7 紅の空
あたしの名前はシス。
この名前はおアイ姉ちゃんから貰った。
それどころかこの命だって、お姉ちゃんがいなければ、今頃は無かったかもしれない。
……まあ、子供の頃だったから、よく憶えていないけれど。
お姉ちゃんからは、色々と教えてもらった恩がある。
それを抜きにしても、大好きで大切な存在だ。
だからお姉ちゃんの旅にも、あたしはついていった。
でも、いつの頃からかあたしは、お姉ちゃんににとって足手纏いなのではないかと、感じるようになっていったんだ。
お姉ちゃんってあたしには理解できないことを沢山知っているし、強さだってあたしは足下にも及ばない。
あたしなんていなくても、お姉ちゃんは大丈夫な人なんだと悟ってしまった。
あたしがいてもいなくても、お姉ちゃんは揺るがない。
あたしでは、お姉ちゃんの役には立てない。
それを知ったあたしは、お姉ちゃんについて回るのをやめた。
まあ、結果として子供もできたし、その子供達がお姉ちゃんの役に立っているから、これでいいんじゃないかな。
あたしものんびりできるしね。
……それなのに、なにこの状況?
『お母ちゃん、いくら倒しても切りが無いよ!!』
『あんなに食べられないよ!!』
「ネネお姉ちゃんじゃないんだから、食べるのはやめておきなさい!」
子供達が慌てている。
「どうすればいいんだ!?」
「王都に応援の要請を!!」
住人達も慌てている。
まあ、気持ちは分かるよ。
空を埋め尽くほどのハエの魔物が、トウキョウの領都を襲っているのだから。
あたしと子供達が総出で対抗しているけど、街を守るだけで精一杯だよ……。
お姉ちゃんがいれば、きっと全部焼き払ってくれるのに……!
その時──。
「ん?
誰かが『転移』してくる!?」
何者かがここへ「転移」してくる気配があった。
そしてそれは──、
「なんだぁ!?
こっちもハエだらけじゃん!?」
と、ネネお姉ちゃんは出てくるなり、喚いている。
どうやら魔王国から、脱出してきたらしい。
あたし達も魔王国への避難を考えていたけど、その選択肢は消えた。
……というか、来たのがアイお姉ちゃんだったら、話は簡単だったのに……。
「違う……今欲しいお姉ちゃんは、これじゃない……」
「ああん!?
なんだい、顔を合わせるなりさぁ!?」
ネネお姉ちゃんじゃ、頼りにならないと言いたい。
実際、アイお姉ちゃんにも完敗したっていうし。
でも、丁度いい。
「お姉ちゃん、魔力を頂戴!」
あたしは尻尾で、お姉ちゃんを雁字搦めにする。
そしてお姉ちゃんから、魔力を吸い上げ始めた。
「ちょっ、私はシファちんを、迎えに行かなきゃいけないんだけどっ!?」
「この状況じゃ、そんな場合じゃないでしょ。
このままじゃ、お姉ちゃんが連れてきた人達ごと、ここも駄目になるよ!」
お姉ちゃん達は魔王国から逃げてきたばかりだけど、あのハエ達をどうにかしなければ、あたし達と一緒に別の場所へ逃げなければならなくなるんだよ……。
「くうぅぅ……仕方がないっ!
持ってけ、ドロボーっ!!」
お姉ちゃんが抵抗をやめたので、一気に魔力がこちらへと流れ込んでくる。
そしてお姉ちゃんの身体が、見る見るうちに縮んでいった。
なんだろうね……?
あたし達は魔力が減っても、あんな簡単には幼くならないんだけど……。
なんか変なクセが、身体についているんじゃないのかな?
それはともかく、お姉ちゃんの魔力だけじゃ、まだ足りないなぁ……。
「お前達、ありったけの炎をあたしに!」
『はいよー!
母さん!』
『いいですとも!』
子供達が生み出した炎が、あたしへと集中する。
よし、これならいけそうだ。
あたしはハエ達の侵入を防ぐ為に作った炎の壁──領都を取り囲んでいるそれへと力を注ぐ。
直後、炎が雲を突き抜けるほどの高さにまでそびえ立ち、それから外側に向けて動き出した。
炎はハエの大群を飲み込みながら、瞬時に数十km先まで輪を広げていく。
「おお、凄ぇ!!」
奴らが空を覆い尽くすのなら、今度は、あたしの炎が空を覆い尽くす!
そして周囲の敵を焼き払ったら、そのまま魔王国の方まで炎を伸ばすよ!
これならさすがに、ハエ達も全滅したんじゃないかしら?
実際、炎かが届いた範囲には、もうハエ達の気配は感じなかった。
ちなみに燃やす物はハエに限定したから、周囲の土地への被害は、それほど無いはず……。
まあ、あたしはアイお姉ちゃんほど器用じゃないから、完璧とは言えないけれど……。
「ふ~……。
お姉ちゃんのおかげで、なんとかなったよ」
「じゃあ、シファちんを迎えにいってよ!
魔王城に残してきたから、危ないかもしれないし。
私は魔力が残り少ないから、行けないんだよ」
シファが……。
あたしはそれほど思い入れは無いけど、あの子に何かあったら、アイお姉ちゃんが悲しむだろうなぁ……。
疲れているから休みたいけど、迎えに行くか……。
しかし──、
「なんか近づいてくる!?」
魔王城の方向から、何かが猛スピードで接近してくる。
それはすぐに、あたし達の視界にも入った。
何故ならば──、
「うわ……でっか!」
それは今まで倒してきたハエ達よりも、数十倍は大きなハエだった。
アレが親玉!?
いつも応援ありがとうございます。
そういえば、いつの間にか目次ページの仕様が変わっているのね……。