17 不意打ち
今年最後の更新です。毎回読んで頂き、ありがとうございました。
ヘンゼルと言えばあれだ。
グレーテルという、有名な妹がいる方ではない。
リビーという竜の兄で、魔王軍四天王。
しかし数年前から、彼とは連絡が取れなくなっていた。
……うん、なんかアーネ姉さんが倒していたらしい。
そのヘンゼルが、なんでこんなところで麻薬の材料になっているの……?
いや、おそらくクジュラウスがヘンゼルの死体を回収して、その細胞を培養かなにかしたのが、目の前にいる巨大な竜なのだろう。
クローンみたいなものだから、その身体から魂が感じられないのだと思う。
それはいい。
それよりも衝撃的だったのは、マオちゃんがそのヘンゼルのことを、知っているらしいということなんだけど……。
彼女が復活してからはヘンゼルと面識なんて無かったはずだし、以前の記憶も残っていなかったのに……。
だけどいつの間にかマオちゃんは、かつての魔王ゼファーロリスであった頃の記憶を取り戻していたのか?
確かに幼児の時は活発な子だったけど、いつの頃からか大人しい性格になっていた。
あの頃から既に、記憶が戻っていたというの……?
その上で私を母と慕い、甘えてきたと……?
それ、なんてプレイ?
いや、分かるよ?
疲れた大人には、誰かに甘えたくなる時はある。
ましてや魔王という重責を背負っていたのならば、いっそ子供に戻りたいと思っても不思議ではない。
現状ではシファもいるし、あえて魔王に復帰する必要も無いから、マオちゃんが今の生活を続けることを選んだのは、むしろ当然だと思える。
でも、それで数年間も欺かれていた、この私の気持ちは?
実は精神的に大人を子供扱いしていたと知ったら、無性に恥ずかしくなってきたんだが……。
「マオ……帰ったら、シファを呼んで家族会議ですよ?」
「え、いや、それは…………うん」
マオちゃん……いや、精神が大人だと分かった今、呼び捨てでもいいか……。
そのマオは少しだけ反論しようとしたが、何も言葉が浮かばなかったのか、気まずそうに頷いた。
さて、マオのことは後日にどうにかするとして、今はヘンゼルの身体の始末が先だ。
これが無くなれば、もう麻薬は作れないはず……。
他にクローンとか無ければの話だけどね……。
ただ、この巨体を燃やすのは大変そうだし、ここでは何らかの邪魔が入る可能性もあるから、取りあえず「空間収納」に入れて、後でゆっくりと処分するかな?
で、ヘンゼルを回収しようとしていたら──、
「し、師匠!!」
ナユタの切羽詰まった声が聞こえてくる。
「ぼ、ボクの黒鉄がぁ~!?」
続いて、アカネの悲鳴。
あ……アカネにあげた刀が折れている。
しかしあれは、簡単に折れるようなものじゃないぞ?
ドワーフの名工が鍛え、更に私が硬度上昇の魔法を付与しているのだから。
そもそも、いつの間に襲撃を受けた?
マオのことで動揺していたとはいえ、私に感知させないなんて……。
だが、落ち着いてみれば、薄い気配を感じ取ることはできる。
そしてそいつは、こちらの方に突き進んでいた。
……って、接近してくるのは鎧武者じゃん!?
アイエェェェェ!?
サムライ!? サムライなんで!?
いや、普通に考えれば転移者か転生者か!?
しかしそんな存在は、私とシファ以外だとアカネの先祖である勇者くらいしか──。
まさか!?
まさかクジュラウスの奴、勇者を復活させたの!?
勇者(推定)は、刀を振るう。
速いっ!!
たぶんこの世界に来てから見てきた中では、最速の攻撃。
だけどこの程度なら、回避は可能。
そして回避と同時に、幾本もの「炎の矢」を機銃掃射のごとく撃ち出す。
しかしそれを、勇者は躱した。
「まだまだっ!!」
私の魔力には余裕がある。
というか天狐族の種族特性なのか、「火属性魔法」を使う時はあまり魔力を消費しないし。
自然界に存在する火の精霊が、積極的に力を貸してくれるらしい。
なので「炎の矢」程度の、私にとっては弱い魔法なら、無限に近い勢いで撃ち出せる。
だが、勇者は私の攻撃を悉く躱す。
見た目は侍なのに、動きは忍者みたいだ。
あの動きでは、狙って当たるようなものではない。
まあ、広範囲に影響が及ぶ魔法を使えば仕留めることはできると思うが、色々と巻き込みそうなので、「炎の矢」での攻撃を継続。
くっ、「当たらなければどうということはない」を言われる側の立場になろうとは……!
赤いのはこっちやぞ!!
ただ、さすがに勇者でも反撃する余裕は無いようで、攻撃はしてこなかった。
そして逃げ続けることでは何も変わらないと判断したのか、通路に飛び込んで、そのまま気配を消してしまう。
『ダリー、1人取り逃がしました。
地上に出てきたら、監視を!』
『はい!』
取りあえず今できることは、地上にいるダリーに任せることだ。
今はこの拠点の中に、他に危険な物が無いのか、それを確認しなければならないし、残っている組織の構成員を捕縛する必要もある。
なによりも、ヘンゼルの身体の回収を終わらせないと……。
しかし、更に問題が起きた。
「やっ……!」
そんな声が上がり、私がそちらの方を見るとそこには──、
「動かないでもらおう!」
ルヴェリクがマオの首筋に、ナイフの刃を当てていた。
新年の更新は、2日くらいからを予定しています。では、良いお年を~。