13 領主の末路
黒ずくめの男は、鋼糸で私の尾を絡め取ることで、動きを封じた。
──そこまでは事実だ。
しかしその直後の、男の斬撃で大ダメージを受けた私が、炎の壁の術を維持できなくなった──そのように見えたのは、事実ではない。
炎の壁は、私自らが解除した。
しかも、男が斬撃を放つ前に──だ。
ただ、術の効果が消えるまでにタイムラグがあるから、私がダメージを受けた所為で解除されたように見えただけなのである。
で、私が術を解除して何をしたのかと言えば、同時に2つの魔法を使えないので、別の術に切り替えたというのが実状だ。
そう、「幻術」を使った。
男か斬り付けたのは、私の尾でしかない。
「幻術」で本体に見せかけた、尾だけだ。
私自身は尾を自切──つまりトカゲのように自ら切り離し、自由の身となっていた。
私の種族はどうやら、尻尾を切り離して囮とかに使うこともできるらしい。
ただこれね、実は結構痛いのよ。
しかも切り離したら、回復魔法でも使わない限りは、二度と元に戻らない。
それでも、男を一瞬でも騙せれば、7本の尾を犠牲にするだけの価値はある。
男は「幻術」を斬り付けた瞬間、なにかしらの違和感を覚えたらしいけど、しかし時既に遅し。
「──!?」
男の足下から水が噴き出し、その身体を飲み込む。
そして次の瞬間、水は瞬時に凍り付いて、男を氷漬けにした。
前みたいに自爆されても困るので、今度はそうならないように、巨大な氷像にした訳だ。
それにこれなら離れた場所から見ても、勝敗が分かりやすい──つまり私の力を誇示しやすい。
ついでに回復魔法で尻尾も生やして、ノーダメージをアピールするよ。
あれ? 尻尾が8本に増えてる。
こいつ、結構経験値が大きかったんだな。
『次にこうなりたい奴はいますか?』
そんな私の呼びかけに、誰も答えないどころか、動こうともしなかった。
どうやら領軍の兵士達は、勝ち目が無いことをようやく理解できたようだ。
それじゃあ……。
『領主もここに来て?』
そう問うた私と目があった者達は、さっと目を逸らしたけど、殆どの者が同じ方向を向いた。
領主の配下としては、表だって領主を売る訳にはいかないのだろうけど、我が身可愛さに無言で領主を売ったということだろう。
で、その方向に私が進むと、モーセを前にした海のように人並みが割れ、その先には酷く太った鎧姿の男の姿があった。
……よくその鎧、着られたね。
そう感心するほど、太っている。
『お前が領主……?』
「なっ、なっ……化け物が、直接ワシに話しかけるとは無礼な……!!」
むしろ化け物だから、人間の身分とか関係ないんですけど?
まだ立場が分かっていないらしいので、無数の「狐火」で取り囲む。
「ひいぃぃぃ!?」
『質問に対して余計なことを答えたら、どうなるのか想像できないほど馬鹿ではないでしょ?
あなたは、レイチェルを追ってこんなところまで来たのですか?』
「!」
ところが、レイチェルの名を出した途端、領主の顔色か変わる。
「あっ、あれはワシのだ!!
ワシが先に目を付けておったのだぞ!?
かっ、返せっ!!
返すのだっ!!」
凄いなこいつ、この期に及んでまだそんなことが言えるのか。
なんてみじめであわれな生き物……。
『そんなつまらないことで、沢山の人間の生死を左右する戦いを始めるなんて、本当に救えない……』
駄目だなこいつは、生かしておくという選択肢が無いや……。
奴隷商の店主のように、私の奴隷にするという手もあったけど、こいつをレイチェルの傍には置きたくないし、かといってサンバートルの町へ帰せば、何かしらの手段で奴隷契約を破棄して、再び兵を送り込んでくる可能性もある。
まあ、領主を殺してしまったら、この国と敵対してしまうことになりかねないけど、このまま生かしておく方が有害だと私は判断した。
私の目の届かないところで、また小さな女の子を毒牙にかけるかもしれないと思ったら、気分が悪い。
「ひっ、熱いっっ!!」
私の意志に従って、「狐火」が領主の身体に群がっていく。
「ひぎゃああぁぁ!?
嫌だ、熱いっ!!
誰か、誰か助けろぉぉぉぉ!?」
領主の汚い悲鳴が上がる。
しかし誰も動かない。
既に鎧の所々が溶けて、領主の身体に貼り付いている。
こんな風に溶けた金属を除去することは困難だし、致命傷になるレベルの火傷はもう避けられないだろう。
回復魔法で助けられる可能性はあるけど、それを許すほど私も優しくはない。
結果、わざわざ危険を冒して、無駄な行為をする者が出るほど、領主には人望が無かったようだ。
まあ、領軍の皆さんも、彼の我が儘に巻き込まれたようなものだしね。
じゃあ、トドメといくか。
私は風魔法で領主の身体を空中高く打ち上げ──、
「ひっ、ああああぁぁぁぁっ!!」
それに向けて、最大火力の「狐火」を撃ち込んだ。
領主を飲み込んで、一瞬の内にその身体を燃やし尽くした炎は、空中で大きく弾ける。
まったく、汚ぇ花火だ……。
ふぅ……。
これで領軍は、完全に制圧できたと見ていいかな?
明日は用事があるので、更新を休みます。明後日は定休日ですが、余裕があれば更新するかもしれないし、しないかもしれません。




