12 ドワーフの葬式
回収されたナユタの父親の遺体──それは、大きな瓶に入れられ、そこには彼の死を弔う為に集まった者達が持ち寄った酒が注がれた。
遺体に水分って腐りやすくなるんじゃ!?
いや……強いアルコールなら、むしろ消毒されて腐りにくくなるのか……?
それに最終的には火葬するというから、アルコールで燃えやすいようにする為……?
分からない! 文化が違う!
酒が好きなドワーフの弔い方らしいと言えばそうなのだが、私の目からは奇異なものとして映る。
『お姉ちゃん、あれ飲んでいいの?』
『飲まないの!』
シスにはまだまだ、人間的な常識が無いなぁ。
死生観もちょっと違うから、赤の他人の死についてはあまり気にしていないようだ。
野生動物だから、群れの仲間以外は敵か餌という感覚があるのだろう。
『シス……私がいなくなったら嫌でしょ?』
『そりゃあ……』
『他の人達も同じように、家族や友人を亡くしたら悲しいんだから、そのことは理解できるようになってね。
そうしないと、人族とは仲良くなれないから』
『う~ん……』
シスはまだ釈然としない顔をしている。
そもそも彼女は私と違って、人と仲良くなる必要性を感じていないもんなぁ……。
それじゃあ……、
『人は、美味しい食べ物を作るよね?』
『そうか、そうだね!』
私の言葉に、シスはハッとしたような顔になる。
少しは人と付き合うメリットを、理解してくれたか。
その後、村の広場で、簡単な葬儀が行われた。
堅苦しい儀式的なことはなく、みんなで酒を飲んで談笑しながら、死者を送り出すという形だ。
前世でも経験あるけど、葬式って常に泣いている訳じゃないよね……。
本当に泣くのは出棺の時とか、結構限定的だった気がする。
まあそれも、故人の死因とかでも左右されるけど、ドワーフ達は偉大な戦士でもあったナユタの父親にまつわる思い出話に花を咲かせていた。
死は悲しいものだけど、戦士として戦いの中で命を落としたのならば、それは本望だ──そんな認識のようだ。
勿論ナユタは、そんな風に割り切ることもできず、暗い顔をしてうつむいていたが……。
で、お酒は私達にも振る舞われた。
わぁい、お酒!
アイお酒大好き!
いや、実際には、前世でもそんなに飲んでいた訳ではない。
酔うこと自体は、あまり好きじゃないんだよね……。
私は自分自身をあまり信用していないから、酔って暴れるなどの醜態を晒すことが怖くて、気持ちよく酔えなかった。
自分を制御できないという状態が、気持ち悪い。
でも、お酒の味自体は好きなので、ジュース感覚でたまに飲んでいた。
そして今世では初めてお酒。
ちょっとテンションが上がるのも、当然だよね。
私は器に注がれたお酒を、ペロリと舐める。
人間とは口の構造が違うから、ゴクゴクとの飲めないのがもどかしいなぁ……。
あ、でもこれ、美味しいけどアルコール度数がかなり高い……。
スピリタスとかそのレベルじゃね?
人間でも普通のペースで飲んだら、あっという間に酔い潰れそうだ。
『あははは、うぃ~!』
『シス……』
しかしお酒を初めて飲んだシスは加減が分からずに、一気に酔うほどアルコールを摂取してしまったらしい。
もうグニャグニャになって、床に転がっている。
まあ、楽しく飲めているのならいいけど、あとで二日酔いになったりしないでよ?
その後、葬儀は終了し、遺体が入れられた瓶は、ナユタの家に運ばれる。
数日後には火葬されることになるが、家族はそれまでに別れを済ませておくという訳だ。
ただ、ナユタは父子家庭だったらしく、独りだけでは寂しかろうと、私も家にお邪魔させてもらうことにした。
しかしこういう時に、なんて言ったらいいのか分からない。
「お悔やみ申し上げます」とか、当たり障りの無いことを言っても、ナユタの心には届かないだろうし……。
「大丈夫?」というのは本心から聞きたいことだけど、親が亡くなって大丈夫な訳がないから、聞くだけ野暮だな……。
そんな感じでどうしたらいいのか分からずに、オロオロしていると──、
「父ちゃんな……昔は冒険者として有名だったらしいんだよ」
と、ナユタは勝手に語り出した。
ああ……私は、いるだけでいいのか。
話を聞いてあげるだけで、ナユタにとっては充分気が紛れるのかもしれない……。
それにしても、異世界でお馴染みの冒険者ってシステムは、ここでもあるんだ。
私もやってみたいなぁ。
「オレもいつか立派な冒険者になって、成功した姿を父ちゃんに見せたかったんだけどな……」
『それは今からでも、遅くないでしょ?
きっとこれからも、お父さんは見守ってくれますよ』
「そうかな……?」
私の経験上、実際には死者の魂はすぐに転生するか、天国で眠るかの二択だ。
だから私の言葉はただの気休めだけど、魂がまだこの世界に残っている可能性も否定はできない。
それに今回の件は、ナユタが夢を諦める理由にはならないからね……。
ただ──、
「でも、オレがもっと早く行動していれば……」
と、ナユタは涙をこぼす。
冒険者になる為には、この集落を出て、人間の町へ出る必要があるはずだ。
ドワーフとしてはまだ幼い彼女が、ただ1人の肉親である父親を残して旅立つことには、大きな不安があったのだろうね……。
おそらく彼女は、色々と理由をつけて、旅立ちを先延ばしにしてきたのだ。
そのことをナユタは後悔している。
もっと早く行動していれば、違う未来も有り得たのではないか……と。
たとえば冒険者として成功した彼女が、人間の町に父親を呼び寄せるとか、そういうことも有り得ただろう。
それならば、今回の事件には巻き込まれなかった。
でもそうはならなかった……。
ならなかったんだよ。
たぶんこんなことが起こらなければ、ナユタは今も踏ん切りを付けることができなかっただろう。
これは父親が作ってくれた機会だと、前向きに考えた方がいいのかもしれない。
まあ、今は難しいことかもしれないけれど、いずれは立ち直ってくれるはずだ。
その時になったら、私は彼女を旅に連れて行こうと思う。
『全部終わったら、一緒に冒険の旅に出ましょう』
「……!」
ナユタはハイともイイエとも言わずに、涙を流し続けた。
明日は定休日です。