5 雲霞の如く
妾はシファ。
一応魔王をやっておるのじゃ……。
本当は母上が魔王をやった方がいいと思うのじゃが、その母上は童女の姿でアイ殿に甘えるプレイに夢中じゃ。
母上って、あんな変態だったかのぅ……?
そんな母上も、アイ殿が旅立って寂しそうじゃな……。
でも、学園の友達がいるから、妾よりはマシじゃろう。
魔王の妾には、友達とかおらんのじゃが……?
部下なら沢山おるがの……。
アイ殿も最初は頻繁に戻ってきて、「竜の里に行った」……とか、土産話をもってきたのじゃが、最近はあまりにも遠くに行ってしまい、「転移魔法」でさえも簡単には帰ってこられないようなのじゃ。
そんなアイ殿が姿を見せなくなってから、既に2年もの月日が経過しておる。
あの人のことじゃから、生きてはおるのじゃろうけど、一体何処まで行ってしまったのやら……。
星の裏側までか?
クジュラウスは、そんな遠くに潜んでいるのかのぅ……?
クジュラウスの動きは最近感じられぬが、気になることはある。
ここのところ、見慣れぬハエ型の魔物が増えたのじゃ。
3mはあろうかという、巨大なハエじゃ。
それはもう、気持ち悪いぞ。
勿論見た目だけではなく、未知の魔物が増えている事実には、なんとも言えぬ不安感がある。
駆除は進めておるが、今のところ根絶はできていないのじゃ……。
何も起こらなければ良いのじゃが……と、思っておったが、それはただの願望だったのかもしれんなぁ。
その夜、妾はアイ殿の一族の子を、湯たんぽ代わりに抱いて眠っておった。
最近、アイ殿の弟妹やその子供達は、重要な都市や施設ならば何処でも見かけるのでな。
モフモフ、ヌクヌクで良い抱き枕じゃ。
「陛下、陛下、魔王陛下!」
「んや?」
そんな声と、身体を揺さぶられる感覚で目が覚める。
妾を起こしたのは、文官のヒミカじゃった。
「……なんぞ?」
「キュー?」
「陛下、襲撃です!!
例のハエの怪物が群れでっ!!」
なんと!?
「ネネ殿は!?」
魔王城に常駐しているネネ殿は、我らが魔王国にとって最後の砦じゃ。
「ネネ様とカシファーン様は、既に迎撃に出ています。
しかしあまりに数が多く、防衛ラインを突破される恐れがっ!!」
「何ぃ!?
では、住民の避難を急がせよ!!
最悪の場合は、ネネ殿を呼び戻して、『転移魔法』でトウキョウまで撤退してもらうのじゃ!!」
「しかし、それでは!?」
この魔王国の建造物は、甚大な被害を受けることになるであろうな……。
しかし人命には代えられぬ。
膨大な数の避難民を、一気に「転移」させられるほどの魔力は、ネネ殿くらいしかおらぬ。
そしてトウキョウまで行けば、シス殿かココア殿か……とにかく誰かおるじゃろう。
姉妹で力を合わせれば、ハエの群れも殲滅できるはずじゃ。
「構わぬ!!
とにかく、城への避難を急がせよ!!」
「はっ!!」
魔王城には防御結界も、対空防御用の兵器も配備されている。
万が一魔物の群れの攻撃を受けたとしても、ある程度は持ちこたえることができるはず……。
それだけの時間があれば、ネネ殿による「転移」の時間も稼げるじゃろう。
さて、まずは戦況の確認じゃ。
ネネ殿やカシファーン達だけで、敵を殲滅できれば1番良いのじゃが……。
妾がバルコニーに出ると、空が黒い。
夜だから当然だと人なら思うかもしれぬが、魔族は夜目が利く。
月の光だけでも、昼間ほどではないが、遠くまで見通すことができる。
まさか……あの黒いのが、全部ハエの魔物なのか!?
空を覆い尽くす勢いではないか!!
その黒を斬り裂くように、光が奔る。
ネネ殿の「熱線」か!
直後に大爆発を起こして、ハエの群れを飲み込むが、それでも殲滅には程遠い。
群れが更に押し寄せてくる。
ネネ殿が攻撃を繰り返しておるが、それでも数が減ったようには感じられなかった。
このままでは街に群れがなだれ込む……!!
そう思った瞬間。
街の周囲を巨大な炎の壁が取り囲む。
上空も!?
「ネネ殿かっ!?」
これで群れは街に入り込めない──いや、炎に包まれたハエが、炎の壁の中から飛び出してくる。
次々と、無数に──。
既に死んでいるようじゃが、あんなのがいくつも街に落ちたら、どのみち街は燃えてしまう。
あれほどの数では、消火も間に合わないじゃろうし……。
ただ、住民が避難する為の、時間稼ぎにはなっている。
ただし残された時間は、そんなに長くないのかもしれぬ。
『カシファーン、戻るのじゃ!!
住民の避難誘導を助けよ。
このままでは、魔王城の陥落も時間の問題じゃ。
遺憾ながら、魔都はもう放棄せざるを得ないっ!!』
『そんなっ、ようやく再建した、我らが故国なのにっ!?』
カシファーンから、悲痛な念話が返ってくる。
だが、現状の不利は理解しておるのじゃろう。
だからこそ悲痛なのじゃ。
あやつも魔王城への帰還を夢見で、200年以上もダンジョンに潜伏していたからのぅ……。
おそらく、誰よりも悔しい想いをしていると思う。
それでも──、
『滅びなければ、再建はできるのじゃ!!
全面撤退じゃっ!!』
再興して僅か数年で、魔王国は崩壊することとなった。
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