プロローグ 怪我人
新章です。プロローグなので、ちょっと短め。
ゴブリン村は平和だった。
いや、ほんの1時間くらい前までは、本当に平和だったんだけどね……。
その時、私はシェリーが作ってくれたシュークリームを食べながら、のんびりとしていた。
そしてシェリーは、私の尻尾に顔を埋めて深呼吸をしているが、いつものことなので気にしないでおく。
「はあぁぁ……香しい。
ご主人様の、好きぃ……」
……楽しそうでなにより。
これがいつもだ。
そう、あの領主の館から救い出したシェリーとダリーの姉弟は今、私のところでメイドとして働いている。
……なんで弟のダリーまで、メイド服を着ているのかなぁ……。
あの領主の特殊プレイによって、男としての尊厳を破壊し尽くされたのだろうか……?
実際、村に連れ帰ってきた当時、姉弟は死んだ目で日々を無気力に暮らしていたし、その心に負った傷はかなり大きかったのだろう。
そこで私は、2人に寄り添った。
可愛い動物との触れ合いは、人の心を癒やす効果があるというからね。
アニマルセラピーってやつだ。
で、私との触れ合いの日々で徐々に回復していった2人は、私を恩人と感じ、主人として仰ぐようになった訳だ。
いや……私やシスの尻尾の臭いを嗅ぐのが何よりも好き……って印象なので、姉弟にとって私達は嗜好品のようなものなのかもしれないが。
意図せずに、重度のケモナーを生み出してしまった……。
それでも2人は主従の形は取りたいようで、メイドに扮して働いている。
いや、私もメイドは好きだけどね。
好きだけど……男の娘は守備範囲外なんだよなぁ……。
まあ、ダリーも美少女の姉に似ていて、可愛いことは認めるけど。
姉弟とも黒髪で、何処となく猫を思わせる顔付きをしている。
レイチェルには負けるけど、それでも男の娘でその可愛さに肉薄しているという事実は、驚愕に値した。
眺めて楽しむだけなら、有りだな……。
で、そのダリーだが、息を切らせて私の部屋へと飛び込んできた。
『大変です!』
「なんですか、ダリー。
ご主人様との睦事を邪魔しないでください」
「狡い、シェリー。
後で私もする!!」
いや、睦事って……。
あと、ダリーはシスとして。
『それよりも、何事ですか、ダリー?』
「それが……」
『……え、ナユタが呼んでる?』
確か今日は、村の外へ狩りに出ていたはずだけど……。
「はい、ご主人様。
怪我人がいる……とかで」
『怪我人!?
そりゃ大変だ』
この村で回復魔法の使い手って、私くらいしかいないからなぁ……。
他はセリスとレイチェルが、少し使える程度か。
でも彼女達じゃ、死にそうなほどの重傷者には対応できない。
だからこそナユタも、私を呼んだのだろう。
『分かった、今行きます!』
私がダリーに案内されて村の入り口へ行くと、何者かが地面に寝かされていた。
どうやらナユタが、村の外から背負って運んできたようだ。
近くでナユタも座り込んでいる。
『ナユタも怪我をしたのですか!?』
「師匠、オレは後でいい。
こっちの方が危ない……!』
倒れているのは、10代半ばに見える少女のようだ。
ただ──、
『こ、これは……!?』
彼女は見るからに、普通の人間ではなかった。
明日は定休日です。




