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8 逃走開始

「私はレイチェルの母セリスです。

 助けに来ていただき、ありがとうございました」

 

 私が自己紹介すると、レイチェルの母親も名乗り、そして頭を下げた。


『あの……なんでこんなことに?

 借金を返せる程度のお金は、お貸ししたはずですが……』


 それなのにレイチェルどころか、その母親まで売られるという、当初よりも事態が悪化している。

 何がどうなったんだ?


「その節は娘がお世話になりました。

 誰に借りたのかと聞いても『キツネの妖精さんに借りた』と要領を得なかったので、何を言っているのかと困惑したものですが、まさか本当だったとは……」


 なんか済みません……。


『もしかして私、余計なことをしてしまったのでしょうか……?』

 

「いいえ、お気持ちは大変ありがたく思います。

 私も出所の分からない大金でしたが、それでもこれで娘を売らなくても済むのならば……と、借金の返済にあてようとしたのです。

 しかし夫の借金を肩代わりした奴隷商に、『盗んだものだろう』と難癖を付けられしまい……」


『はあっ!?

 でも、被害者はいないでしょ!?』


「だけど我が家の経済力では、通常の方法で用意できるような金額でないことも確かですし、領主と繋がりのある奴隷商ならば、被害をでっち上げることも可能なので、追及を受けては否定しきることもできず……。

 そこで夫は、私と娘を売る代わりに、自分だけは犯罪奴隷に落ちることを()けようと……」


『え……つまり旦那さんは、ここにはいない……と?』


「ええ……そうですね。

 今頃は町から逃げ出しているかもしれません……」


 まさに外道!!

 なんだそいつ!?

 今目の前にいたら、八つ裂き光輪の刑に処してやるところだ。


『それは酷……クズ……いえ、なんというか……』


「いいのですよ、気を使ってもらわなくても……。

 酷いですよね。

 昔の夫は将来の展望を色々と語って、箱入りだった私の狭い世界を広げてくれました。

 そんな彼に、惹かれたものですが……。

 今にして思えば、ただの夢見がちで現実が見えていない馬鹿な男だったのね……。

 今までも散々苦労させられてきたけれど、まさかこんなことになるなんて……」


『はあ……』

 

 そう愚痴るセリスの目は死んでいた。

 さすがに旦那に裏切られて捨てられた現状は(こた)えているようで、こんな赤いキツネが相手でも、話さずにはいられないようである。

 そして精神的にダメージを受けたのは、セリスだけではない。


「ふえっ……ふええぇぇぇぇ」


 レイチェルも泣き出した。

 信じていた父親に裏切られたことは、一生ものの傷となるだろう。

 そんな彼女に私ができることといえば──、


「きゃうっ!?」


 レイチェルの涙を舐めて、慰めることくらいだ。

 私の身体(からだ)は、火が無効と言うよりは、高温になっても平気ってだけみたいだから、炎を纏えば体温は無茶苦茶に上がるらしい。

 それを利用してエキノコックスとかの寄生虫や病原菌対策もしているので、衛生的には問題無い……はず。


「うう……くすぐったいのです……!

 ばかぁ……!」


 さすがに舐めた程度のくすぐったさでは笑い出すようなことはないし、泣き止むこともないけれど、ちょっとでも気が紛れるのなら、それでいい。

 あ、さすがに美少女の顔を舐めることができてラッキー……とか、そんな(よこしま)なことは考えていないよ?

 本当だよ?


『取りあえず今は、ゆっくりと休んでください。

 陽が沈んだら、ここから脱出しますので……』


「しかしここを出ても、何処へ行けばいいのか……。

 おそらく町にいれば、領主様が放ってはおかないでしょうし……」


 セリスはそんな不安を口にするが、一応そのことも考えてある。


『生活する場所には、一応アテがあります。

 町の外で、ちょっと遠いですが……』


 そう、ゴブリン達の集落である。

 駄目ならドワーフの集落でもいいし、他に隠れ里のような物を作ってもいい。

 まあ、慣れない町の外での生活は大変かもしれないけれど、牢屋の中よりはマシだろうし、将来的にはこの町以上の生活水準を約束するつもりだ。

 その為に私は、前世から科学文明の知識を可能な限り持ってきたのだから。


 それから夜になったので、私はみんなを連れて館を出ることにした。

 さすがに私の幻術でも、数十人もの姿は消せないので、夜の闇に乗じてこっそりと移動する。

 

なお、奴隷商の主人とその護衛も一緒だ。

 彼らは元奴隷達にボコられて大怪我していたけど、動けないと困るので一応回復させてある。

 

 まあ、彼らを館に残していくという選択肢もあったんだけど、何らかの手段で奴隷契約を解除されて、領主に私達の情報を話されても困るし、だからと言って無抵抗の者を殺して口封じするのもなんか嫌なのでね……。

 

 それに彼らには、このまま生きて奴隷の大変さを実感してもらおうと思う。

 これまで奴隷を売りさばいてきたことを──自身の罪を、身をもって実感してもらわなければ、彼らによって苦しんだもの達の気も晴れないだろう。

 それで改心すれば良し、改心しないのなら、永遠に彼らを解放することはできないなぁ……。

 

 ……さて、なんとか町外れまで来たけど、町の出入り口である門は既に閉じられていて、通ることはできなかった。

 そこで私の風魔法で数人ずつ浮かばせて、壁を乗り越えさせる。


 さあ、後はシスと合流して、北へ向かうだけだ。

 明日は定休日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「レイチェルも泣き出した。信じていた父親に裏切られたことは、一生ものの傷となるだろう」 借金のかたに売られようとしていた父親に信じられるところが、まだあったんや。
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