最終話 メカニカルキングダム
最終話 メカニカルキングダム
アメリアは兵士たちと対峙する。兵士たちの中にざわめきが起こる。その中でみんな弓を下ろしていた。
「大丈夫か。おい、しっかりしろ。」
ニーナはアレンの呼びかけになんとか反応している。身体に刺さった矢。痛々しいことこの上ない。
再びの悲鳴。アレンがニーナから矢を抜いたのだ。
「ちょっと。大丈夫なの。」
アメリアは背後に居るアレンに言う。こういう場合は抜いてしまっていいのだろうか。悪化するような気が……。
「ふふふ、罪ってこんなに重いんだね。いままで知らなかった。」
「ニーナ。しっかりしろ。」
アメリアはアレンが兵士たちを見ているのがわかった。アレンが立ち上がる。
「助けてくれよ。なぁ、頼むよ。」
アメリアは兵士に向かって歩き出すアレンを止めた。兵士たちは笑っている。
「あいつらが助けてくれるわけないでしょ。」
背後から悲鳴が聞こえる。ニーナが苦しんでいるのだ。
「ニーナ、ニーナ。おい、大丈夫か。」
アメリアが再び兵士のほうに意識を向けると、兵士たちの中から一人の男が現れた。兵士たちの長だろうか。
「私はハウエルと申します。」
ハウエルは深々と頭を下げる。
「王女様。貴女を傷つけたくはありません。速やかに城内へお戻りください。」
アメリアはハウエルを睨み、周りに居る兵士たちを睨んだ。
「あなたたち何をしているの。二人は城から出たのよ。なんで攻撃するのよ。」
ハウエルが何か言おうとした時、彼の肩を叩きながら一人の男が前に出た。
「娘よ。なぜ彼らを助けたのだ。」
それは、王様だった。城内で会ったときと変わらない格好でいまや太陽の下に存在している。
「そんなこと私の勝手でしょ。このゲームは城の外に出れば彼らの勝ち。そうじゃなかったの。」
アメリアは自然と語気が強くなる。これは王様がしたことなのか。城から出ればゲームは終わり。そうだったはずなのに。
「私はルールを無視してはいない。私がルールなのだから。それに、これは犯罪者がこの城を攻略するゲーム。そう、ただのゲームだ。」
アメリアは王様の「ただのゲーム」という言葉に反応する。
「ゲームって何。ゲームだったら人を殺しても良いの。これが何になるっていうのよ。ただ死ぬために城の中を歩き回っているだけじゃない。」
アメリア自身熱くなっているのが分かる。王様は両手で落ち着けとジェスチャーをしている。そんなもので落ち着けるわけが無い。
「相手は犯罪者です。罪を犯したんですよ。」
ハウエルが冷静に対応する。その冷静さがかえってアメリアを刺激した。
「犯罪者だって生きているのよ。彼らの命を奪うなんて私たちにそんな権利無いわ。」
アメリアの言葉に王様は笑う。その声の大きさに怒りを覚えた。
「嘘だろ、おいニーナ。ニーナってば。」
アメリアは異変に気づきアレンたちを見る。横たわるニーナは、すでに事切れていた。直後、アレンの叫び声が空に広がる。ニーナはもうこの世には居ないようだ。アメリアは泣き叫ぶアレンを背後に再び王様を見た。
「彼女は死んだわ。あなたたちのせいでね。」
王様たちはすました顔でこちらを見ている。
「そうか、ならばあとはその男だけだな。」
兵士たちが一斉に弓を引く。
アメリアはその光景を見てすべてが嫌になった。王様も、王様に従う兵士たちも、そしてゲームが行われるこの城もみんな全部。
「私、死ぬわ。」
アメリアは大きくため息をつきながら腰に着けた剣を抜く。そして、剣の先を自分自身の喉元に突きつけた。
「彼を殺すんでしょ。だったら、私も死ぬわ。こんな世界。私は居たく無い。」
兵士たちの中にざわめきが起こる。流石に予想外だったのかもしれない。兵士たちの中には弓を降ろしている者も居る。
「止めなさい。お前が死ぬ必要は無いんだ。」
アメリアは剣を喉元に近づける。
「じゃあ、もうこんなゲームは止めて彼らを助けてよ。私たちが裁くことの出来るものじゃないわ。」
アメリアの言葉を王様は聞かない。ただ、止めなさいと言うだけだ。それしか知らないみたいに。彼らは何も変えられないという事だろうか。
「そう。ならいいわ。城内の人間を全員外に出して。」
アメリアは対話を切り上げた。これ以上話していても終わりは見えない。
「それは出来ない。一体どのくらいの人間が城内に居ると思って……。」
「早く。城を止めるわよ。」
アメリアの言葉に王様の顔が変わる。見てはいけないものを見ているような顔だ。まさか、知らないとでも思ったのだろうか。
「城を止めるって……。」
アメリアは背後から聞こえる声を制止する。再度、王様たちを見た。
「さあ、早くしてよ。早くしないとあなたの娘が自殺するわよ。困るんじゃない。」
アメリアは笑っている。本当に喉元に剣を突き刺してしまいそうだ。もう後戻りは出来ない。先に進むだけだ。
王様はハウエルに何か言っている。彼は一礼すると何処かへ走っていった。
「わかった。少し待ってくれ。だから、その剣を降ろすんだ。」
アメリアはいやだと即答する。命令をしているのは彼女だ。命令されたくは無い。
しばらくすると兵士の背後に人だかりが出来ていた。町の人間も居るようだが、明らかに城内の人間も混ざっている。王様の言葉も嘘ではないようだ。
徐々に人が増えていく。全員が王様たちとアメリアを見守っている。
「アメリア様。」
エドガーも出てきたようだ。アメリアは彼に頷く。いつの間にか王様の傍にはセバスチャンが居た。二人で何か話している。王様は頷くとアメリアを見た。
「全員城から出たようだ。さあ、剣を降ろしてこっちにおいで。」
アメリアは微笑む。そして、背後に居るアレンに小声で告げた。
「城内に戻るわよ。ゆっくり後退して。」
アメリアはアレンからの返事を聞くと一歩ずつ後退した。兵士たちは弓を引くも王様に止められた。
アメリアが出入り口まで数歩のところまで来たとき、剣を喉元から少し遠ざけた。
「今よ走って。」
アメリアの合図とともにアレンと彼女は出入り口から城内に入った。背後から飛んできた矢が真横の壁に当たる。
「早く閉めて。」
アメリアが城内に入るとアレンは勢い良く扉を閉めて鍵をかけた。扉に矢が当たっているのが分かったが、矢ぐらいではびくともしない。
「核のある部屋に戻りましょう。」
アメリアは通路を走り出す。全員出たということは何時かこの城の動力源も尽きる。それまでにしなければならない事がある。
「ニーナは置いていくの。それに城を止めるって……。」
「彼女をどうやって持ってくるのよ。無理だわ。それに、さすがに彼らでも死体に変なことしないわよ。周りにいっぱい人が居るんだもの。」
アメリアはアレンの質問の残り半分を答えることもなく必死に走って核のある部屋に入った。彼女は部屋に入った途端に立ち止まる。
「お帰り。おおかた城を止めにきたんだろう。」
そこには老人が居た。老人はこうなることを予測していたのかもしれない。
「だから、城を止めるって何。」
アレンはまだ言っている。
「後で教えてあげますよ。だから、今は黙っていてください。」
老人の言葉にアレンは黙る。教えてくれる人間が居なければどうしようもないのだ。
アメリアは心を落ち着かせると、核の前に進み出た。
「ねえ、アレン。約束して欲しいの。」
アメリアは目の前にある核を見つめたまま、背後に居るアレンに言った。
「これから何が起こっても、必ず生きてこの城を出て。」
アメリアは振り返りアレンを見た。
「新しい時代を作って。」
アレンはこれから起こることを知らない。けど、彼は覚悟を決めたように頷いた。
アメリアは安心すると、目の前の核に左手を近づける。近づくほど手は波打ちその下から銀色の何か違うものが見えてくる。手の先から腕にかけて本来の色を失い、銀色に染まる腕。それでもさらに近づける。痛みなどない。ただ、夢みたいに左腕が変形している。
アメリアの手が核に触れると、点滅間隔がしだいにゆっくりとなった。その時、彼女は初めて痛みを感じた。胸の痛み、激痛の中、核を見れば点滅に反応しているようだ。痛みに耐え切れず叫ぶ。
さらに点滅はゆっくりになり、やがて消えてしまった。それとともにアメリアの身体に走る激痛も治まった。
「とっ、止まった。」
アメリアはその場に崩れ落ちた。起き上がることも目を開けることも出来ない。すると、目は見えないが、誰かに抱えられたようだ。
「アメリア。大丈夫。」
声はアレンだった。呼び捨ても、名前を読んだのも始めてだったような気がする。悪くは無い。
「アメリア様。」
今度は老人のほうだ。彼はこの行為を知っている。だから、この後のことも分かるだろう。
「ねえ、アレンを外に連れてってあげて。お願い。」
アメリアは真っ暗な闇の中、老人が居るであろう方向に向かって言った。
「わかりました。アメリア様はゆっくりお休みください。」
アメリアは老人の言葉に安心すると同時に激しい眠気に襲われ、そのまま深い眠りへと落ちていった。
強い風の中。頭から布を被った一人の男が墓に語りかけている。
「自分だけ生き残ってしまった。本当に、何だったんだろう。」
一際強い風によって頭を覆う布が取れた。男はアレンであった。
「もう行くよ。しなきゃいけないことがあるんだ。」
アレンは立ち上がり、歩き出した。
この国には至るところに機械仕掛けの仕掛けが散乱している。子供たちが扱えるほどだ。そして、この国の城は二つある。いや、正確には片方は城では無く巨大なベッドと言うべきだろう。
アメリアのベッドだ。何時起きるかわからない。二度と起きないかもしれない彼女。けど、起きたらこう言おうと思う。
お帰りなさい、と。
アレンはもう一つの城を見た。これは王様が新しく作った城だ。アメリアという存在は消えて、今は王様とお后たちが住んでいるそうだ。話ではゲームももう行われていないらしい。
アレンは布で頭を覆うと歩き出した。
彼らは本当に変わったのだろうか。いや、何も変わっていないのかもしれない。
だって、彼らは機械仕掛けじゃないから。
メカニカルキングダム 完