8 教育の結果
「は、へ!?
どどどどどうして、私が麻薬の捜査をっ!?」
捜査の協力を突然命じられたルヴェリクは、混乱の極みにいた。
だがこれは、彼女が背負ってしまった責任だから仕方がない。
「麻薬の密売組織の拠点に、あなたがいたからですよ」
「ふえっ!?」
「そして私に攻撃を仕掛けてきました。
このままではあなたは、重罪人として罪に問われます。
そしてあなたの実家であるアシュライ伯爵家にも、捜査の手が入ることでしょう」
「ふえええっ!?
そ、そんなっ!?
私には身に覚えがっ!?」
ルヴェリク本人にとっては、まったく自覚は無いだろう。
だけど仮に別人格がやったと弁明したとしても、この世界では私以外の誰もそれを理解してくれないだろうし、許してもくれないだろう。
私が弁護したとしても、それだけでは根本的な解決にはならない。
彼女の別人格が、犯罪を繰り返す可能性があるからだ。
だからルヴェリク自身が、問題を解決する為に働く必要がある。
自分自身で罪を償う為に──。
それにこの世界には、彼女の多重人格を治療できる精神科医だっていない。
彼女自身が現実に向き合わないと、解決しないのだ。
「そうでしょうね。
やったのはあなたの中に眠る、別の人格でしょう」
「べ、別の……?」
「あなたは昔から記憶が途絶えて、身に覚えがないことで自身が責められることがありませんでしたか?」
「そ……それは……!」
私の指摘を受けて、ルヴェリクは口籠もる。
そしてその身体は、小刻みに震えていた。
図星か。
おっと、あまりストレスをかけると、人格が切り替わるかな?
ルヴェリクは強い精神的ストレスから逃げる為に、別人格を生み出したのだろうし……。
まあ、いずれはあの少年の人格ともよく話し合ってみたいところだが、まずはルヴェリク本人を味方につけないと、拒絶される可能性が高い。
あの少年の人格も、本来はルヴェリクを守るのが役割だろうからね……。
ともかくまずはルヴェリクを、安心させることが必要かな?
そうすれば他の人格へと、逃げる必要は無くなるはずだ。
私は9つの尻尾で、ルヴェリクの全身を包み込む。
取りあえずスキンシップで、彼女を安心させよう。
「ふわぁ……?」
ルヴェリクは戸惑うが、そのおかげで彼女を襲っていた強いストレスは吹き飛んだようだ。
まあ、普通なら抱きしめてあげるのがいいのだろうけど、柔らかなふわもこに包まれた方が、安心するよね。
え、しない?
じゃあ、言葉で安心もさせるよ。
「私はあなたが全面的に悪いとは思っていません。
ただ、あなたの抱えた問題は、あなた自身が動かなければ解消されないでしょう。
その為にも、あなたには捜査を手伝ってほしいのです。
そうすれば、あなたに科せられるはずだった刑罰も大幅に減らすことができますし、身の安全も私が保障しましょう。
まずはあなたのことを、教えてくれませんか?」
私が優しく語りかけると、ルヴェリクの強ばっていた顔は、少しだけ緩んだように見える。
落ち着いてくれたかな?
そして──、
「わ……分かりました。
なんでも聞いてください……」
ん? 今なんでもって言ったよね?
じゃあ初恋は?……とか、軽口を叩きたくなったが、心の距離が離れてしまうかもしれないので、ここは自重しておく。
その後ルヴェリクは、ぽつりぽつりと、その身の上を語ってくれた。
彼女は生粋の貴族ではなく、アシュライ伯爵と妾の間に誕生した子で、5歳くらいまでは下町で育ったという。
それまでは庶民の母によって、彼女は育てられていた。
しかしその母が、病に倒れる。
そこで母は命が尽きる前に、ルヴェリクの父に対して娘の保護を願い出た。
まだ幼い娘はそうすることでしか、生き延びる術が無かったからだ。
その結果ルヴェリクは、アシュライ伯爵家の娘として迎え入れられた。
ただそれは、母として苦渋の選択でもある。
事実父は親としての愛情によって、ルヴェリクを引き取った訳ではなかった。
アシュライ伯爵である父にとっては、政略結婚の道具が1つ増えた──その程度の認識だったようだ。
だからルヴェリクには、政略結婚に使える程度に──貴族の令嬢として相応しくなるように教育を受けることになる。
だけど母を失ったばかりで失意の彼女には、そもそも激変した生活そのものが耐えがたい。
その上で貴族としての在り方を学ぶ気力は、彼女には残っていなかった。
だが、拒絶は許されない。
怠惰も許されない。
教えられたことができないのなら、できるようになるまで罰が与えられる。
できるようになるまで、繰り返し繰り返し……。
そんな生活の中で、ルヴェリクの精神はすり減っていき、やがて記憶が繋がらないことが増えた。
そして「先程までできていたことが、なんでまたできなくなっているのか?」などと、彼女にとっては訳の分からない理由で叱られることが増える。
おそらくこの時点で別の人格が生まれ、ルヴェリクにとっては辛いだけの教育を肩代わりしていたのだろう。
しかしその結果──、
「ふえぇ……私、辛くって……辛くってぇ……。
お母さん……」
このおおよそ貴族の令嬢らしからぬ、弱々しい生き物が誕生してしまった訳だ。
辛い過去を思い出したことで、ルヴェリクは泣きじゃくっていた。
本来なら成長の過程で身についていなければならないものを、他の人格に押しつけてしまった結果、この幼女のような人格に育ってしまった……。
ルヴェリクに同情すべきところは多々あるが、このままでは社会の荒波の中で生き抜けないことも想像に難くない。
できればすべての人格を統合して、1人でも生きていける強さが欲しいところだが……。
それはなかなか大変な話だと、私は思った。
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