3 新たな刀
この世界の鍛冶仕事は魔法も併用するので、通常では必要な手順をすっ飛ばすなどして、作業時間を短縮することも可能です。
オレの名はナユタ。
ドワーフの冒険者をしている。
「まだまだーっ!!」
今、オレの前では師匠と妹弟子のアカネが、戦闘訓練していた。
それは師匠の攻撃を、避けるだけの訓練だ。
師匠の尻尾による攻撃を回避するだけ……と言えば、簡単そうに聞こえるかもしれないが、師匠の尻尾は9本もある。
四方八方からの9本同時攻撃を回避するのは、オレには無理だ。
だから手加減してもらって、尻尾の数を減らしてもらうけど、それでもオレには2本が限界。
クオの奴は1本でも無理で、マオが6本まで。
ルヴェリクは論外で、あいつが飼っている仔竜が1本。
元魔王や高位の魔物でもその有様なんだから、師匠は強すぎだろ……と思う。
オレは早い段階で、こりゃこれ以上は駄目だ……と、諦めた。
で、今アカネが挑戦しているのは4本。
オレよりは全然マシだけど、現状では4本すべてを回避することはできていない。
だけどあいつは諦めることなく、挑戦を続けている。
打倒勇者という、大きな目的があるからなのだろうな。
そういうところは立派だと思うけど、見習いたいとは思わない。
オレは冒険者として、やっていければそれでいい。
勇者とかと戦う力は必要無いよ。
というかこれ以上、無理なものは無理。
それでも妹弟子を応援する気持ちはあるので、アカネの為に刀を打つことにした。
オレは鍛冶仕事が本業って訳ではないけど、ドワーフの嗜みとして、一通りの作業はできる。
それに俺達が生活している王都の領事館にも鍛冶場が併設されていて、他のドワーフ達も働いているから、分からない所があったら教えてもらえるし。
更に師匠から「幻術」で刀の形を再現しつつ、製造方法も教えてもらったので、まあなんとかなるだろう。
で、作ろうとしている刀は、嶺の方を普通の厚さにして、刃の方を極限まで薄くする予定だ。
この薄さが、桁外れの切れ味を発揮することになると思うけど、それを実現するのはなかなか難しい。
刃の厚さも全体的に均一にしなければならない訳だが、これ自体が難しい上に、薄すぎると刃自体の重みや温度の変化による膨張と縮小だけでも歪む。
一応オレも「土属性魔法」が使えるから、それで材質となるミスリルを操り、刃の状態を安定させながら作業を続ける必要があった。
なかなか難しい。
まあどのみち、仕上げは師匠にやってもらう必要はあるけどな。
なんだかんだで師匠の魔法は凄いから、それに頼らなければ完成させることはできないだろう。
……いずれは一人で、全工程ができるようになってみたいものだ。
それから20日ほどして、刀身は完成した。
途中で何度か失敗したけど、最終的にはいいものができたと思う。
それを師匠に渡して、「硬化」の魔法付与をしてもらう。
その間にオレは、鍔や柄、鞘などを作る。
この作業に10日ほど。
装飾をいれるから、結構時間がかかる。
マオは手先が器用なので、少し手伝ってもらった。
そして付与処理を終えた刀身と、柄などを組み合わせて作業終了。
よし、アカネに渡すか。
この時の彼女は、師匠の尻尾5本に挑戦中だった。
確実に成長しているな……!
「アカネ、刀が完成したぞ」
「本当ですか、姉弟子!?」
アカネが嬉しそうに駆け寄ってくる。
ブンブン振られる犬の尻尾が見えるようだ……って、師匠が「幻術」でアカネへ、犬耳と尻尾を本当に生やしていた。
「ブフっ!!」
「ど、どうしましたか!?」
「い、いや……なんでもない」
思わず吹き出してしまったじゃないか!!
師匠はこういう悪ふざけを、たまにするなぁ……。
ともかく、アカネに完成品を渡してしまおう。
「ほら、これだ」
「え……2振り?」
オレがアカネに渡したのは、一般的な刀であるらしい打刀の他に、打刀よりも刃渡りが短い脇差というものの2振りだ。
「短い方は単純に予備として使ってもいいのですが、刀は盾を使わずに使う武器なので、両手に持って同時に振ることも可能です。
かつてそれで無敗を誇った剣豪も存在しますので、あなたが同じ頂を目指すのも自由ですよ」
「おお……!!」
アカネは師匠の言葉に興奮しているが、実際には2振りの武器を同時に扱うのは、高度な技術が必要だろう。
だけど折れることを知らない根性を持つあいつなら、ものにできるかもしれない。
「名は打刀が悪断ちで、脇差が死魔群。
悪を断ち、魔の群れに死を与えるという意味です」
「おおおおっ!!
悪断ちと死魔群!!
素晴らしい!!
ボクは最高の刀を得たぞーっ!!」
「大袈裟ですよ」
……アカネは高揚しているようだが、師匠は少しだけにやけた顔をしていた。
ああいう顔をしている時の師匠は、密かにふざけていることが多いんだよなぁ……。
たぶんあの刀の名前には、別の意味があるのだと思う。
「ありがとうございます!!
大魔王様、姉弟子!!」
「いえいえ」
でも、アカネが喜んでいるから、無粋な口出しはしないでおくか。
世の中、知らない方がいいこともある。
さて、一仕事も終えたし、オレは晩酌してから寝よっと。
それから約1年後、アカネは師匠の9本尻尾に対応できるようになった。
まあ、師匠はまだ手加減していると思うけど、それでも物凄い成長だ。
ただ、ここに至るまでの期間中、件の勇者とやらは、一度も現れなかった。
それが不気味だと言えば不気味だな……。
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