第五十四話 蜘蛛の罠
第五十四話 蜘蛛の罠
サイド クロノ
号令と共に斬りかかる騎士達。どうやら完全に自分達の事はいないものとして扱うつもりらしい。
敵は魔人が一体のみ。正面から突撃する者達と、フレアの左右や背後に回り込む者達がいる。数でこっちが勝っているのだから、当然ながら囲んで叩くのを選ぶだろう。
だが、突然正面から斬りかかった騎士達が動きを止める。かと思ったら、フレアを取り囲んだ騎士全員の動きが止まった。
「な、なんだ!?」
「動けん……!」
口々に動揺の声を上げる騎士達に、フレアはクスクスと笑う。
「随分と素直な方々なのですね。まさか、なんの対策もなく斬りかかってくるとは思いませんでしたよ」
「貴様……!」
指揮官とその周囲にいた数名を除き、騎士達はフレアの前に並び、その剣を指揮官に向ける。
「た、隊長、これは!」
「違うんです!体が勝手に!」
そう叫ぶ騎士達の体を観察するが、糸らしき物は見えない。漫画とかなら糸で操り人形にされていたりするのだが……どうにも今回は違うらしい。糸とは別のアプローチによって操られているようだ。
「全員、どうにかそいつの支配に抗え!その間に私が奴の首を断つ!」
「あら、どうぞ?私の所までいらっしゃってくださいな」
そう言ってフレアは両手を広げて見せる。それに対し、指揮官はうなり声をあげながら動けずにいる。
当たり前だ。奴がどうやって騎士達を操ったのかわからない。それがわからない事には不用意に近づけず、こちらからの攻撃は出来ない。
魔法などの飛び道具を使おうにも、操られている騎士達が盾になっているせいでそういた手段も制限される。
非常に面倒くさい事になった。
自分達も剣を構えて様子をうかがう。『魔力感知』などの感知系で支配の詳細を探ろうとする。
まず、騎士達は首から上だけは自由だがそれ以外がいう事をきかないらしい。意識もしっかりしている
次に、複数同時に体が操られている。さて、それは奴一体で可能な事なのだろうか。
というのも、パワードスーツ開発の際にゴーレムの作り方を参考にした。そして、ゴーレムは基本的に命令をしないと動けない。
ゴーレムを操る場合、方法は二つ。
「来ないのなら、この子たちに行ってもらいましょうか」
フレアがそう言って、騎士達をけしかけてきた。
「ど、どうしようクロノ君!?」
動揺する後ろの二人に、指揮官が怒鳴り声をあげる。
「貴様らは何もするな!あれらは私の部下だ!死なせはせん!」
そう言うや否や、指揮官と他の無事な騎士達が剣で操られている騎士達と剣をぶつけ合う。指揮官をはじめ技量が高く、数で負けていても押し切られることはない。逆に、操られている騎士達の動きはぎこちなさこそないが、駆け引きの類が感じられない。
さて、とにかく何もするなと言われている以上、その言葉に甘えて観察を続けさせてもらおう。今の所すぐには負けなさそうだし。
ゴーレムを操る手段は二つ。一つは、『術者自身が操作する事』。もっともオーソドックスな手法である。
術者からの安定した魔力供給と、直接操る事によって難しい作業もこなすことが出来る。僕が作ったパワードスーツも術者を装着者とした場合のこれだ。欠点として、同時に複数を操るのはかなりの難易度を持つという事。二体操ろうと思えば消費魔力を抜きにしても、両手でそれぞれ別の絵を書くのに等しい。四体だったらそれこそ両手両足で別の絵を書くがごとくだ。
フレアは見るからに脳みそが肥大している分そういう事も出来そうではあるが、それにしても余裕そうだ。
ゴーレム操作のもう一つの手段。それは『あらかじめどうやって動くかインプットさせる事』だ。
地球にいた頃でいえば、あらかじめプログラミングしておくといった所だろうか。まあ、前世そんなに機械に詳しくなかったからよくわからないが。
これの利点として、複数を操る難易度が格段に落ちる事だ。一定の範囲のみを巡回して指定された対象以外が近付いたら攻撃するとか。そういう門番として扱われるのが多いとか。
欠点として、魔石を加工したバッテリーもどきがないと術者から魔力の供給を受けないといけないので、複数動かすとごりごり魔力を消費する事になる。また、複雑な動きが出来ない。
また、そうやって行動を入力する部品というか、回路というか、そういう魔道具の部分が凄まじく高い。ゴーレムが一般の場所で見られない理由は魔法使いが少ないだけではなく、このパーツの値段が高すぎるというのもある。
さて、操られている騎士達の動きを見てみるが、一定の動きしか出来ないわけではなく、ある程度相手や状況によって戦い方を変えているように見える。指揮官たちも徐々にだが押され始めている。
「た、隊長!我々の事は構いません!切り捨ててください!」
「馬鹿者!そんな事が出来るか!」
色々考えたが、どちらのパターンも一致しない。そう、『フレアが操っているのなら』。
先ほどから、本当に小さな、それこそ騎士達の放つ魔力でかき消されてしまいそうなほど小さな魔力を感じ取っている。普段であれば、たとえ戦闘中であっても無視しただろうほどか弱い魔力。
それらが、操られている騎士達の体から感じるのを、ようやくつかめた。いや本当に小さいな。滅茶苦茶念入りに『魔力感知』しなかったら気づけなかったぞ。
だが、種はおおよそ読めた。
「騎士の皆さん!」
大声を張り上げる。一瞬だけ全員の視線がこちらを向いた。
「今から燃やすので我慢してください!」
「その馬鹿を止めろぉぉぉぉぉおおおおおおおお!」
指揮官が絶叫を上げる。アイリとライカも『え、冗談だよね?』『何かのブラフ?』と慌てた様子で聞いてくる。
まあそういうリアクションをされるのも仕方がない。だが、詳しい説明をしている暇もない。早速詠唱をはじめ、魔力を練り上げていく。
流石に後ろの二人も本気で撃つ気だと気付いたようだが、こちらに何か考えがあるのだろうと察して止めないでいてくれる。ありがたい。
だが、指揮官としては『バカが血迷い暴挙に出た』と思っているのだろう。必死の形相でこちらに向かって来ようとしているが、操られている騎士達の攻撃に精一杯の様だ。
フレアが無言でこちらを観察しているのが不気味だが、今は無視だ。
詠唱が終わり、魔力も練り終わる。
「『火蛇』」
自分の周りに五メートルを超える巨大な炎の蛇が現れる。それを右手で操り、騎士達が争っている場所に差し向けた。
「本当に撃ちおったぁぁぁああああああ!?」
絶叫する指揮官だが、騎士達の攻撃で回避できない。もろともに炎の蛇に飲み込まれる。だが、それは一瞬の事だ。
「あっっっっっっつ!?」
騎士達は全員『魔力循環』のおかげで常人より頑丈だ。身に着けている鎧も市販品よりいい物だろう。そのおかげで、二、三秒あぶった程度では大した火傷は負っていない。
そう、焼いたのは操られていた騎士達に付着した『目視が難しいほどの小さい蜘蛛』である。
操られていた騎士達が地面に膝をついた後、燃えてしまった外套を慌てて脱ぐ。そして、外套を自分の意思で脱げた事に驚きの声をあげていく。
「体が動く!」
「隊長、これは!?」
「あのガキいつか殴る」
なにやら一部不穏な声が聞こえた気がするが、騎士達についた蜘蛛を焼き終わったので、まだ残っている炎の蛇をフレアに差し向ける。
空中を文字通り蛇行しながら進む炎の蛇がフレアに噛みつこうとするが、腕の一振りで消し飛ばされてしまった。
「……なるほど、メルクリスを殺した人間がいると聞いていましたが」
フレアの顔がこちらに向く。そして、明確に送られてくる敵意。
「あなたがこの一帯を嗅ぎまわる教会騎士ですね?」
違います。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次の更新は都合により金曜日になると思います。申し訳ございません。




