2 魔族の彼女
『美味いのう、美味いのう……!
妾は、こんなに美味い物は初めてじゃ……!』
と、魔族の少女は、レイチェルが作った料理を貪るように胃へと流し込んでいた。
……魔族って、貧しいのかな?
確かにレイチェルの料理は美味しい。
しかも私が前世の知識を教えて再現した地球の料理なので、この世界の料理とはかなり質が違うということも事実だろう。
それでも彼女の反応は、ちょっとオーバーだと感じる。
明らかに高級な料理には、慣れていないように見えるんだよね……。
身分が高い者の喋り方をしているのに、おかしな話だ。
ちなみに彼女は、「念話」で話している。
どうやら魔族語は人間語とは異なるらしく、たまに彼女の母国語が漏れ出ても、私には意味が分からなかった。
「私、追加で作ってくるのです」
『はい、お願いします』
レイチェルが料理を作る為に、部屋を出て行った。
じゃあ今の内に、詳しいことを聞いておくか。
今は大人しいこの魔族の少女も、いつ暴れ出すか分からないし。
『私はアイ。
この村の代表です』
『なんと、キツネがか!?
随分と賢い獣だと、思ってはおったのだが……』
それは魔族の価値観からしても、珍しいことであるようだった。
もっと人間離れした種族がいるのかと思っていたけど、そうでもないのかな?
そういうのはもう魔族ではなく、魔獣の扱いなのかもしれない。
『あなたはオークに襲われて倒れていたところを、村の者が見つけてここに連れてきました。
それは憶えていますか?』
『う、うむ……。
何日も山の中を彷徨った末に、運悪く遭遇した魔獣によって傷を受け、命からがらなんとか逃げ切ったと思ったところで、更にオーク達にに囲まれてのぅ……。
さすがに妾も、もう駄目かと思ったぞ……』
と、彼女は、軽く絶望の色を顔に浮かべた。
かなりギリギリの状態だったらしい。
『そもそも、何故遭難を……?』
『それは……』
しかし彼女は口籠もる。
『何か言いたくない事情があるのならば、聞きませんが……』
『いや……その……うむぅ……』
何やら迷っている。
だけど暫くして、彼女は意を決したように表情を引き締めて、口を開く。
『暫くの間、妾を匿ってはくれぬじゃろうか……?』
ふむ……?
彼女は何者かに、追われているってことかな?
だとすれば、厄介事を呼び込む可能性もあるが……。
『あなたが我々に危害を加えないのならば、吝かではありませんが……』
この村は人間の町での行き場を失った者達も多くいるから、同じような身の上の者を追い出すのは信条に反する。
『う、うむ。
それはありがたい』
彼女はほっとしたようで、顔に喜色を浮かべた。
今までは行くあても無ければ、味方もいなかったのだろうな……。
ただ私も、無条件に彼女を受け入れる訳にはいかない。
受け入れるからには、村全体に悪影響が及ばないようにする責任が生じるからね。
『でも、あなたの事情ぐらいは、詳しく教えてください。
それが分からないと、万が一の時には対応できません』
『そ……そうじゃのぅ……。
まず、名乗ろうか。
妾はシファ──シファ・ゼファーロリスじゃ!』
『そうですか、シファさんですね』
『…………』
どうやら私が、シファの期待していたのと違う反応をしたらしく、彼女は拍子抜けをしたような顔をした。
ん!? 間違ったかな……。
『そ、それだけか……?』
『そう……ですね?』
私がそう答えると、シファはガックリと肩を落とした。
『くうぅ……母上が倒れてもう長い……。
その威光も、最早届かぬか……』
う~ん……どうやら彼女の母親が、有名人だったらしい。
いや……待てよ?
魔族で有名人って、もしかして……?
『ひょっとしてあなたの母上は、魔王様……?』
『そ、そうじゃ!
知っておるじゃろう?
偉大なる魔王、ゼファーロリスの名を』
『馬鹿にしないでくれる!?
知っているわよ、そのくらい!!』
『う、うむ、そうか……』
いや、初耳だが……。
見栄を張りました……。
そんな霊長目ロリス科スローロリス属みたいな名前の魔王なんて、知らないよ。
それにしても、な、なんだってーっ!?
なんだかとんでもない大物が、出てきたな……。
魔王の娘って、実質的に次の魔王なのでは?
そんな彼女が、なんでこんなところに追われてきているんだろう……?
これはまさか……。
『あなたは……反逆されて、国を追われたのですか……?』
『ぐっ……』
私の指摘に、シファは悔しそうにうつむいた。
つまり図星だということだ。
シファは『乗っ取り魂』で、アイ人間体の原形になっていますが、登場する前に死亡しています。口調はクラリスの初期案の1つです。