2 入学準備
今のシスは天狐族の完全体になっている。
まあ、ダンジョンで魔物を狩りまくって、ようやく……って感じだけどね。
人型になったシスは、私に似た美少女だけど、少しだけ幼い印象がある。
それなのに経産婦だというのだから、妙な背徳感があるよね……。
私は挨拶代わりに、シスの頭を撫で回した。
シスも目を細めて、されるがままになっている。
母親になってから姉離れは進んだけど、それでもシスはまだまだお姉ちゃんっ子なところが残っていた。
だから私にとっても、まだまだ可愛い妹だ。
ちなみに完全体については、ココアはもう一歩って感じで、シスの子供達はまだ程遠い感じ。
「それじゃあ暫くの間、王都は私が受け持つので、シスはトキオをお願いします」
「はいよー」
このようにして、私達姉妹は持ち回りで各所──魔王城・ローラント王都領事館・クラサンド領事館・トキオ市に常駐して防衛している。
たとえクジュラウスが攻撃を仕掛けてきたとしても、私達姉妹ですぐに対応できるようにしている訳だ。
ネネ姉さんもシスもココアも、「転移魔法」を使いこなせるようになったので、別の地域に用があってもひとっ飛びだよ。
だから住処は1箇所にこだわる必要が無く、割と気軽に担当地域を交替している感じだ。
ただ、重要なところは押さえているとはいえ、他の都市やクバート帝国の国境までカバーするには、ちょっと人員が足りない。
シスの子供達がもうちょっと成長してくれるのを期待したいけど、いっそママンのところへ行って、弟妹達をスカウトするか……?
「で、お姉ちゃんは、王都で何するつもりなの?
予定より来るのが早いでしょ?」
いつもは大体3ヶ月ごとに、交替って感じだからねぇ。
だけど今回はちょっと用事があったので、予定を早めて王都にやってきた。
「そろそろマオちゃんとクオの入学なので」
「あ~、それかぁ」
もうすぐマオちゃんとクオを人間の学校に通わせるので、彼女達が上手くやっていけるか、それを見守るのが王都滞在の目的だった。
学校自体はトキオ市にも作ったんだけど、そちらだと他種族も多い為に決まり事に関しては割と緩い。
種族ごとに性質も文化も違うので、お互いに多少の違いは許容できるように、規律は緩めてあるのだ。
まあ、最低限のマナーとして他種族に対しては絶対にしてはいけないことを、周知している程度ってところだね。
ただそれでは、将来魔王に返り咲く可能性が高いマオちゃんが、人間社会の常識を学ぶことができないので、それはよろしくない。
人間の国と外交をする上で、人間のことを知らないのでは話にならないからね。
だから人間の学校に、通う必要がある。
それに立派なレディを目指しているクオも、セリスさんの教えを受けているとはいえ、その教えを実践しなければ身につかない。
この王都の学校には貴族の子も通っているので、彼らに対してこれまで学んだことが通用するのか、それを試す機会にも恵まれるはずだ。
で、私は先に王都へ来て、入学の手続きなどをしている。
その他に、王都の大掃除も兼ねていた。
3年も経ったとはいえ、王都が前の愚王から奪還されてからまだ日が浅い。
未だに荒廃している区画はあるし、そこに巣くう犯罪組織もある。
まあ、マオちゃんやクオが誘拐される程度の実力かといえばそうでもないので、その辺はあまり心配もしていないが、なんらかの形で悪影響があっても困るので、可能な範囲で片付けるか、もしくはおかしな動きをしないよう圧力をかけておくよ。
そんな訳で今日も今日とて、犯罪組織を潰すよー!
ついでに彼らが貯め込んだ、金銀財宝もいただくよー!
盗賊は収穫できる資源だー!!
「──そんな訳で、手に入れたお宝を、国庫へ返納したいと思います。
福祉政策などにお役立てください」
「ああ……うん、ご苦労様」
突然王城へと訪れ、大量の金品を差し出した私を前にして、クラリスは複雑な表情をしていた。
王都は女王である彼女の統治下であり、そこで犯罪組織が野放しになっていたという事実は、彼女の統治が未だに不完全であることの証明である。
そしてそれを、実質外部の者に解決されたとなれば、失態と言わざるを得ないだろう。
まあそれは傍目に見た場合の話であり、この会合は非公式な物だから表沙汰にはならない。
それに私はクラリスを身内だと思っている。
今回の件も身内への好意からくるお節介だとクラリスも分かっているから、彼女は私の申し出を無碍にはできないのだ。
そもそも犯罪組織が減ること自体は、この国にとって良いことだしね。
「……で、マオ達の入学準備の為に、こんな大仰なことをしたって?」
「そうですね。
転ばぬ先の杖……といいますか」
「なにそれ?」
「私の故郷の諺ですね。
何事も前もって準備しておけば、不安が無い……という感じでしょうか」
クラリスには、転生のことを話していない。
というか、今のところは誰にも話していない。
話したとしても、話が通じないしねぇ……。
同じ転生者であるシファですらも記憶が曖昧だから、転生のことを話すことがいいのかどうか分からないし。
「でも、大丈夫なのかしら……。
元魔王が入学って、不安しか無いわ……」
そんなクラリスの危惧も分かる。
「まあ、ナユタを護衛につけるから大丈夫ですよ」
ナユタも未だに少女にしか見えない姿なので、学園に生徒や従者として入っても違和感は無いし、怪しまれることも少ないだろう。
「それでも不安なら、レイチェルも入学させますか?」
「それはいくらなんでも……いけそうだけど。
だけどあの子の顔が割れるのは、ちょっとねぇ……」
影武者役のことか。
レイチェルも相変わらず合法ロリで、そろそろ成長したクラリスの影武者は難しくなってきている。
それでもクラリスが彼女を手放したがらないのは、女王の代役として非常に有能だからだ。
まあ、いざとなれば「幻術」でどうとでもなるから、まだまだ影武者は現役だね。
「その辺は、色々と相談していきましょう」
そんな感じで、入学の日は近づいていた。
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