19 火を入れろ
ルヴェリクの魂と、ヘンゼルの魂が融合しているだと……?
となると、ヘンゼルの完全な死は、そのままルヴェリクの死ということになる。
……まあ、浄化魔法を使えば、最早悪霊みたいな存在だと言えるヘンゼルだけ消滅させられる可能性もあるけど、ルヴェリクの魂に被害が及ぶ可能性もあるから無茶はできない。
それじゃあ……、
「マオ、ルヴェリクさんの身柄を確保するのです!」
「イエス、マム!」
「な、なにぃ!?」
ヘンゼルも滅ばさない方向で、処理するしか無いわな……。
マオがルヴェリクを羽交い締めにする。
「滅することができないのならば、奴隷契約で支配すればいい」
なんなら契約で命じて、ヘンゼルの意識だけを永遠に眠らせることだってできるはずだ。
「なっ!?
やっ、やめろっ!!」
ヘンゼルは暴れるけど、しかし純正魔族のマオの力に、か弱いお嬢様であるルヴェリクの身体では抵抗することはできないだろう。
それはすぐに身を以て、理解することになるはずだ。
だからなのか、彼女の身体は突然力なく動きを止める。
しかしそれは、抵抗を諦めた訳ではなかった。
完全に意識を失い、グッタリとしている。
「え……?」
これは……別の人格に切り替わる為に、意識を手放した……?
だけどその瞬間、動かなくなったルヴェリクの代わりに──、
「な、なんだ!?」
「師匠、竜が!!」
未回収だったヘンゼルの巨体が、動き始めた。
こいつ、動くぞ!?
でも、ヘンゼルの魂は入っていなかったはず。
まさか──!?
「ルヴェリクの魂ごと、身体から抜け出して元の身体に戻ったのですか!?」
だとしたら、今のルヴェリクの身体は、魂の無い抜け殻……!?
それはつまり……。
「もしかして死んでしまったの!?」
「あ、それは大丈夫ですわ」
「は?」
突然、ルヴェリクの身体が動き出す。
その口調は、お嬢様の人格か。
つまり彼女の魂は無事……?
「我々の中に侵入してきたあの不届き者は、彼がすべて引き受けておりましたの」
「それって……」
それぞれの人格にも魂があって、ヘンゼルが融合したのは、少年の魂だけだった……?
やっぱり人が転生する時って、複数の魂を融合させて再利用しているじゃないかな?
だから何かの切っ掛けで、その魂が分裂することもある……と。
それならルヴェリクの主人格は、無事だということになるけど……。
しかし少年の魂が1人、犠牲になってしまったという事実は変わらない。
彼はルヴェリクの為に、自分は消えた方がいいと言っていた。
だけどルヴェリクを守ってきた1番の功労者が、このまま悪竜の一部として滅びるのは面白くない。
なんとかして救助を試みてみますか。
「マオはみんなを連れて、脱出してください」
「……ママは?」
私は動き出した巨竜ヘンゼルへ向き合い、
「あれをどうにかします!」
戦闘態勢を整える。
少年の魂を救えるのかどうかはまだ分からないけど、やれるだけのことはやってみよう。
「……分かった」
私の決意を読み取ったマオは、「転移魔法」でみんなを連れて外へと移動する。
おそらく今頃は、廃村に構築した拠点に帰り着いていることだろう。
『ダリーも、退避してください。
ちょっと本気を出します』
『かしこまりました』
さあ、これで遠慮無く戦える。
ヘンゼルもそう考えたのだろうか?
一応はかつての主である元魔王には配慮したのか、マオ達の姿が消えた瞬間に、口から炎を吐き出した。
その炎は私に効かないけど、この地下拠点は吹き飛ぶな。
まあ、もう人がいる気配は無いからいいか。
さて、私も馬鹿正直に直撃を受けて何かあったら嫌なので、地上に「転移」しておこう。
直後、激しい爆発が起こり、吹き上がるキノコ雲の中からヘンゼルが姿を現す。
う~ん、このゴ●ラもどきめ……。
私も反撃といこう。
どれ……まずはためしに……。
『ぬっ……!!』
私が放つ「浄化魔法」の光が、ヘンゼルの巨体を取り囲む。
霊体となったヘンゼルには特効だろうけど、肉体を得た今の彼ならば、それを鎧のようにして霊体を守るだろう。
事実、ヘンゼルは平然と、光の囲いを突破し、こちらへと突き進んでくる。
これはもっと弱らせないと、通用しないかな?
それじゃあ、怪獣大戦争といきましょうか!
「炎神──!」
『なんと……!?』
私の全身は、激しい炎に包まれた。
その炎は徐々に人型に変じ、それはヘンゼルに匹敵する巨大なものとなる。
しかもただの炎の巨人ではない。
全体に「気」を巡らせており、エネルギーの塊である。
つまり、物理的な干渉力もあり、私の意思で自由に動かせる四肢は、岩を持ち上げたり蹴り上げたりすることだってできる。
謂わば炎の巨大ロボットだ!
「対巨獣用決戦術式・炎神──。
行くぞ!!」
『小癪なぁぁ!!』
さあ、殴り合いといこうじゃないか!
被災した皆様にお見舞い申し上げます。