第三話 三人の挑戦者
第三話 三人の挑戦者
アレンは暗闇の中。ゆっくりと目を開けると、首筋に何か変なものが付いている感触がある。それはゆっくりと移動している。首筋を動く何か。アレンはそれが何であるか分かったとき、悲鳴を上げながら飛び起きた。慌てて首や身体に付いた得体の知れない小さな何かを払う。薄明かりの中で動く何かは虫だった。彼は身震いする。
「あん。なんだ。」
背後から間抜けな声が聞こえてくる。振り向けば暗がりに見知らぬ男が一人居た。眠そうに目を擦っている。その姿にアレンは身構える。
「だ、誰だあんた。あんたもゲームの挑戦者か。」
男は何も言わず立ち上がる。アレンよりも身長が高く体つきも良い。
「そうだ。そうじゃなきゃここに居ないだろ。俺はジェフだ。よろしく。」
アレンは反射的に自分の名前を言う。ジェフは握手を求めてきた。アレンはジェフの手を見て一歩下がる。その姿を見たジェフは参ったという風に両手を上げた。
「俺たちは殺しあうわけじゃないんだ。心配するな。」
アレンはジェフの言葉で恐る恐る手を伸ばす。ジェフはアレンの手を掴んで握手した。お互い手を離すとジェフは歩き出す。
「とりあえずこの牢屋から出るぞ。」
アレンはすぐに周りを見渡した。暗いためか先ほどまで気が付かなかったが、ここは牢屋だ。鉄格子の扉は閉まっている。ジェフは扉を掴んでいるが動かない。みるみる顔が変形していく。ジェフのうなり声が辺りに響くが扉は動かない。
「気持ち悪いわね。獣みたいな声出さないでくれる。」
どこからか女性の声が聞こえてくる。アレンはすぐに鉄格子に顔を付けて通路を見た。
「誰ですか。何処に居るんですか。」
今ここに居るということは彼女もゲームの挑戦者ということだろう。しかし、何処にいるかわからない。
「声からして若そうね。私はニーナ。よろしくね。」
アレンの言葉に反応するように声が聞こえた。ニーナも牢屋の中ということだろう。さて、どうやって出るのだろうか。
「おい、あそこに鍵があるじゃねえか。」
ジェフは通路を指差す。そこには鍵の束があった。アレンとジェフは鍵を手に入れようと必死に手を伸ばす。二人とも無意識にうなっていた。
「あんたたち何やってんの。」
ニーナの声が聞こえてくるが、どちらも反応する気がしない。アレンは鉄格子を離れて辺りを見る。すると、牢屋の隅に白い棒状のものが見えた。アレンは棒を拾って鉄格子から鍵に向けて伸ばす。そのとき、通路の明かりによって手に持った棒が何なのか分かった。これは人の骨だ。
アレンは骨に驚き手から落としてしまう。彼は鉄格子から離れて骨を見た。汚れているが確かに人の骨だ。
「情けないな。そんなんじゃ出られないぞ。」
ジェフはアレンが落とした骨を拾って鍵の落ちているところに伸ばす。距離は十分で難なく鍵を拾うことが出来た。ジェフはすぐに扉の鍵を探して開けた。アレンは何も出来ずその姿を見つめる。
「ほら、行くぞ。鍵が開けばここに用は無い。」
ジェフは鍵を持ったまま牢屋を出て歩き出した。
「ねえ、ちょっと。私もここから出してよ。ねえったら。」
背後からニーナの声が聞こえる。そういえば忘れていた。アレンはジェフから鍵を取るとニーナが居るだろう牢屋へ向かった。背後からジェフの声が聞こえたが聴こえなかったことにする。
先ほどまで声しか聞こえなかったニーナは今アレンの目の前に姿を現した。長髪の髪は暗がりでも明るく目立っている。歳は確実にアレンよりも上だ。
「あなたがさっきの子ね。悪いけどここから出して。」
ニーナはアレンの持つ鍵束を見る。
「おい、そんな奴置いていけばいいんだよ。勝手にさせれば良いだろ。」
振り向けばジェフがアレンの鍵束を奪おうとする。アレンはジェフから逃れるように鍵束をニーナのほうに投げた。
「だったらあんただけで行けば良いだろ。」
ジェフは怒っているようだが一歩も動かない。ジェフ自身理解しているのだ。この先に一人で行かないほうが良いと。
ニーナを見れば鍵束から自分の牢屋の鍵を引き当てていた。すぐに扉が開く。
「ありがとね。」
ニーナはアレンの肩に手を置いて囁く。ニーナは年上のお姉さまといった感じだ。アレンはニーナから鍵束を受け取る。沢山の鍵がある以上、今後何処かで使うかもしれない。
「けっ。しょうがねえな。行くぞ。」
ジェフは目の前に続く石造りの通路を歩き出した。ジェフに続いて二人も歩き出す。
「はじめまして。アレンって言います。前の人はジェフです。」
アレンはニーナに自己紹介をした。
「勝手に自己紹介すんな。」
ジェフは歩く速度を上げる。アレンは一緒に行動するなら名前ぐらいは必要だと反論した。
「名前なんて記号だ。記号なんだよ。」
アレンはジェフの言葉が気になったがそれ以上は言わないことにした。通路の両側には明かりがある。その中を進みながらふと他の二人の罪を聞きたくなった。自分は万引きでここまで来てしまった。二人はそれぞれなんの罪でここにいるのだろうか。アレンはまず並んで歩いているニーナに聞いてみた。
「私はこの国で泥棒やってたの。運悪く掴まっちゃってね。黙って刑務所に居るのもなんだし参加したわけ。あなたは。」
アレンは自分の罪を告げた。すると、ジェフとニーナは笑い出してしまった。泥棒と万引きはやっている事はあまり変わらないが数の違いがある。二人はたった一回で掴まったアレンを笑っているのだろう。運の悪い事だよ本当に。
「そうか。俺は人を殺しちまってね。結果今ここに居るんだ。」
ジェフはひとりでに喋りだす。その言葉にアレンとニーナは立ち止まった。ジェフは何歩か進んだ後に気が付いて振り返る。
「なんだ。お前らは殺さないから大丈夫だ。殺して得することなんて無いだろう。」
ジェフは再び歩き出す。得する状態になったら殺すのだろうか。ジェフとの間に溝が出来たような気がした。
歩き続けると地面が照らされた広い場所に出た。火の光では無い。これは月の光だ。見上げたアレンは言葉を失った。月に照らされた建物はこれまで見たどの建物よりも高い。遥か上空に見える建物の天井。どうやってそこまで到達しろというのだ。
「高いなこりゃ。この城どれだけでかいんだ。」
三人は遥か高さに見える天井を見つめる。ゆっくりと絶望が心を満たそうとする。しかし、このままここに居ても何も始まらないし終わらない。やるしかないんだ。
「行きましょう。」
アレンは一人歩き出す。背後から聞こえる声で二人とも付いてきていることは確認できた。
途中で分かれ道がいくつかあったが、片方の道を進んだ先には牢屋があるだけだ。この階は牢屋しかないのかもしれない。
暗い道を抜けて再び広い場所に出た。今度は沢山の明かりが壁につけられている。天井は高いようだ。入ってきた側の反対の壁には複数の扉が見える。しかし、今から入れる扉は一つだけで他は高いところにある。何故あんな場所にあるのだろうか。
「行けるところに行くしかないだろ。」
ジェフは反対側の扉へ向かって歩き出す。アレンとニーナが部屋の中心に向かって歩き出したとき、どこからか機械の動く音が聴こえてきた。アレンは立ち止まり周りを素早く見る。見える範囲で変化は無い。アレンが再び歩き出そうとしたとき、鈍い音とともに部屋が揺れ始めた。
「どうした。何が起きたんだ。」
三人とも周りを見るが何が起きているのか分からない。石が擦れあう音が聴こえてくる。
「壁が動いているわ。」
ニーナの声に両側の壁を見れば、三人が居る階の壁がせり出してきている。このままでは押しつぶされてしまう。
「長居は無用だな。行くぞ。」
ジェフは扉へ向かって走り出す。戻っても何も無い。ならば先に進むしかないのだ。二人もジェフを追って走り出した。
ジェフが扉に手をかける。鍵はかかっておらずすんなり開いた。アレンが両側の壁を見ればもう移動できる範囲が狭くなってきている。このままでは挟まれる。ジェフが入ると扉はしまった。
「ちょっと待て。」
アレンは扉を掴んで開く。彼が扉を支えた状態で先にニーナが入った。アレンも入ろうとしたとき、扉を押される感覚を覚える。見れば目の前に壁がある。アレンはとっさに部屋に入り込んだ。しかし、タイミングが遅かったためか扉が襲ってくる。アレンは勢い良く閉まる扉に弾かれて部屋の中に転がった。直後背後で大きな音がする。せり出した壁同士がぶつかったのだろう。
「大丈夫、アレン。」
すぐにニーナが来てアレンを抱える。アレンは背中に強い衝撃を受けたためか上手く呼吸ができない。なんとか声を絞り出そうとするだけだ。呼吸をしようにも上手く肺が動いてくれない。背中は痛いし呼吸はできないし苦しい限りだ。このまま死ぬのかと考えたとき、なんとか呼吸が出来るようになった。ニーナは「良かった。」と言っているが、アレンは反応する余裕が無い。
ニーナは部屋を見渡すとある方向を見ながら言った。
「この部屋は何も無いみたい。アレンが回復するまで休みましょう。」
ため息が聞こえてくるが、ニーナは「大丈夫よ。心配しないで。」とアレンに優しく言った。