第五話 三者三様
第五話 三者三様
目覚まし時計が鳴り始める。ハンマーで鐘を叩いているためか大きな音だ。王様は目覚まし時計を止めるとベッドから起き上がった。彼が居る部屋に自然な光など無い。存在するのは人工的な光のみ。部屋の外から漏れる光を頼りに部屋の明かりを付ける。
王様は眠気を追い払うと身支度をして広間へ向かった。城内は静かだ。そういえばゲームはどうなっているかと気になる。セバスチャンに何かあったらすぐに連絡するよう伝えてあるから大丈夫だろう。彼は扉を開けて広間へ入った。何も言わずに席に着く。すぐに料理が出てくるわけではない。この待たされる時間もまた良いのだ。今日すべきことを整理していると料理が来る。テーブルの反対側にアメリアの姿は無い。今日も一人だ。以前は特に気にならなかったが、最近は寂しくなってきた。彼自身歳かと考える。
「王様、おうさま。」
王様が食事をしていると、勢い良く広間の扉が開かれた。入ってきたのはセバスチャン。なんだ騒がしいと王様はセバスチャンを無言で見た。セバスチャンはそんな王様の気持ちが分かるためか、視線が合うと遠慮がちになる。
「お食事中失礼します。挑戦者たちが最下層前半を越えました。いかが致しましょうか。」
王様はセバスチャンの報告を聞きながら食事を続ける。ナプキンで口に付いた汚れをふき取ると席を立った。
「奴らを叩き起こせ。最下層を突破されるのは面白くない。」
王様は歩きながらセバスチャンに告げる。面白いのは最下層のみだ。下層はそれ以上の層と同じ作り。挑戦者が迷わずに出口を探し出したらおしまいだ。簡単に脱出されては面白くない。だったらすべきことをするだけだ。
「念のため警備隊にも伝えておけ。城が止まってからでは困るからな。」
下層には城を動かす大切な設備がある。対策はあるが、下手に襲われては面倒だ。それともう一箇所に大切な場所があるが、彼らが何か出来るわけでは無いので大丈夫だろう。
王様は自室に戻ると机の中から三つの資料を取り出して並べた。この資料には今回挑戦者たちを担当する三人の情報が記載されている。このゲームが面白くなるかつまらなくなるかは彼らの腕にかかっている。そこへ挑戦者三人の資料を広げて置く。
「さてと、誰と誰が当たるか楽しみだ。」
王様は各資料に人差し指で触れていく。カードは決まった。
あとは組み合わせだけだ。
アメリアは目覚める。ベッドに座り、頭を抱えた。気持ち悪い。得体の知れない何かを吐き出しそうだ。ふと、一ヶ月前も同様のことがあったことを思い出す。理由はわからない。何故かベッドから起きると気持ち悪くなっている。時計を見ればいつも食事する時刻をとっくに過ぎていた。エドガーが呼びに来るはずだが、眠っていたのでそのままにしたのかもしれない。
アメリアは鏡の前で髪型を整えると部屋を出て広間へと向かった。城内は何時もより静かだ。彼女は大きく息を吸い込みながら歩く。
アメリアが広間に入るとテーブルの上に置かれた食器を給仕が片付けているところだった。ほんの少し前まで王様が食事をしていたということだろう。アメリアは何も言わず席に着く。しばらくすれば食事が来る。その間彼女以外音を発する者が居ない。静かな朝。アメリアだけの朝。
アメリアが食事を終えて広間を出るとエドガーが現れた。彼女は起こさなかった理由を聞かされて何度か頷く。しかし、それ以上に聞きたいことがあった。
「そういえば、ゲームはどうなっているの。」
エドガーの情報によれば誰も脱落していないそうだ。ゲームが始まって間もないのだからそうだろう。ゲームの詳細は知らないが、さぞかし大変なのだろうと思った。
アメリアは過去に見た挑戦者を思い出した。物体と化した人間だったもの。特に何も無く城の者に撤去される物。彼女が見てはいけないモノ。ゲームの敗者が見る末路、傷だらけの体、漂う血の臭い。そこに至る前に何かがあったのだろう。挑戦者が死に近づく何かが。
アメリアは出来るだけ部屋から出ないようにとエドガーに念を押され、自分の部屋に戻った。
アメリアはベッドに飛び込む。衝撃を受け止め、彼女の体を優しく包み込む。それでも、行動が制限された現状は精神的に息苦しい。
このゲームで得するのは一体誰なんだろうか。
アレンたちが開けた扉の先は騒がしい部屋だった。複数の巨大な歯車が壁からせり出している。それらが他の大小の歯車を回し、また別の歯車を回している。
見る限り、前方は機械ばかりで道は見えない。後方を見れば先ほど居た部屋。
アレンは一人歩き出す。どこかに次へ続く道があるはずだ。温まった空気が頬をかすめる。熱を発する機械がこの部屋の何処かにあるのだろう。部屋の端まで歩くアレン。彼は呼び止める声に立ち止まった。
「ねえ、ここって上に登るんじゃない。」
アレンはニーナの声で見上げる。機械よりも上の位置が明かりで照らされている。つまり、ここから上に登れということだろう。しかし、何処から登れというのだ。
「どこかに登れる場所があるだろ。」
アレンたちはそれぞれ登れそうな所を探す。すると、忙しなく動き続ける機械の間に上に通じる梯子があった。
アレンたちは梯子を登り始める。階段状に梯子が配置されているようだ。アレンが二つ目の梯子を登っているとき、これなら簡単に登れそうだと思った。しかし、彼が梯子を登り切ったとき、その考えがもろくも崩れ去る光景が目の前に現れた。梯子の付いていない壁が目の前にある。次の梯子が無いのだ。壁の終りはまだ遠く、その壁は掴めるところが無い。
「どうするのよ。梯子が終わっているじゃないの。」
背後からニーナの声が聞こえる。進もうにも前に進めない。アレンは周りを見る。ここから壁を越える方法は、一つしかない。
「機械の中を進めってことか。」
残りは真横で動いている機械の中を進むしかなかった。機械の一部が壁を越えた高さにある。機械の中を進めば壁は越えられるだろう。しかし、そこまで到達できるだろうか。
容赦なく回り続ける歯車が目の前に見えた。アレンは噛み合わさる歯車を見て、歯車に押しつぶされた自分を想像する。
「本気かよ。人間が歩ける場所じゃ……。」
「他に道は無いんだ。前に進むしかないだろ。」
ジェフがアレンの真横まで梯子を登ってくる。ジェフはアレンを見た。
「俺は行くからな。」
ジェフの目は本気だった。ジェフは次の瞬間、機械の中へ飛び込んだ。
アレンは声を出すことも出来ずその光景を見る。歯車に飲み込まれそうになると、下から小さく叫ぶ声が聞こえた。それでもジェフはなんとか前に進んでいる。
ジェフは安全なところに到達すると、次にニーナが来るよう合図した。彼女もためらわず機械の中に飛び込む。足取りにひやひやしたが無事にジェフの居る場所に到達した。
歯車が動き続ける中でジェフとニーナがアレンへ合図する。もう、アレンしか残っていない。
アレンは再度目の前で絶え間なく動き続ける機械を見た。目の前に存在する機械が自分の体を飲み込むと思うと怖くなる。彼は足が震えてしゃがみ込んだ。機械音の合間に微かに聞こえてくる声。ジェフとニーナの声だろう。先に行かずに待っているのだ。アレンを待っているのだ。アレンは目を瞑って大きく深呼吸をした。前に進まなければ生き残れない。
「もう、どうにでもなれよ。」
機械を睨むアレン。彼は足に力を込めて立ち上がる。半ば諦め気味の声が身体の中に響く。
「どうにでも、なれってんだよ。」
アレンは自ら発した声に弾かれて機械の中へ飛び込んだ。