第六話 力試し
第六話 力試し
サイド クロノ
その日のうちにアルパスの街に帰ることができた。門番には相変わらずいやらしい目で見られたが、行く時より明らかに増えた荷物はスルーされた。それでいいのか門番。
門をくぐってとりあえず冒険者ギルドに向かう。必要かわからないが、一応成功の報告をすべきだろう。
扉をくぐると、酒を飲んでいた一部の冒険者の声が聞こえてくる。
「ほらな、諦めて帰ってきただろう?」
「くそ、食い殺されるにかけていたのに」
「畜生め、おとなしく死んどけよ」
そんな会話が聞こえてくるあたり、あの依頼が書いてある以上に危険だと分かっていたのだろう。そういう危険をかぎ分ける目はこれから鍛えていかなければ。
「すみません、依頼を達成したので戻ってきました」
「黙りなクソガキ。依頼達成を騙るのは冒険者として絶対にやっちゃならねえ行為だ」
店主が睨みつけてくる。ちょっと怖いが、血走った神父の目に比べればどうということはない。
「いいえ、達成してきましたよ。これが割符です」
依頼を達成したら村長にわたされた。その時知ったのだが、ギルドで依頼をするとわたされるらしく、これで達成されたか否か判断されるらしい。
というかそういう説明は店主がしろよ。あやうく貰いそびえるところだった。
「なに………?」
割符をひったくるように店主が受け取ると、カウンターの下からも割符を出して確かめ始める。
目を見開いて驚いているので、ちゃんと対になる物だったのだろう。
「……どんな手を使った?」
「手の内を晒すのも依頼のうちなんですか?」
そうかえすと店主も黙り込む。まあ、言ってもいいのだが意趣返しだ。これでお互いさまという事にしておこう。……いや、やっぱ根に持つわ。
「それはそうと、魔獣からはぎ取った皮や爪、あと卵はここで換金できますか?」
「なにっ!?」
店主が今度は声にまで出して驚く。そのせいでギルドにいた人たちの視線が集まる。
「本物か」
「はい」
背負っていた袋をカウンターの上に置く。
店主がその中をのぞいて、口をパクパクとさせる。強面のおっさんがやると不気味だ。どうせなら美少女にしてほしい。
「お前、本当にどうやって」
「ですから、それを報告するのは義務なんですか?」
しばらく黙った後、店主は舌打ちする。
「なら、俺から依頼だ。うちの用心棒と手合わせしてもらう」
「報酬は?」
「銅貨三枚でどうだ」
「もう一声」
「………ちっ、銅貨五枚でどうだ」
「わかりました。お受けします」
「ザック!」
店の奥で仲間たちとカードをやっていた大男を店主が呼びつける。
男、ザックは面倒くさそうな顔で歩いてくる。
「なんだよリック。クレーマーか」
「このガキと手合わせしろ。今日の給料に色をつけてやる」
「へえ、それだけでいいのかい」
「ああ、かわりに全力でやれ」
「ふーん……」
ザックがこちらを上から下まで眺める。
「惜しいな、あと五年もたってれば俺から口利きしてやるのに」
「………ちなみに、どこへ?」
「よく通っている娼館だ」
そんな気はしていた。
こちらの話を聞いていたらしい酔っ払いたちがはやし立てる。
「おい!ザックとあのガキが戦うってよ!」
「マジか!どっちに賭ける!?」
「俺ザックに大鉄貨五枚!」
「俺は銅貨二枚だ!」
「じゃあ俺は大穴であのガキに鉄貨一枚!」
ギャハギャハと笑い声が響く。当然ながら嘗められている。
これは、この戦いで今後の冒険者生活がだいぶ変わりそうだ。
* * *
場所をギルドの裏手にある結構な広さの庭に移し、ザックと距離をとって向き合う。ちなみに荷物は店主に預かってもらった。盗まれたらたまらない。……店主が盗んだりしないよね?
「お互い武器あり、格闘あり、殺しなし。大怪我を負っても恨みっこなしだ!いいな!」
「おう、いいぜ」
「……わかりました」
ザックは武器も構えずニヤニヤと笑ってこちらを眺めるだけだ。さて、こちらは武器を抜くべきか。
少し考えて、剣を抜く。
相手の力量は『危機察知』の感覚で推し量る。たぶん熊以下ラプトル以上といったところか。なら、一応武器は使った方がいい。
だが、『強化魔法』は使わない。ここで全ての手を晒すつもりはない。
それにしても、勝ちに行くべきかいい具合に負けるべきか迷う。
「どうしたガキぃ、ビビってんのか?」
これが会社だと考えると、相手は先輩、あるいは上司だとする。たいしてこちらは入社したばかりの新人。接待するべき状態だ。
だが、ここで勝たないとラプトルの戦利品について難癖をつけられるかもしれない。それは困る。第一、今後の冒険者活動に支障が出るだろう。どんな業界でも信用は大事なはずだ。
「仕方ねえ、俺から行ってやるよ!」
しびれを切らしたのか、ザックからこちらに突っ込んでくる。そのまま腕を振りかぶっている姿から、こちらを嘗め切っているのがわかる。
好都合だ。
横に少しずれて拳を避けながら足払いをいれる。見た目にそぐわぬ力に驚いたのだろう、ザックはあっけなく転んだ。
慌てて立ち上がろうとするザックの肩を踏みつけ、目の前に切っ先をつきつける。
「勝負あり、でいいですか?」
店主の方を見ると、難しい顔で頷く。
「おいふざけんなよザック!」
「あんなのまぐれだろ!」
「勝ちは勝ちだ、金をよこしやがれ!」
外野からやじが飛んでくる。大半がザックを罵るものなのでちょっと申し訳ない。
勝負はついたので足をどかしながら剣を引くと、『危機察知』が反応した。咄嗟に飛び退くと、なんとザックが腰の剣を抜いて振り回したのだ。
「ふざけんな!あんなの無効だ!」
立ち上がりながらザックが吠える。
「お前らもそう思うだろう!」
そう呼びかけられた外野は、当然の様に盛り上がる。
「そうだそうだ!」
「まだ終わってねえ!」
「勝てよザック!でなきゃ殺すぞ!」
外野を味方につけたザックがこちらを睨みつける。先ほどまでの油断した様子はない。
それもそうだろう。信用がどうこういうのなら、彼こそ重要なはずだ。自分がザックに負けても『そら見たことか』『当然だ』で済まされる。
だが、ザックがこんな子供に負けてしまえば『あんな子供に負けるなんて情けない』『実は弱いんじゃないか?』という評価をされるだろう。
もしそうなれば誰も彼と依頼の時組もうとはしないだろうし、そもそも依頼自体減るだろう。
正直に言ってしまえば、申し訳なく思う。だが、恨むなら店主を恨んで欲しい。だいたいあいつが悪い。
「おおおおおお!」
ザックが剣を振りかぶって突っ込んでくる。よく手入れされた剣だ。下手に打ち合えばこちらの剣が折られるかもしれない。
なので正面からは決して受けない。小回りのよさを活かして攻撃をかわしていく。
「避けるんじゃねえ!」
短気な性格なのだろう。それとも焦りからか、大ぶりな攻撃が来る。それを屈んで避けながら、すれ違いざまに膝裏を蹴りつける。
「がっ」
たまらず膝をつくザックに、後ろから首筋に剣を突き付ける。
「今度は下手な動きをしたと判断した瞬間首を斬ります」
「っ……!」
「武器を捨ててください」
「くそが……!」
少し迷った後、ザックは剣を捨てた。
「おいおいザックが負けたぞ!」
「あのガキやべえな」
「馬鹿、ザックが弱いんだよ」
「ふざけんなこの●●●野郎!」
「俺の金返せよザック!このでくの坊が!」
「とんだ雑魚じゃねえか!」
やじは容赦なくとんでくる。本当に申し訳ない。だが、こちらも負けると今後に関わるので、どうか許してほしい。
剣を鞘に戻して、警戒しながら距離をとる。
ザックが立ち上がりながら、こちらを睨みつける。
「いつか犯してやる、このメスガキ……!」
「いや、僕男です」
「絶対に犯してやるぞオスガキぃ……!」
「なにそれこわい」
なんで男とわかってヤル気があがるのか。これがわからない。この国の文化がちょっと怖い。
なんにせよ、これで店主の疑いは晴れただろう。そう思ってみると、相変わらず難しい顔でうなっていた。
* * *
「ヒャッホォ!」
ベッドに背中からダイブする。ゴッと硬い音が響いた。痛い。ガメル村でも思ったけどこの国のベッドを前世と同じに考えてはいけない。
それにしても、中々いい宿に泊まれた。
一泊二日朝夜の食事付きで銅貨六枚。昨日までの自分には届かない宿だったが、今は違う。
というのも、あのラプトルからの戦利品がなんと金貨二枚で売れたのだ。特に卵が高く売れた。半分以上卵の値段だ。魔獣の卵があそこまで高いとは。
これだけあれば色々買える。だが、今は装備の充実を考えなければ。
金の使い方を考えながら、ドアのところにナイフでつっかえ棒をする。一応元々閂が小さいながらもついているのだが、冒険者ギルドで金を受け取っているところを見た奴が盗みに来るかもしれないからだ。
スキルポイントについては、まだ保留としておこう。緊急事態に必要となるかもしれない。状況に応じて後出しでスキルを覚えることができるのだ。活用しない手はない。
まあ、今は下で貰ってきた桶にいれた水で体を洗う事にした。装備を整えるついでに植物の油も買わなければ。動物性の油で作った石鹸はこれでおさらばだ。
読んでいただきありがとうございます。