24 押しかけ女房
「な……な……なんじゃ、おぬし!?」
私に抱きついてきた少女を見て、シファは大声を上げた。
え? まさか嫉妬で!?
「アイ殿は、妾の婿になるのだぞ!」
「違いますよ?」
まだ……ね。
シファは私に依存しきっているとは思っていたけど、そこまでこじらせていたか……。
だけどもうちょっと独り立ちしてくれないと、私にとっては可愛い妹分のままだ。
いつまでも子守をするつもりは無いぞ。
まあ、シファのことはさておき、私に抱きついてきたのは、十代半ばに見える女の子だった。
背は低めでスレンダーな体型をしていて、グレーのサラサラした髪をしている。
ちょっと目つきが鋭いのに、何処となく無邪気な顔をした子だった。
『お前強い。
ワシと強い子を産む!』
そしてなんだかとんでもないことを言っている。
なんでいきなり、そんなことになっているの!?
そもそも誰!?
『どなたなんですか!?』
見たところ、ただの人間だ。
強い力や特殊な能力は、彼女からまったく感じなかった。
だけどそんな普通の人間が、こんな地下ダンジョンの奥深くにいるなんてことは、どう考えてもおかしい。
あと、全裸だし。
『分からぬか?
あんなにワシの全身を、激しく責め立てたのに……』
「なっ!?」
言い方ぁ!?
いやぁ……そんな記憶は無いけど……。
シファも、真に受けた顔をしない。
大体私って、人間の知り合いはあまりいないんだけど……。
「なあ……アイ」
「ん?
なんです、姉さん?
あ、服を着てください」
その時、ネネ姉さんが声をかけてきた。
まだ全裸だったので、「空間収納」から私の服を取り出して渡す。
姉さんは服を受け取りながら──、
「そいつ、お前が私に投げつけた奴だ。
急に人間になった」
と、衝撃の事実を告げた。
なんですと!?
この可愛い子が、あの女王アリなの!?
いや……でもこれ、完全に人間なんだけど……。
あ、あの黒い鎧が撃ちだした弾丸か!?
あれに魔物を人間に変えてしまうという、そんな効果があったのだとしたら……?
一見そんなに害が無い効果に見えるが、私達にとっては種族由来の能力が全部無くなってしまうので、著しい弱体化は避けられない。
ほぼ無力化されると、言ってもいいだろう。
そうなってしまえば、私達は簡単に殺されてしまうだろうし、クジュラウスの狙いはそれだったはずだ。
実際、あれだけ強大だった女王アリも、今は完全にただの少女でしかない。
今の彼女なら、指先一つでどうにかできてしまうだろう。
危な……!
私や姉さんに撃ち込まれていたら、取り返しのつかないことになっているところだったよ……。
こんな特殊効果の弾丸がそういくつもあるとは思えないけど、今後も警戒しておかないと……。
しかしマジでこの娘は、あの女王アリなのか……。
しかも私を追ってきたのは復讐ではなく、繁殖目的だと……!?
確かに強い遺伝子を遺して種の繁栄を望むのは、生物として当たり前の本能なのかもしれないが……。
だから自身を倒した私の強い遺伝子が欲しいというのも、分からないでもないけどさぁ……。
でも、私は女の子だよ?
子作りなんてでき──あ、女の子同士でもできるわ、私の種族。
でもなぁ……。
『さあ、ワシと契ろうぞ』
「今ここで!?」
美少女に言いよられること自体は嬉しいけど、この慎みの欠片も感じさせない言動は無いわー。
やっぱり恥じらいくらいはないと、可愛さよりも下品さの方が際立ってしまう。
そもそもさぁ……。
『今のあなたは、最弱クラスの人間になってしまったので、もう強い子孫を残そうとしても、あまり意味が無いのでは……?』
『あ……?』
人間の子である以上は、他の種族の血を混ぜても強くなるのには限度があるだろう。
ましてやアリの時とは違って、もう多産は無理だから、子孫繁栄もかなり時間をかけなければ目に見えた結果は出ないはずだ。
いや、単独でも出産できる天狐族ベースなら、増えやすいけどね。
もう、故郷じゃ弟妹や甥と姪が20匹以上いるし。
それはともかく、女王アリは今頃になって自身の変化に気付いたらしい。
『なんだ……これ……?
なんだ、これ──っ!?』
『今のあなたは、人間になってしまったのです。
だからもう、あなたは人間として生きていかなければなりません。
もうアリの時の常識は、通用しないのですよ?』
『そ……そんな……』
愕然としている女王アリ。
これから人間としての生き方模索していかなければならないのだから、大変だろうなぁ……。
と、思ったのだが──、
『ま、いいか。
取りあえず契ろうぞ!』
切り替え早っ!?
そして性欲優先!?
そうだよね……人間って一年中発情期だもんね……。
でもその人間だって、所構わずに致してしまう訳でもない。
こりゃ、奴隷契約を使ってでも、人間としての常識を女王アリに叩き込むのが先だな……。
あ……人間なら、まずは名前が必要か。
確かクジュラウスが女王アリのことを、「クオハデス」って呼んでいたな……。
『まず、これからあなたのことを、「クオ」と呼びます。
それでいいですよね?』
『クオ……名前か?
いいぞ、婿殿』
……うん、クオには私は婿じゃないというところも、言い聞かせないとな……。
というか、花婿的な意味合いで言っていると思うんだけど、その呼び方だと某『必殺』シリーズの姑さんを思い出すのでやめて。
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