第五十二話 魔人の影
第五十二話 魔人の影
サイド クロノ
早速アイリとライカを連れてギルドに向かった。中はいつもとは違い怒鳴り声が響いている。
「おい!矢の数はどうなってる!」
「衣料品の在庫どうなってんだ!もう足らねえよ!」
「おい、西門の補充人員は!?どっか手が空いている部隊はねえか!?」
そんな中、書類らしき物を持って走っている受付嬢を見つけて呼び止める。
「すみません、クロノです。街長のマッケイン様に呼ばれてきました」
「く、クロノさん!よかった、戻ってきてくれたんですね!?」
受付嬢が書類を強く抱きしめながら嬉しそうに笑ってくれる。
「はい。つい先ほどですが。マッケイン様はどこに?」
「マッケイン様なら奥にある会議室です!ご案内します!」
受付嬢に案内してもらって会議室に向かう。豪華な扉越しに怒鳴り声が聞こえてくる。それを無視して、受付嬢が強めに扉をノックする。
「『魔獣狩り』のクロノ様をお連れしました!」
その声に一瞬会議室の声が止んだ後、とんでもない大声が聞こえた。
「よっしゃあああああああ!」
たぶん副ギルド長だ。普段落ち着いた紳士然とした人なので、今のは結構驚いた。
「はいれ!はいってくれ!」
「失礼します」
とりあえず入室許可が出たので入らせてもらう。後ろにライカとアイリが続く。
「よく来てくれたクロノ君!」
副ギルド長がいつにない笑顔で話しかけてくる。だが、普段は綺麗に撫でつけられた髪は所々乱れているし、目の下には薄っすらクマが出来ていた。
「お久しぶりです」
「よかったよ。まさか君が来てくれるなんて!」
「副ギルド長。クロノという事はこの少女、いや、少年が?」
近くにいた老人が副ギルド長に話しかける。
「ええ、ギルド長。彼があの魔獣狩りです。単独で複数の魔獣を切り伏せてきた麒麟児ですよ」
なるほど、あの老人がギルド長か。今は冒険者の様な装いだが、その装備は見るからに高そうだ。というか、薄っすらだが魔力を帯びた装備な気がする。
「私がここに呼んだ。西門で戦っている姿を確認したと報告を受けたのでね」
そう口にしたのは、会議室の上座に座っている老人だった。つるりとスキンヘッドにした頭に、豊かな髭。恰幅もよく、一見すれば『人の良さそうなお爺さん』といった感じだ。
だが、薄く開かれている目がどう考えても堅気じゃない。伯爵家で戦った槍使いの男に似ている。いや、あれよりどす黒いかもしれない。
「クロノとやら。まずは西門での活躍見事である」
「ありがとうございます」
とりあえず直立不動になっておく。貴族かまではわからないが、街長は自分のような平民からすればかなり上の人だ。下手な態度はとれない。
「まだここに戻ってきて状況は分かっていないだろう。ワードヴィン君、彼に説明を」
「はっ」
そう呼びかけられた指揮官らしき兵士が、こちらに向き直る。
「現在、センブルは四つの門をそれぞれ魔獣による攻撃を受けている。西以外の三つは比較的数は少なく、あくまでそこから外に出るのを防ぐためだけに配置されているのだろう」
そういって指示された地図には、大雑把なセンブルとその周辺に関する事が書いてあった。……こうして見ると前世の地図って凄く正確だったんだな……。
「それでも、各門におよそ千から千五百ほどの魔獣がいる。我が街の戦力では突破は出来ん。そして、奴らにとっての本命である西門に関しては、二千近い魔獣がいたのだが……」
そこまで言って、指揮官はこちらを疑わしげに見てきた。
「そのうち二百近くを君一人で無力化したというのは本当かね」
「申し訳ありません。数を数えている余裕はなく、正確な数字は言えません」
これは本音だ。謙遜した方がいいかと思ったが、状況が状況だけに事実をそのまま言った方がいいだろう。
「ふむ……いいだろう。君と兵士達の活躍により西門の陥落は抑えられたが、既に突破されるのは時間の問題だ」
確かに。魔獣一体でも普通の兵士や冒険者では複数で挑まねばそもそも勝負にすらならない。それが、数千の軍勢となって押し寄せてきているのだ。悪夢以外のなにものでもない。
「あの、援軍の状況はどうなっていますか?代官様は……」
望み薄だが、一応聞いておく。案の定、指揮官は首を横に振った。
「残念だが、援軍は早くても二週間以上かかるだろう。代官様は現在王都に行っており、また、センブル以外の街も魔獣による襲撃にあっていると聞く。援軍は期待しない方がいいかもしれん」
なるほど。なら、やはり『頭』を潰すしかないという事か。
「その顔、既に察しているようだな。そう、この襲撃はあまりにもおかしい。通常、魔獣が別の種族どうしで協力する事はない。だが、それが成されているという事は、何者かが裏で操っている証拠に他ならない」
指揮官が地図の一か所を指し示す。
「錬金術師たちが用意した魔力を感知する道具により、この地点から強力な魔力が漏れ出ている事がわかった。おそらくだが……魔人である可能性がある」
魔人。前にグラーイル教団と戦った時に現れた輩だ。
「君が魔人と思しき存在と戦ったという報告はきいた。その真偽は置いておくとして、我々はこの推定魔人を討伐すれば魔獣たちは統率を失い、少なくともすぐに街が潰されるという事はなくなると考えている」
そこまで言って、指揮官が置いてあったコップから水を一気飲みする。
「以上が現在の状況だ。わかったか?」
「はい。ありがとうございます」
指揮官の目が、街長に向けられる。それに対し、街長も頷いて返した。
「君に聞きたい事は二つ。一つは、その後ろに控えている二人が着ている魔道具。それをすぐにもう三十用意する事は可能か?」
「不可能です。一応、工房に一つ残っておりますが、現状装備も含めて一機作るのに半月近くかかります」
「わかった。では、二つ目だ。『君は魔人を相手に』正面から勝てるか?」
「……正面から正々堂々とは、無理です」
「では、前回戦ったという魔人はどうやって倒した」
「魔人が攻め込んできた村に罠を用意し、教会まで誘導。『白魔法』にて止めをさしました」
少しだけ会議室がざわつくが、街長が指で机を一度叩くだけで静かになる。
「よろしい。君とその二人には我が街の精鋭と共に魔人の討伐に向かってもらう。指揮はワードヴィン君がとる。よいな」
「はっ」
拒否する理由はない。強いているならその精鋭とやらの実力が気になるが、もとより自分一人で戦って勝てるか分からない相手なのだ。味方は多い方がいい。
「では、作戦の決行は二十一の鐘が鳴った時とする」
「「「はっ」」」
* * *
ギルドを出て、一度工房に向かう。二人のパワードスーツを整備しなくては。
工房に入って二人にパワードスーツを脱いでもらった後、整備をしていくが、最低限だ。本当なら全身どうにかすべきなのだが、時間的にも体力的にも厳しい。作戦前に倒れてはことだ。
「……二人とも、いっそ整備不良という事で街に残りますか?」
整備をしながら、目だけ二人に向ける。椅子にぐったりと座っていた二人が、キョトンと首を傾げた。
「え、なんで?」
「いや、かなり危険ですよ。あの作戦」
状況が状況で、他に実行可能な策がなさそうだったから頷いたが、かなり危険な一手だと思う。
そもそも、その感知したという魔力が魔人のものかもわからない。そして、もし魔人のものだったとしたら、かなりの激戦が予想される。
前に戦った魔人。名前はもう忘れてしまったが、とんでもない強さだった。剣を突き刺した感触からして、恐らく『白魔法』や聖水などの攻撃以外は大したダメージにはならないだろう。
そして、今回戦うのは街の外。教会に刻まれた魔法陣による補助はない。あげく、魔人の周囲にも魔獣がいるかもしれないのだ。
「それでも、私達は行くよ」
アイリが、そう言って笑った。
「前にクロノ君だけ村に残して逃げた時、私達凄く悔しかったんだ」
「うん。結局私達はただの村娘なんだって思い知らされた」
二人が『けどね』と続ける。
「クロノ君のおかげで『特別』になれた」
「じゃあ、一緒に行くしかないでしょ。何より」
「「ここで魔人を倒せたらサーガにのるでしょ?」」
そう言ってきた二人に、小さくため息をつく。
「そこまでサーガが好きですか」
「だって憧れだからねぇー」
「そうそう。それにここで活躍したら美少女や美少年にモテまくり……」
「ライカ?」
「なんでもないよアイリちゃん!?」
コントを始めた二人を無視して、整備を続ける。早く終わらせて仮眠の一つもとりたいのだ。
「クロノ君は、なんであの作戦にのったの?」
「他の作戦が思いつかなかったので。あれしか現状は無理だと思いました」
「そうじゃなくって、街の為に戦おうって言う理由」
整備の手を止めて二人を見ると、そろって不思議そうな顔をしていた。
「結構な数の冒険者が、魔獣が街に近づいて来ているって知って逃げ出したよ?」
「冒険者は兵士じゃないんだから、街の為に戦う義務はないはずだよ。それに、クロノ君なら今からでも街から脱出できるんじゃない?」
確かに、二人の言う通りだ。だが。
「それで、逃げた先で『街を見捨てた冒険者』としてやっていけと?負けが確定したのなら勿論逃げますが、まだ勝てるのなら残って戦いますよ」
この商売、信用がなんだかんだ大事だ。義務はなくとも、『こいつはそういう奴だ』と思われると、外野は好き勝手言うものだ。
だから、まだ勝ち目のあるうちは逃げるつもりはない。
まあ、少しだけここの住民を見捨てると寝覚めが悪そうというのもあるが。
「うん。クロノ君が勝てるって言うなら大丈夫」
「だね。これは勝ったも同然だよ」
「あの、そこまで信用されると逆に不安になるんですけど」
というか、慢心してないだろうなと不安になる。そう思って睨みつけようとして、気づいた。いつの間にか二人とも椅子に座ったまま寝ている。
小さくため息をついて、仮眠用に置いてあった布をそれぞれ二人にかける。
二人とも、自分が来るまで街を守るために戦っていたのだ。疲れているのは当然だろう。今も働いている兵士の人達には少しだけ申し訳ないが。
まあ、今回の現況であろう魔人を殺してくるので、勘弁してほしい。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次の更新は金曜日になると思います。




