為の栄養にしているんじゃないか……って」
ええぇ……。
それってこのダンジョンが、ある意味生き物みたいな物だってことなんじゃ……。
うっかり床に寝るのは、危ないかもしれないなぁ……。
『シファ、知っていましたか……?』
『分からん……』
魔族が作ったというダンジョンだが、同じ魔族のシファでも役に立ちそうにないな……。
地道に攻略を進めていくしかないか……。
それからダンジョンの探索を再開し、通路を暫く進むと──、
「また来ました~。
このエロい気配は、オークですね~」
アリゼの索敵が反応した。
というか、エロいって分かるのか……。
まあ、彼女もスラム育ちの年頃の娘だから、未経験ということも……いや、考えたくない!
相手が女子ならいいけど!
……それにしてもオークか。
丁度いい。
『それではシファ、リベンジといきましょうか』
『ヴェアっ!?』
シファは「寝耳に水」とでもいうかのように、驚きの表情を浮かべていたが、君は前にオークに襲われて死にかけていたから、今ここで雪辱を果たしておくべきなんじゃないかな?
そもそもいつまでもシファを、遊ばせておくつもりはない。
今の情けない彼女のままでは、ダンジョンの下層にいるという魔族達と合流しても、受け入れてもらえるか怪しい。
最悪、再び命を狙われることになるだろう。
それではここまで来た意味が無いのだ。
だからシファには、逞しくなってもらわなければ困る。
『え……妾がやるのか?
もしかして1人で……!?』
『あの時と違って、あなたの体調は万全ですし、接近してくるオークの気配は1体だけ……。
大したことはないでしょ?
万が一の場合は、私がフォローしますから、これを機会に戦闘に慣れてください』
『そ……そうじゃのぅ……』
そうは言うが、まだ気乗りしない様子のシファ。
しかしオークは、着実に接近してきている。
なにやら我々には女性しかいない所為か、酷く興奮しているようだ。
……その股間は、見なかったことにしよう。
マジで淫獣なんだな……。
そんなオークに気圧されたのか、シファは後退るが、彼女は私が形成した「障壁」に阻まれる。
空気を圧縮して作った壁だ。
『あれぇっ!?』
退路を断たれたシファは焦るけど、これでもう戦うしかなくなった。
いい加減、覚悟を決めてもらおう。
「ブギャアアアーっ!!」
『ひっ!!』
オークがシファに跳びかかってきた。
が、彼女はそれを回避する……というか、全力で逃げているように見える。
その後もオークは彼女を襲い続けるが、まったくかすりもしなかった。
さすがに魔族というか、シファの身体能力は低くないんだよなぁ……。
ただ、彼女はひたすら逃げ続けているだけで、攻撃する気配が無い。
『ひいっ、ひいっ!」
半泣きになって、逃げ続けているだけだ。
『シファー、攻撃しないと、いつまでも終わりませんよー!』
と、私が呼びかけても、返事は戻ってこなかった。
あれ……聞こえていない?
それとも返事をする余裕も無い?
それほどまでの極限状態に、追い込まれている……?
魔族の王女が、オークごときを相手に?
『ひ……ひひ……はははは!!」
「アイちゃん、シファさんの様子がちょっとおかしいのです」
「師匠、なんか笑い始めたぞ……」
うん、ちょっと追い詰め過ぎたかな……?
そう思い始めたその時──、
『あはははははは!』
「ピギッ!?」
『えっ!?』
シファが突然、笑いながらオークを殴りつけた。
その一撃はそこそこ威力があったようで、オークは床に倒れる。
しかしその後も攻撃の手は緩めず、何度も何度もオークを殴りつけた。
執拗に攻撃を繰り返すその様は、完全に暴走している。
エ●ァ初号機か、八●庵かよ……!?
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