エピローグ 理想郷
私の目の前には、のどかな田舎の風景が広がっている。
ゴブリン村の周辺は開墾が進み、農地が広がっていた。
『作物の生長は、順調みたいですね』
私は農作業をしている男に、声をかけた。
「ええ、最初は失敗も多かったですが、ようやく安定してきましたよ」
と、彼は、これまでの苦労が成果として実りつつあることに、充実感を覚えている様子だった。
元々農民だった訳ではない彼にとって、この村に来てからの日々は試行錯誤の連続だったようだ。
そもそも最初は、苗や種を手に入れることすら難しかった。
サンバートルの町とは表だって交易はしていないから、入手の手段は密輸である。
初期の頃は密輸ルートも確立されていなかったので、ドワーフ達にも協力してもらい、色々な物資を手に入れる為に奔走したっけ。
ちなみに彼は、元奴隷商の店主だ。
最初はここでの生活に不満たらたらだったようだが、なんとか自分に合った仕事を見つけることができたようで、以前とは別人のように変わっている。
植物って日に日に姿を変えて成長が実感できるから、育てる楽しみというのは私も理解できた。
よく観察していると「えっ、1日でそんなに変化する!?」というような、新鮮な驚きがある。
まあ……それでも彼が、過去に行ってきた罪は消えないし、彼の所為で人生を狂わされてきた者達が今の彼の姿を見ても納得しないだろうけれど、悔い改めて人生をやり直す機会があること自体は悪くない。
ただ、彼によって数え切れないほどの人間が不幸になった事実を考えると、まだまだ彼を自由にすることはできない。
彼は未だに私の奴隷のままだ。
また何か罪を犯せば、今度こそ彼の命は無くなるだろう。
一応私の命令で犯罪行為はできないようになっているけれど、彼自身の心からそれが禁忌だと思えるようにならないとねぇ……。
それができるようになっているのかどうかは、外見からは分からないので、私が奴隷からの解放を判断するのは、まだ先の話になるだろう。
それでもまあ、かつての問題児達も、今ではなんとか村の一員としての生活を送っている。
時間と環境は人を変えるものだ。
……そんな感じで、領主の親子を始末してから、10年近い時間が経過したこの村は平和だ。
あれから特に問題は起こっていない。
たまに騎士が村に訪れるけど、彼らもこの村との軋轢が生じないように各所で奔走しているらしく、悪い報告は最近聞いていない。
実際、サンバートルの新領主は、前任の馬鹿親子とは縁が無いらしく、子供を食い物にする連中から比べれば極めてまともな人物のようだ。
田舎でしかも領主が連続して死亡した不吉な土地であるサンバートルは、誰も赴任したがらなかったようだが、それが故に男爵という貴族としては最底辺の彼が、強引に領主を押しつけられたらしい。
結果、国の中枢とはさほど繋がりも無く、かつ上位貴族や王族への忠誠心も低いということで、彼は私やこの村に関しては黙認という形をとっている。
それどころか、「犯罪奴隷以外の奴隷取り引きを規制して欲しい」と私が要求したら、対応してくれているようだ。
物資のやりとりも秘密裏に行っているし、これなら上手に付き合っていけるだろう。
それに今や私は、前世の知識で様々な産業を発展させ、サンバートルを足がかりにして国の経済にも食い込んでいっている最中なので、国の上層部が気付いた頃にはもう手遅れの状態になっているんじゃないかな?
経済的・武力的に手出しできないようにして、実質的な独立国家を作るのが私の目標だ。
ただ、問題が完全に無くなった訳でもないが……。
さすがに直接手を出してはこないけど、人身売買組織はまだ私を敵視しているらしく、裏社会では私に金貨1500枚の懸賞金がかけられているらしい。
治安の悪い町に私が行ったら、確実に狙われるだろうねぇ……。
まあ当面の間は、村から出る予定は無いからいいけどさ。
それにわざわざこんな辺鄙な土地に来る賞金稼ぎも、ほぼいないし。
そんな訳で、まだ人間の姿は手に入れることはできていないけど、それ以外は理想的な異世界生活を送ることができている。
百合も恋愛の相手こそいないが、イチャイチャ自体はできているし。
「アイちゃん、シスちゃん、ブラッシングの時間なのです」
今もレイチェルは、甲斐甲斐しく私の世話をやいてくれている。
彼女との触れ合いがなによりも楽しみだ。
あれ……私飼われている?
ちなみにこの世界の1年は、地球よりもちょっとだけ長い。
だから同じ10歳でも、こちらの子供の方が少し成長して見える。
約10年を経て、もうすぐ19歳になるレイチェルも、既に成人にしか見えない……ということもなく、実はまだ15歳くらいに見える。
どうやらこの世界の生き物は、レベルが上がると寿命も延びるっぽいので、その所為かな?
幼さを残しつつも、あちこち大きくなって、以前よりも更に綺麗になった……。
一瞬、「光源氏計画」という言葉が頭に浮かんだけど、レイチェルはあくまで娘みたいなものだし。
その成長を見続けることが、生き甲斐みたいなものだよ。
この平和な日常がいつまでも続けばいいのに……というのは、フラグかなぁ……。
次回から新章です。




