第七話 それぞれの思い
第七話 それぞれの思い
アレンとニーナは迷路のような道を歩き回った後、騒がしいところに出た。人々が無数の真っ赤な穴へ向かって石炭を放り投げている。温かい風がアレンの頬をかすめる。熱は穴から発生しているようだ。
「アレン。あそこ。」
ニーナの指差す方向を見ようとしたとき、目の前に交差した槍が現れた。アレンは驚き後退する。いつの間にか左右に一人ずつ鎧を着た兵士が居た。
「挑戦者よ。お前たちの来る場所では無い。速やかに去れ。」
「鎧って、暑くないの。」
二つの槍がニーナの目の前で交差する。彼女は小さく悲鳴をあげて後退した。
「早く行け。時間を無駄にするな。」
アレンとニーナはしぶしぶその場から離れた。遠ざかると触れる空気の温度は冷たくなっていく。彼は大きく息を吐いた。
「なんなんだよ、あいつら。邪魔しないんじゃなかったのか。それとも俺たちに見られちゃまずいものでもあるのか。」
「そのことなんだけど……。」
ニーナは立ち止まり、アレンを見ると来た道を見た。
「見たの。奥にある扉が開いて石炭を運ぶ男たちが入ってきたわ。あの扉の先は外よ。そうじゃなかったらあの扉から外へはそう遠くは無いわ。」
ニーナはアレンを見る。そのまなざしは真剣でアレンは目を逸らしそうになる。
「だって、石炭を運んでいるのよ。わざわざ長い距離を運んできているはず無いわ。」
アレンは通路の先を見た。だから、鎧を着た兵士が二人居たのか。挑戦者を通さないために。
「けど、それを知ったところで現状は変わらない。あそこを突破するには二人じゃ足りないよ。」
「二人じゃ、足りないわよね。ジェフが居れば良かっ……。」
アレンはニーナの言葉を最後まで聞かずに歩き出した。脳裏に浮かんだジェフの姿を無理矢理かき消す。ふと気が付くと、アレンは大声を出していたようだ。声が通路に反響する。
「行こう。ゲームが始まってから何も食べていない。体力が無くなったらそこでおしまいだ。」
アレンたちには時間が無いんだ。
王様は椅子に座り、本を読んでいた。ゲームで何かあればセバスチャンが来る。それに期待しているのだ。最下層最後の三人に。その時、勢い良く扉が開かれた。セバスチャンが部屋に入ってきたのだ。
「王様。大変です。」
「なんだ。また掃除が大変なのか。」
王様はセバスチャンを見ずに本を読み続ける。特に驚いていないのだ。ゲームの駒にルークを選んだ時点で部屋が汚れることは知っていた。今回も派手にやったのだろう。ルークは挑戦者に容赦しない。ヒューゴやジュダも同様だ。
王様はページをめくる。ふと顔を上げると、セバスチャンは王様を見ながら慌てている。。
「そ、掃除は必要ですが。三人のうち二人に最下層を突破されました。」
王様は考える。三人のうち二人も残ってしまったのか。死んだ奴はルークに当たった運の悪い奴だろう。さて、どうしたものか。
「城の人間には再度部屋から出ないように言っておいてくれ。それと、挑戦者にエレベーターを使われるのも面倒だ。専用以外は止めておけ。」
セバスチャンは返事をすると部屋を出て行こうとした。それを王様が止めにかかる。まだ何か足りないような気がした。
王様は何も言わず天井を見上げる。最悪の場合を考えて次の手を打っておくべきかもしれない。
「ハウエルを呼んで来てくれ。」
セバスチャンは王様の言葉を理解すると返事をしながら急いで部屋を出ていった。
王様は机に本を置くと、表紙を人差し指で軽く叩く。
挑戦者よ。どのような手を使ってでもこの城から出さない。出さないからな。
アメリアは柔らかいベッドの上に座っていた。朝早くに感じた気持ち悪さはいつの間にか消えていた。部屋でおとなしくしていたからかもしれない。
ドアが開けられる音。その音にアメリアは立ち上がり部屋の扉を見た。入ってきたのはエドガーであった。いつも以上に丁寧にドアを閉めている。それは、今がゲーム中だからだ。下手に大きな音を立てると城内の者が警戒する。それが身内が発生させた音だとしてもだ。しかし、ゲームを行っている側がドアの音にまで気を使わなくてはならないとは面倒だと思う。
「大丈夫ですかアメリア様。」
エドガーは心配そうにアメリアを見ている。何時もの事だから仕方が無い。彼自身も心配というよりは毎日の仕事として来ている様に見えた。
「大丈夫よ。」
アメリアは部屋に置いてあるテーブルに座る。テーブルには幾つかの本があり、彼女はその一つを開いた。
「何かあったら呼んで。一人で大丈夫だから。」
アメリアは目の前にある本を見ながらエドガーへ言った。もうエドガーに用は無い。
「失礼します。」
直後ドアが開け閉めする音がする。再び部屋にはアメリア一人となった。すぐに彼女はため息をつきながら本を閉じる。ベッドへ寝転がると仰向けになった。ゲームの間は無闇に外に出られない。会った人全員に「部屋に居てください。」と言われるからだ。気軽に外の空気も吸いにいけない。
そこでアメリアは考え方を変えてみた。ゲーム中なので城内を歩いている者は少ない。見つかったら部屋に居るようにと言われる。だとしたら、見付からなければ良いのだ。ゲーム中なので城内で他の者に出くわすことも少ないだろう。
「抜け出しちゃおうかな。」
こんな部屋にずっと閉じこもっていては気分が悪くなる。朝起きたとき気持ち悪かったのは部屋に閉じこもっていたためだろうと考えた。城内の他の者に見付からなければ良いのだ。
アメリアは食事の後、エドガーが部屋から離れていくのを確認するとクローゼットの中から剣を取り出した。これは、アメリアのお母さんが持っていたものだ。王様に渡るのが嫌で貰った。使い道なんて無いのでクローゼットの中で眠りについていたのだ。
アメリアは剣を身に着けるとそっと扉を開く。彼女は通路に誰も居ないことを確認すると部屋を出て歩き出した。