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4 人攫い

 誘拐──。

 前世において平和な日本で生まれ育った私としては、まったく縁の無い犯罪だった。

 ただ、諸外国では頻繁に行われていたことであり、その目的は身の代金・臓器売買・人身売買・組織間抗争の報復……と、様々らしいが、特に狙われるのは子供らしい。

 小さな身体は運びやすい上に、大病を(わずら)っている可能性は低いし、未熟な精神は洗脳も楽で利用しやすかった……ということなのだろう。


 それは唾棄すべき凶悪な犯罪であり、被害者にとってはとんでもない悲劇だ。

 だけど私は何処か遠い世界のことのように、非現実的なものだと捉えていた。

 まさに他人事だ。

 それがまさか、自身の身内に降りかかってくるなんて──。


 えっ……いきなりそういう感じ? 

 私はちょっと甘く考えていることを反省し、気持ちを引き締めました。


『えっと……それじゃあ、その人身売買組織のアジトを見つけなきゃ、ナユタの救出はできないってことかな……?』


 それはちょっと難しいぞ……。

 ナユタ1人を見つけるのすら苦労しているのに、犯罪組織の拠点なんて、簡単に見つかるはずはないし……。


「あの……そのことなんだけど、この町にも奴隷商の店があるから、そこで売られている可能性は高いんじゃないかな……って」


 あっ、そうか……!

 私はキエルの言葉に納得した。

 レイチェルも売られそうになっていたし、この世界の人間にとってはそういう商売が、身近なところで横行しているってことなんだ……。


『ねえ……罪も無い人間が攫われて売られるなんて、ここでは許されることなんですか……!?』


「う、うちもいいことだとは思わないよ!

 うちだって、いつ同じ目に遭うか分からないんだし。

 でも、奴隷を売ること自体は合法で、その奴隷の入手方法が、ちゃんと手続きしたものかどうかなんてうちらには調べようがないんだよ!」


 おっと、私から怒気が漏れ出てしまったらしく、キエルを怯えさせてしまったようだ。

 彼女に当たっても仕方がないな……。


「それにここの奴隷商は、領主様がよく利用しているって噂だから、誰も文句は言えないよ……」


 権力者との癒着か!

 だから町の中で誘拐なんて大胆な真似をしても、ある程度は見逃してもらえるということ……!?


『……よく分からないけど、そいつら燃やしちゃったら?』


『シス……!』


 シスの意見は、非常に同意したいところではあるが、それをやっちゃうと人間と敵対することになってしまう。

 それに人殺しという行為にも、抵抗はあるな……。

 ただ、今まで散々野生動物や魔物をこの手で殺しておいて、今更人間の命だけ特別……という感覚は薄くなっているような気がする。


『そうだね……。

 少なくともナユタを助ける為には、手段を選んでいる場合ではないか……』


 最悪の場合、やることはやると、覚悟を決めておいた方がいいだろう。


『済みませんキエル、その奴隷商の場所を教えていただけませんか?

 その後は、私達とは一切の関わりは無かった……ということにしてください』


「ちょっ、ちょっと!

 何をする気なの!?」


 私の言葉に、キエルは慌てる。


『何をするのか……は、相手の出方次第です。

 でも、あなたも分かるでしょう?

 仲間や家族が酷い目に遭わされていたら、それを許すなんてことはできないって……。

 私はナユタを助ける為なら、なんでもします』


「そ、それはそうかもしれないけれどぉ~……」


 キエルは困惑している。

 そりゃあ、これから私が奴隷商を攻撃したら、彼女はその共犯となりかねないのだから、簡単に協力する訳にはいかないのだということも理解できる。


『あなたは、罪の無い少女が奴隷にされて苦しむのと、彼女達を攫って儲けようとしている悪人がどうにかなってしまうのと、どちらを見過ごす方が罪悪感が少ないと思いますか?』


「うぐっ……!」


 そこで迷う辺り、キエルは善人なのだと思う。

 自身の保身を考えたら、領主と繋がりのある奴隷商を敵には回したくないだろう。

 それでも彼女は、不本意に奴隷になってしまった者を見捨てたくないと感じている。

 結果として、誰かが死ぬかもしれないのに──。


 いい子だけど、そんな子を巻き込んでしまうことに、私は罪悪感を覚える。

 彼女を巻き込むのは心苦しい……。

 けれど、もう背に腹は代えられない。


『どうかお願いします。

 どうか……!!』


 私は地に伏せて、深々と頭を下げた。

 するとキエルは、


「分かった……!

 分かったから頭を上げて……!」


 と、ついに折れた。

 それからキエルに、奴隷商の店を教えてもらう。

 勿論、私と一緒にいるところを誰かに見られたらマズイので、この場で説明してもらい、彼女とはここで別れることになる。

 これ以上、彼女は巻き込めないからね。


『ありがとうございます!

 これはお礼です』


「えっ!?」


 キエルは、私がその場に置いた物を見て、目を剥いた。

 金貨10枚──子供には大金だろう。

 なんとなく善意をお金で買ったような気分になるけど、今の私には他にできるお礼の方法が無いし……。


「ちょっと、こんなに貰えないよ……!!」


 そう声を上げるキエルをその場に残して、私は町に向かって駆け出した。


『いいから貰っておきなさいって!

 それとシスは、森に隠れていてね。

 できるだけ夜の内に戻るから』


『あっ、お姉ちゃーん!?』


 これから人間の闇と直面することになりそうだから、さすがにそれをシスには見せたくないし、置いて行くことにするよ……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「前世において平和な日本で生まれ育った私としては、まったく縁の無い犯罪だった。」 ラノベには、よく出てくる展開だけど、沢山のラノベを読んで転生に憧れていたのだと思っていたよ。
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