第四話 人のかたち
第四話 人のかたち
アレンは重い扉を開く。目の前に階段があった。壁がせまってきた部屋から二部屋進んだらこの場所だ。この階はこれだけしかないということだろうか。背後を見ればジェフが部屋の中にある装置を見ている。
「なんで俺たちがパズル解かなきゃならないんだよ。」
ジェフは部屋の中央にある装置を蹴り上げた。アレンとニーナは無言で彼を置いて部屋を出る。彼は怒る立場には居ない。怒りたいのはアレンのほうだった。
アレンはニーナを連れて階段を上り始める。すると、ジェフが勢い良く扉を開けて出てきた。
「おい、勝手に先に行くなよ。置いていく気か。」
ジェフは先ほどの怒りがまだ残っているようで語気が強い。
「先に進まなければ出られないわよ。もたもたしてないで早く行くの。」
ジェフが何か言いそうになるが黙りこむ。今は先に進まなければいけないのだ。
階段を上った先には扉。この先にまた何かあるのだろうか。下を見れば左下に先ほど居た部屋の扉が見える。
アレンはゆっくりと扉を開ける。中は暗い。完全に扉が開くと中に明かりが灯った。部屋は広く、先ほどまで居た部屋の倍はありそうだ。ただ部屋を連結したような形ではなく左右にも広がりがある。しかし、部屋には何も無い。部屋の中心に円形のマークがあることと反対側の壁の左端に扉があるだけ。
「なんなのこの広い部屋は。」
アレンが部屋に入ると続いてニーナが入る。アレンは背中に軽い衝撃を受ける。前のめりになりながらも振り返ると、ジェフが二人の間に陣取っていた。
「早いんだよ。置いてくな。」
ジェフは二人に言うと部屋の中心に向かって歩き出す。
「ねえ。あの扉の先ってさ。部屋無いんじゃないかな。」
ニーナの言葉にアレンは反応する。その姿にニーナは驚いている。
「いや、だって。下の階はさっきの変な部屋と何も無かった部屋の二つでしょ。ここは二つ分の部屋の大きさがあるわ。だとしたらこの先にあるのは……。」
アレンはニーナの言いたいことがわかった。この部屋を出ると先ほど壁がせり出してきた部屋の上に出るということだ。しかし、それがなんだというのだ。入り口と出口は一つずつ。前に進むしかないんだ。
「けっ。なんも無いじゃんかよ。」
部屋の中央ではジェフが辺りを見渡している。おかしいぐらいに何も無い。ここも下の階にあった何も無い部屋なのだろうか。アレンはそう思いつつ歩き出そうとした時、ふいにジェフの身体が床に埋もれたように見えた。
「こっちに来るな。なんか変だ。」
ジェフはアレンたちの所に走ってくる。彼の背後に出現する突起物。その突起物は回転しながら天井に伸びていく。伸び続ける突起物、これは塔だ。塔は天井に付くかと思いきやなかなか付かない。アレンは気が付いた。天井も一緒に高くなっているのだ。
「な、なんだよこれ。」
塔の表面にはチェーンに繋がれた鉄球が綺麗に収納されている。アレンの背筋に冷たいものが走った。
「駄目だ。逃げよう。」
アレンは走り出す。回転する塔を避けて出口の扉に手をかけた。しかし、どうやっても開かない。ふと、扉を見たときアレンはゆっくりと後退した。
「嘘だろ。そん……。」
アレンはわき腹に強い衝撃を受けて床に転がる。見上げた塔は沢山の鉄球を振り回していた。視界の端でニーナとジェフが駆け寄ってくることがわかる。なんとか立ち上がると目の前の塔を見上げた。
「ねえ、大丈夫なの。」
アレンは声をかけるニーナをよそに塔の天辺を指差した。
「この部屋を出るには塔の天辺にあるボタンを押さなきゃ、いけないらしい。」
搾り出した声は自分の中に響いているように聞こえた。指差した塔の下位部分には鉄球がランダム配置されている。下手に触ったら骨が砕かれそうだ。塔の上位部分は何も無い。いや、見えないだけで何かあるのかもしれない。
「登らなきゃ。」
アレンは回転する塔に向かって歩き出す。それを制止するジェフ。無言で塔に近づくその姿は何故だか格好良く見えた。
ジェフは塔に手を差し出す。驚く間も無くジェフは塔とともに回転を始めた。信じがたいがジェフの手が鉄球に張り付いているのだ。回転しているために良く見えないが少しずつ塔の中心に近づいているように見える。
「アレン。あなたも行ったら。」
ニーナはアレンに語りかける。それはジェフ一人では心配なためだろうか。アレンは塔にゆっくりと近づく。ジェフは塔に張り付いたようだ。しかし、天辺まではまだ遠い。
「やるしかないな。誰かがボタンを押さなきゃ駄目なんだから。」
アレンは回転する鉄球の軌道上に手を出した。直後手に加わる力。手は鉄球に弾かれて痛手を負っただけだ。ジェフはどうやって鉄球に掴まったのだろうか。
「鉄球に身を任せるのよ。」
アレンはニーナの声に素早く振り返る。何か言おうとしたがニーナは塔を指差すだけだ。早く行きなさいということだろうか。
再度アレンは回転する塔を見る。鉄球に身を任せる。つまり、無駄な力は加えないということか。覚悟を決めると再度手を出した。力を抜いて鉄球を待つ。
直後ぶつかった鉄球はアレンを身体ごと巻き込み回転をはじめた。アレンは鉄球に触る手を見る。先ほどよりも低衝撃でここまで来ることが出来た。しかし、鉄球に触る手が滑り出す。このままでは落ちる。アレンはとっさに反対の手でチェーンを掴む。途端に手が鉄球から滑り落ちた。チェーンを掴んでいなかったら遠心力で周りの壁に放り投げられていたかもしれない。
「しっかり掴まらないと落ちるわよ。」
どこからか声が聞こえてくる。アレンはその声を背にチェーンを掴んで塔の中心に向かう。
塔本体に手をかけたとき、真上にジェフが居る事に気がついた。その傍の塔の表面から塔の一部がせり出してくる。やはり何かあったようだ。アレンは塔にしがみつくと登りはじめた。頭上ではジェフが飛び出す塔の一部に苦戦している。せり出す塔の一部は掴む場所や足場を消滅させる。両手両足四つの内二つが同時に塔から離れたらおしまいだろう。
「大丈夫ですか。」
アレンはジェフに問いかける。しかし、ジェフににらみ返された。
「暇があるなら早く登ってボタン押せ。」
ジェフが塔に手をかけたとき、彼の両手が塔から離れてしまう。
「そりゃねぇぜ。」
ジェフは両足でふんばるもバランスを崩してのけぞる。このままでは鉄球の真上に落ちると分かったとき、アレンはジェフに向かって手を出していた。アレンはどうにかジェフの手を掴むことが出来た。ジェフはアレンを見るが会話をする暇も無いと理解しているため、すぐに自分の体勢を整える。アレンもジェフが大丈夫なことを確認すると再度塔を登り始めた。ランダムに飛び出す塔の一部は二人の身体を攻撃する。それでも落ちたら死が見えるので落ちられない。
アレンは何度攻撃されようと天辺へ向かって登った。あとちょっとで天辺に届く。
「アレン。早く押せ。」
ジェフの声が聞こえる。アレンは手を伸ばして天辺を掴んだ。身体を引き寄せて天辺を見る。天辺はくぼみがあり、その中心に丸いこぶのようなものがあった。他にボタンらしきものは見当たらないのでこれがボタンだろう。
「早く押せってんだよ。」
アレンはジェフの声に押されるようにこぶを思いっきり叩いた。こぶは塔の中に沈みこみ、塔の回転速度が少しずつ遅くなっていく。やがて、塔の回転とともに塔は元の床下へと戻り始めた。アレンとジェフは塔が適当な高さになると飛び降りる。塔は消え去り、再び床が現れた。直後、金属音がする。
アレンは出口の扉に手をかけた。すると、今度は開いたのだ。先ほどの金属音は鍵が解かれた音だったようだ。振り返ればジェフとニーナがこちらを見ている。
「ありがとうよ。助かったよ。」
ジェフはそこで目を一度そらすと再度アレンを見た。
「それと、さっきはすまなかった。協力無しじゃ進めそうに無い。」
アレンは手を出す。その手を掴むジェフ。今後一緒に行動する上で支障ない関係になれたかもしれない。
「さっさと次に行きましょうよ。」
ニーナは二人をよそに扉を開ける。特に何もしていないから元気だ。ジェフが止めようとするが関係なく扉の向こうに消えてしまった。アレンとジェフもその後を追う。
ニーナの言った通りだった。ここは壁がせり出してきた部屋だ。足元はせり出してきた壁。壁にあった複数の扉はこのためだったのか。
「さてと、次は何が出てくるんかな。」
ジェフは座りだす。アレンもその場に座った。先ほどの塔攻略で身体が痛い。少しでも休みたい。ふと、壁についている扉の一つがゆっくりと開く。扉の隙間に何か見える。アレンは素早く立ち上がった。
扉から落ちてくる布にくるまれた大きめの何か。音も無く床に落ちる。ジェフやニーナも異変に気が付いたらしく布でくるまれた何かを凝視した。
布にくるまれた何かは動き出す。人と同じほどの身長になり、布は払われた。中から現れたのは金属で出来た人の形をしたもの。それは各関節を滑らかに動かす様を確認すると、いきなり甲高い音を立てた。頭上に白い煙が出る。その姿にアレンは怯えて後退した。
「何故だよ。誰も邪魔はしないし、危害も加えないって言ってたぞ。」
アレンは刑務所に連れて行こうとした男の言葉を思い出した。確かに誰も邪魔はしないと言ったのだ。だとしたら今目の前にあるものは何だ。
「まぁ、こいつがそれに当てはまるかどうかは謎だな。人間じゃなさそうだし。」
金属で出来た人型ロボットと言い表すべきか。布を被って身体を隠せば人間にも見えそうだ。
この部屋は一度通った部屋。今出入りできるのは今入ってきた扉だけ。壁にあるほかの扉までは高さがある。相手を倒したら何か起こるのだろうか。
「とにかくやるしかないな。」
ジェフの声でアレンも構えた。直後、機械音が辺りに響く。この部屋に最初に来たときにも聞いた音だ。アレンは嫌な予感がした。
「壁がせり出してきたわ。」
せり出してきた壁は直角三角形で斜めの部分はぎざぎざがある。ロボットを見ればせり出してきた壁に器用に乗っていた。本当に人間では無いのだろうか。
「早く上って来い。押しつぶされるぞ。」
ジェフやニーナはせり出してきた壁に乗っている。アレンも壁に乗ろうとしたとき、ロボットが襲ってきた。金属で出来た拳が振り下ろされる。アレンはかわして壁の上に居る二人の元へ駆け寄った。
「なんなんだよこいつは。まるで人間みた……。」
ロボットはジェフが言い終わる前に次の攻撃をはじめた。両側の壁は次の壁をせり出し始めている。
アレンはロボットの攻撃を腕で受け止めた。相手の材質が固いためか骨に響く痛さを味わう。これでは防御をしている暇は無い。だったら攻撃するしかない。
「硬すぎる。腕じゃなくて足を使うんだ。」
アレンたちは壁に登りながらロボットを蹴り飛ばした。腕では硬すぎて危ない。だったら蹴るしかないのだ。
「どうやったら止まるんだよ。」
ジェフが回し蹴りをロボットの首部分に当てる。ジェフは足を押さえるが、相手も衝撃でよろめく。すかさずアレンが追い討ちをかけた。顔面を蹴り飛ばす。情けなど無い。勢い良く蹴ったロボットは床となった壁の上に倒れる。よろよろと立ち上がるも、両側からせり出した壁に押しつぶされた。
「やった。倒し……。」
ニーナの口はあんぐりとあいたままになった。同じ高さにある扉から先ほどと同じロボットが二体出てきたのだ。
「なんなんだよこいつら。」
迫り来る壁、高さを増す床、扉の高さになると追加される無言のロボットたち。いつの間にか壁のせり出す間隔も短くなっていた。
アレンは迫り来る壁に気をつけながらロボットを蹴り飛ばす。何度も蹴っているためか足が痛い。
「幾つ出てくるのよ。」
高さを増すごとに増えるロボットはアレンたちの力では太刀打ちできなくなっていた。
「転ばせるんだ。立ち上がるところを蹴り飛ばせ。」
ジェフの声が聞こえる。もはや回し蹴りをする力も無く、体力を使わずにいかにしてロボットを倒すかに切り替わっていた。アレンは迫り来る壁に向かってロボットを蹴り飛ばした。
せり出す壁が無くなったとき、その上には一体のロボットが残っていた。アレンたちは相当疲れており、息が荒くなっていた。それでも止められない。疲れを知らないロボットはアレンたちに迫って来る。
「三対一を忘れんな。」
ジェフが飛び出す。彼はロボットを正面から捕まえた。どうにか床に倒そうとするが抵抗するためにうまく出来ない。
アレンはロボットの足に攻撃を加える。敵を床に倒したいなら足から全体のバランスを崩すのが良い。ロボットは頭と足で力の加わる方向が違ったためかすぐに床に倒れこんだ。そこへ手の空いていたニーナが追い討ちをかける。目の前で挙動がおかしくなっていくロボット。その姿は人間ではないものの、生き物であるように思えた。生き物を殺す罪悪感を払いながら夢中で攻撃する。
気が付けば目の前には無残な姿となったロボットが一体。身体のどこからか黒い煙を吐き出している。アレンは何かと思ったとき、すぐに咳き込んだ。何度か大きな咳をする。
「これって、石炭だわ。」
ニーナが鼻と口を服で覆いながらロボットを見ている。煙の出所は人間で言う内蔵があるあたりだ。そこに石炭がある。見た目は真っ黒い石だ。それを燃やすと燃料になる。
「こんなものを使っていてなんで煙が出なかったんだよ。」
ジェフは石炭一つを熱そうに床に転がす。黒い煙が天井へ昇る。気が付かないだけで、他のロボットも破壊したときに煙が出ていたのかもしれない。この黒い煙は一体目に見た白い煙と何か関係があるのだろうか。そう考えるアレンの鼻に煙が入る。咳き込む中でここに長居するのは身体に悪いと思った。
「もう行こう。次が何だってここには居られないよ。」
せり出してきた壁がすべて床になった今、部屋の外へ通じる扉は一つだけだ。アレンは何としてでも早くまともな空気を吸おうと扉に手をかけた。背後からジェフの声が聞こえたが構わず開ける。すぐに次の部屋に入り込み大きく息を吸った。空気は良いとは言えないがさっきの部屋よりは良さそうだ。
「扉を閉めなきゃ煙が入ってきちゃうわよ。」
ニーナとジェフも扉を閉めて入ってくる。新しく入った部屋は明かりが無く、どこからか淡い光で照らされている。光を追えば梯子の先、今居るところよりも上の階に光が見えた。目に見える光すべてが人工的な光だ。城外まではまだありそうだ。
「はっ、ははは。城の外までどんだけあるか見当も付かないぜ。」
ジェフは力なく座り込む。先ほどのロボットを倒したからといって何も変わらないのかもしれない。アレンやニーナも無言でその場に座り込む。
みんな何も言わない。何か言えるほどの気力はもう残って居ないのだ。
この道はどこまで続いているのだろうか。