10 同 行
「このっ!!」
ドワーフの少女、ナユタは私に向かってナイフを振るう。
彼女は父を殺した魔物に対して、強い恨みを持っているらしい。
そして私のことも、その魔物と同類だと思っているようだ。
だけど私は彼女にとっての仇ではないし、私に怒りをぶつけるのは筋違いというものだわ。
それを心の底で理解しているからなのか、その太刀筋には迷いが感じられた。
だから簡単に避けることができる。
私はヒラヒラと、闘牛士が操る赤いマントのごとく、軽やかにナユタの攻撃を躱していった。
昔はスペインと言えば闘牛のイメージだったけど、近年では動物愛護だなんだと批判を受けた結果下火になり、すっかりそのイメージは無くなってしまったねぇ……。
それはさておき、ナユタの攻撃は、まったく私には届かなかった。
すると最初は迷いがあったナユタも意地になったのか、そのナイフ捌きが鋭くなっていく。
でもまあ、たぶんこの腕前は素人の範囲じゃないかな?
ぶっちゃけ、私の敵ではない。
『ふふ……なかなかな当たりませんね?』
まあ、仮に当たっても、ナイフで付けられた程度の傷は、すぐに回復するけれどね。
「くっ、このっ!
このっ!!」
ナユタは必死でナイフを振るが、その動きは徐々に衰えていった。
激しい動作の繰り返しで、疲れてきたか。
やがて力尽きた彼女は、ゼェゼェと呼吸を乱しながら、大の字に床へと背中を預ける。
『諦めたら、そこで試合終了ですよ……?』
「クソ……っ!!
無茶を言うな、化け物め……っ!」
毒づきながらも、ナユタは動けない。
『でも、あれこれと悩むより、実際に身体を動かした方が、気は楽でしょ?』
『…………』
これは図星だったのか、ナユタは反論しなかった。
彼女はほんの少しだけ、先程よりもスッキリとした顔をしている。
それに私が一切攻撃をしなかったことから、敵意が無いことも理解してくれたことだろう。
それならば話は早い。
『動いている方が気が紛れるって言うのなら、あの影の魔物の探索に参加してみますか?
私からガラルさんに、話してあげてもいいですけど?』
「本当か!?」
と、ナユタは跳ね起きる。
『自分の知らないところで、仇のことが決着するのは嫌でしょ?
私も……私の兄達を殺した魔物を、自分の手で倒すことができて良かったと思っていますよ……』
『……お前』
魔物に家族を奪われた経験があるという点においては、私もナユタと同じ立場だ。
お兄ちゃん達との付き合いはほんの短い期間で、あまり情も移っていなかったけど、それでも仇を討つことができていなかったら、何かしらの後悔は残っていたと思う……。
だからナユタも、たとえ直接仇を討つことができなかったとしても、できることは全部やった方がいいと思うんだ。
幸い……というかなんというか、ドワーフの坑道はかなり広大で、そこに潜んでいるかもしれない影の魔物がいなくなったのかどうか、その確認作業にはまだまだ時間がかかる。
完全に安全だと確信できるまで、1ヶ月近くかかるんじゃないかな?
だからナユタが探索に参加する機会は、まだまだ沢山あるはずだ。
『それじゃあ探索に備えて、もう少し戦い方を学ばないといけませんね。
さあ、立ちなさい!
鍛えてあげましょう!』
「うえっ!?
もう動けねぇよ!?」
『大丈夫、回復魔法があるので、単純な筋肉の疲労なら治してあげますよ』
「うえぇぇぇぇぇぇ!?」
まあ、栄養不足なら食べ物を食べなきゃ無理だろうけれど、生命活動を続けていく上で必要な物が揃っている状態ならば、いくらでも回復することは可能だ。
『あ、汗をかいているので、水分は摂りましょうね?』
私は水属性の魔法で、水を出した。
それから数日後、何度目かの探索が始まった。
今回は私の口利きで、ナユタも参加している。
村長のガラルには反対されるかと思ったけれど、意外にもあっさりとOKしてくれた。
「お前も一人前なんだからよ、自分の身は自分で守れよ」
「お……おう」
私から見ると子供のようにしか見えないナユタも、実際にはなんと40歳近いらしい。
ただ、ドワーフは200年近くもの寿命があるらしいので、人間に換算すると十代の後半ってところか。
それでも一応成人はしているとのことだ。
……合法なら遠慮無く……とはならないなぁ……。
もうちょっと胸が大きい方が好みです。
『まあ……お前さんがいなければ、許可しなかったけどな』
と、ガラルは私にだけ、「念話」で囁いた。
私がいれば、危険は少ないと思ったのだろう。
実際、その日は坑道をいくら歩き回っても、影の魔物は現れなかった。
もうこの坑道の中には、いないのだろうか?
それとも……?
「もしかして……お前さんのことを警戒して、出てこないんじゃないか?
1度は追い払っている訳だし……」
『あ』
その可能性もあるな!!
読めなかった、このアイの目をもってしても!!
明日は用事があるので休みます。




