9 私の魔王様
農家をしている親戚の手伝いで、執筆が遅れました。
来賓の挨拶で、シファがいきなり噛んだ。
……うん、気の弱いシファが、「来賓に魔王が来ている」と大注目を集めて、緊張しない訳がないよね……。
そんなシファのしくじりを目の当たりにして、生徒や父兄が「え……?」って、唖然とした反応をしている。
そりゃぁ……魔王がどんな奴なのかと思っていたら、思いの外ポンコツ臭が漂っているのだからねぇ……。
そんな困惑が広がる講堂の空気を受けて、大恥をかいたシファの顔が凄い勢いで赤くなっていく。
なんだね君は、赤色LEDライトかい?
「コホン」
シファは気持ちを落ち着ける為に、咳払いをした。
しかしだからといって急に冷静になれるはずもなく、顔の赤さはなかなか引かない。
とはいえ、いつまでも黙っている訳にもいかないんだよなぁ。
そっちの方が恥ずかしい。
仕方がないので彼女は、
「皆の者、お初にお目にかかる!
妾が魔王国の代表の、シファ・ゼファーロリスなのじゃ!
入学、おめでとう!!」
勢いに任せて、強引に仕切り直すつもりのようだ。
ちなみにシファは実質的な魔王国のトップではあるけど、意図的に「魔王」を名乗ってはいない。
自身の能力不足を自覚しているが故なのだろうけど、それでも人間達からは彼女は「魔王」だと認識されているので、あまり意味のあるこだわりではないが……。
でも、いつかはシファ自身が堂々と名乗れるように成長して、自信をつけて欲しいねぇ……。
「恥ずかしながら、先程は緊張のあまり、醜態を晒してしまったのじゃ。
この情けなさには、我ながら嫌になるのぉ。
こんな有様じゃから、かつては家臣に裏切られ、国を追われることにもなったのじゃ……」
シファによる予想外の告白に、講堂が少しざわついた。
まだ彼女の挨拶が終わっていないので、それが中断するほどの騒ぎにはならなかったけれど、それでも本来ならば来賓に対して失礼な状況だ。
でも人間達にとってはそれだけ衝撃の事実だろうし、シファが何故告白したのか、その意図も理解しがたかっただろうねぇ……。
事実、権力者は弱味を見せるべきではない。
弱味を見せれば、そこにつけ込まれるというのが、政治や外交の世界だ。
だが魔族は、人間達からは恐れられている。
だから多少は弱味を見せて、親近感を持たせた方が良い。
……というのは私の考えであって、シファがそう考えているのかは分からない。
この挨拶の原稿に、私はノータッチだからね。
なので彼女は、天然で考え無しに喋っている可能性もある。
でもだからこそ、その裏表の無い言葉は、人の心に届くかもしれない。
「妾は国を取り戻したかった……。
が、妾だけの力では無理じゃった。
しかし同じような立場のクラリスに出会い、妾達は共感したのじゃ。
そして協力しあうことで、追われた地位を取り戻し、今がある──。
その経験があるからこそ、妾は人間との共存が正しい道だと信じておる。
子供達が一緒に学ぶこの場が、共存の第一歩だと信じておる。
どうか皆の者にには、この妾の期待を裏切らぬよう、協調の為に日々の精進を欠かさないでほしいのじゃ。
それが実を結べば、妾はそなた達の卒業の日に再びこの場に訪れ、心からの祝福を送ることができるじゃろう。
そのような結果になっていることを、祈っておるぞよ」
そんな感じで、シファの挨拶は終わった、
満場の拍手とは言わないけど、巻き起こった拍手の波は、決して小さくなかったと思う。
まあ、シファにしては上出来な結果だ。
しかし──、
「ううぅぅ……しくじったのじゃぁぁ……!」
シファはいきなり噛んだことを、まだ引きずっていた。
ここは王都の我が領事館だけど、シファもこの領事館に滞在することになっている。
本当は王国の迎賓館にでも泊まるべきなんだろうけれど、ぶっちゃけ今の王都には、この領事館よりも立派な建物って王城くらいしかないし。
王城はまだ魔族を信用していない者もいるということで、警備上の問題もあって却下。
となると、国賓クラスの存在を滞在させるような場所は、ここしかなかったという訳だ。
まあ、シファは私の身内だから、全然問題は無いんだけどさ。
で、落ち込んだシファは、私にすがりついてメソメソとしている。
「あ~……最初は失敗しましたが、立て直した後は立派でしたよ」
と、シファの頭を撫でながら慰める。
「お姉ちゃん、頑張った……」
マオちゃんもシファの頭を撫でている。
見た目はともかく、正しい母娘の姿だな……。
うん、傍目には姉妹にしか見えないけど。
「うう……あんなのは、勢いに任せて、押し切っただけなのじゃ。
妾はもっと落ち着いて、貫禄のある演説がしたかった……。
それなのにあのザマでは、『噛み噛み魔王』とか陰で呼ばれてしまうのじゃ……」
まあ、その可能性は否定できないが。
でもそれは、それだけ親近感を持たれたということでもある。
実際に生徒の中からは、「あの魔王、可愛かった」という声もあったんだよね。
だからシファが目指すべき魔王像は、威厳があって畏れられる魔王よりも、みんなから親しまれて愛される魔王だと思う。
つまり、アイドル路線だ。
うんうん、これもまたアイ●ツだね。
まあ、シファ本人は嫌がると思うので、言わないけど。
それに放っておいても、シファなら勝手に人気を得ていくと思う。
彼女の小動物的な雰囲気は、人から好かれやすいものだし。
「さあ、今日は入学祝いで、レイチェルとケシィーに御馳走を作ってもらいましたから、パーティーといきましょう。
食べ放題ですよ!」
「むお、そうか?」
私の言葉を受けて、シファはうつむき加減の顔を上げる。
その顔には、少し笑みが浮かんでいた。
やっぱり、「花より団子」なタイプだよね、この子は……。
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明後日も用事があるので、更新できないと思います。