プロローグ 影が行く
新章です。
私達は故郷の土地から旅立った。
見知らぬ異世界を、あてもなく放浪する旅だ。
『お姉ちゃん、あたし達、何処へ行くの?』
妹のシスが問う。
しかし私達の旅に、目的地は無い。
いや、この異世界の何処に何があるのかなんて、知らないしね。
人間の町とかがあるのなら、私が教えてほしいくらいだ。
ただ、方針はある。
『南に行くよ』
『南?
……確か方角ってやつ?』
『そう、自分がどちらに進めばいいのか、それを知る為の指針みたいなものだね。
基本的に南に行けば、気候が暖かいんだよ』
私達が生まれた土地の冬は、かなり厳しい。
だから南に行けば、越冬が楽になるだろう。
それに──、
『南に行けば、食べ物が豊富だと思うよ』
『ホント!?
わーい!』
シスは食いしん坊だから、こっちの方が嬉しいかな?
ただ、食物が増えるということは、それだけそこに棲息する生物も増えるということだ。
つまり危険な外敵も増える。
そこは気をつけていかなければならないね。
私達は南下していく。
いくつかの季節を越えて、ひたすらに。
その間、様々な魔物に出会った。
大抵は私が対処できる存在だったけど、中には強敵もいた。
『お姉ちゃん、変なのがいる』
シスが気付いたそれには、私も気付いていた。
木々の間に動くそれは、狼のように見える。
ただ、色が黒い。
体毛が黒いというよりは、影が立体化したような姿だ。
……犯……沢さんかな?
実際、臭いも感じないし、あれは普通の生物だとは思わない方がいいだろう。
『シス、あれは相手にしない方がいいね。
気付かれない内に、ここから立ち去るよ』
『はーい!』
しかし時既にお寿司……いや、遅し。
気がつくとあの影の狼は、いつの間にか私達のすぐ背後に移動していた。
『えっ……!?』
『危ない、シス!』
シスに襲いかかろうとした影の狼──影狼と呼称する。
私はそいつとシスの間に割り込み、前足で引っ掻こうとした。
しかし──、
『!?』
手応えが無い。
こいつ、本当に影そのものなのか……っ!?
じゃあ、物理が無理なら、魔法ならばどうだ!!
私は「狐火」を生み出し、影狼に向かって撃ち出した。
すると影狼は、それを嫌がるように逃げる。
やはり魔法は効くのか。
それとも──。
うおっ、影狼が夕方の影のように伸びた!?
こいつ、自由に形を変えられるってこと!?
伸びた影は、私の方に迫ってくる。
接近してくるってことは、物理的な攻撃をしようとしているってことだよね!?
実際影狼は、大きく顎を開いていた。
こちらからの物理攻撃は無効っぽいのに、狡いよっ!!
私は跳躍してそれを回避する。
『お姉ちゃん!』
シスが私を心配して叫ぶ。
でもそれほどの強敵だというのは事実だ。
少なくとも、シスでは勝てないだろう。
『シス、離れていて!』
取りあえずシスを安全な場所まで下がらせて、それから私が対処する。
そのつもりで影狼から目を離さずに、警戒していた……はずなのだが──、
『……消えた!?』
影狼は、忽然と姿を消してしまった。
そして次の瞬間、真下からの殺気を感じて、私は飛び跳ねる。
遅れて、影狼が私の影から飛び出す。
『やっぱり影の中を移動している!!』
う~ん、影なんてこんな森の中では、いたるところにあるぞ。
そのすべてに移動できるとしたら、これはちょっと厄介だ。
だけど──、
『影なら光に弱いはず!!』
私は魔法で閃光を生み出し、影狼へと浴びせかけた。
すると影狼は光を嫌がって逃げる。
先程の「狐火」を嫌がったのも、火や魔法が弱点という訳ではなく、火から生じた光を影狼は嫌がったのだろう。
よし、相手が怯んだ隙に──、
『シス、逃げるよ!!』
『うん!』
私達は全速力で走る。
その結果、なんとか影狼の追跡をまくことに成功した。
そしてその日の夜──。
夜の闇の中では、昼間以上に影狼の襲撃を警戒しなければならない。
そこでは私は、適度に広い場所を見つけ、そこの地面を土魔法で平らにならす。
で、光魔法で私達自身が光るようにして照らし続ければ、平らな地面には影ができず、影狼も入ってはこられないはずだ。
とは言え、魔法を使用したまま眠ることは難しいので、交替で眠ることにする。
しかし──、
『お姉ちゃん、眩しくて眠れないよぉ~』
最初に眠る番だったシスだが、なかなか寝付けずにいた。
『まあ我慢してよ。
そのうち慣れるから……たぶん』
『え~?』
光のおかげで私達は、影狼襲撃には怯えなくても良くなった。
だけど、夜とも言えない眩しさの中で眠ることを強いられ、これはなかなかのストレスだ。
さっさとあいつの生息地域から抜けだして、ぐっすりと眠りたいね……。
ところで、あの影を利用した術は、私にも使えるのかな?
使いこなせるようになれば、影狼に対しても何か有効な手が打てるかも……。
それとも光の魔法を極めるか?
そんな訳で私は眠れぬ夜の時間を、魔法の練習へと費やすことにする。
……結局その後も、影狼の襲撃は無かった。
どうやら我が光に、恐れをなしたようだ。
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