表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/57

第四十九話 走るメイドさん(偽)

第四十九話 走るメイドさん(偽)


サイド クロノ



 剣を片手に槍使いの男とにらみ合っていると、アルフレッド様が焦った声で話しかけてくる。危ないからあまり動かないで欲しい。体格の問題で落としそうなのだ。


「ま、待て!ばあやが奴らの仲間なはずがない!父上が幼い頃から仕えているんだぞ!?」


 あの伯爵の性格的に仕えている期間が長い方が裏切りそうな気がする。主にストレスで。まあそれはさておき。


「アルフレッド様。ですが事実なのです」


 彼女が敵であると考えた理由は三つ。


 一つ目は、アルフレッド様と初めて会った時。階段から落ちていくアルフレッド様に対し、彼女は助けようともしなかった。まあ、これだけなら驚いていただけかもしれない。だが、反射神経が間に合わなかったとは言わせない。自分からアルフレッド様を受け取った時の重心の取り方や安定感は、常人のそれではなかった。


 次に、やたら自分に仕事を回して来た事。別にこれを根に持っているわけではない。だが、彼女は自分が護衛としてやって来ている事を知っているはずだ。だというのに、露骨にアルフレッド様から離そうとしていた。今思えば、他のメイド達がやけに自分に仕事を押し付けていたのも、嫉妬や新人いびりだけではなく、メイド長の差し金という可能性も出て来た。


 最後に、現在の様子だ。これが決め手ともいえる。今回の襲撃者は男と老人は殺し、若い女はどこかに連れていくゲス共だ。だというのに、メイド長には傷一つもなければ、髪の乱れさえない。


 以上三つが主な理由だ。ついでに言えば、自分が槍使いの男に警告を無視して斬りかかったのに、声を荒げるだけで人質を痛めつける様子すらない。これでは黒ですと言っているようなものだ。


 まあ、さすがにこの状況で詳しく説明している暇はないので、自信満々に確信もってますという顔をしているだけだが。


「クソがぁぁぁぁ!」


 親指を切り落とされたことが余程頭にきたのだろう。槍使いの男が目を血走らせて槍を突き出してくる。だが、当然ながら利き腕を潰され、左手一本で振るわれる分脅威は半分以下。


 槍をいなし、柄に剣を滑らせて左手の指を狙う。それを手の中で槍を回転させる事で防がれ、逆に石突きを横に振るわれて脇腹を殴られそうになる。


 それを柄で受け止めるが、体重差もあって吹き飛ばされてしまう。


「やれえええ!」


 槍使いの男の叫びに答えて、矢が飛んでくる。案の定、先ほど奴が示した場所以外からも飛んできた。数は六。魔力も宿っていない上に、人間の膂力で射られた矢など普段なら羽虫と変わらない。


 だが、アルフレッド様はそうはいかない。咄嗟に彼をかばうようにその場に蹲る。


「貰ったぁぁぁ!」


 矢を『魔力装甲』で弾いた直後、槍が迫ってくる。それを剣で受け止めるが、魔力で強化しているとはいえ元は並みかそれ以下の普通の剣。あっさりと折れてしまった。


 柄を捨て、続く横薙ぎの一閃を屈んで躱し、槍使いの男の金的目掛けて拳を放つ。だが、それはギリギリで避けられてしまった。やはりリーチが足らなすぎる。切実に身長が欲しい。


「矢を撃ち続けろ!狙いは伯爵家のガキだぁ!」


 次々放たれる矢を、右手ではたき落としながらどうにかこの場から逃げようとする。だが、槍使いの男が飛んでくる矢を鎧で弾きながら突き込んできてそれを邪魔する。


「ちぃ……!」


 矢はともかく、あの槍は危険だ。『魔力装甲』をも貫いてくる可能性が高い。というかさっきから魔力で強化しているメイド服があっちこっち切れてるあたり、たぶん直撃したらそのまま串刺しにされる。


「俺の指はたけえぞ小娘ぇ!」


 流れるように振るわれる槍の連撃。元々、かなりの使いでだという事はわかっていたが、ここまでとは。マリックさん一歩手前ぐらいの技量があるかもしれない。なんでそんなのが、こんな所にいるのやら。


 太ももからナイフを引き抜いて捌くが、中々槍の間合いに入れない。かといって距離を強引に取ろうとしたら、最悪衝撃でアルフレッド様が死ぬ。このまま戦いが長引けば敵の増援は増える一方。


 何とも面倒な状況だ。せめてこの抱えている足手纏いがいなければ、どうとでもなったというのに。


「の、ノワール……!」


 だが、仕事を受けてしまった以上はしょうがない。なにより、生意気なクソガキとはいえまだ九歳。死なせるには寝覚めが悪いなんてものじゃない。


「殺した後ひん剥いて門に張り付けてやるよぉ、小娘ぇ!」


 何かいい作戦はないものか。この状態ではスキルの習得も出来ない。


 槍が右肩をかすめた。流石に無傷とはいかず、遂に血が流れる。捌くのも限界が近付いてきた。


 というか、あの槍はなんなんだ。明らかに高価な魔法の武器を持ってくるとか卑怯ではないか。こっちにもくれ。


 そんな事を考えていると、ふとある作戦が思いつく。いや、作戦と呼ぶのもおこがましいが……このままではアルフレッド様と心中だ。それは絶対に嫌だ。


「アルフレッド様」


 小声でアルフレッド様に呼びかける。今も矢が飛んでくるわ、槍を振るわれるわと大忙しだが、焦らないように心がける。戦いの場で焦った方が巻けるのはスルネイス先生にしっかりと教わってきた。


「これからかなり無茶をします。絶対に舌を噛まないようにしてください」


「えっ」


 槍を強引に弾いて距離をあける。その時の衝撃で、遂にナイフが折れた。槍使いの男が笑みを深め、突撃してくる。


 自分は折れたナイフの柄を奴の足元に力いっぱい投げつけた。突撃を止めると同時に、当たりに土煙が立ち込める。


「小細工をっ!?」


 槍を振るって煙を散らそうとする男の腰をフリーになった両手で掴む。


「なっ」


「どっせぇえええい!」


 そのまま力任せに、槍使いの男を弓持ちがいる方に投げつける。飛距離はギリギリだし、速度も大して出なかったから男を戦闘不能には出来ないだろうし、弓持ち達も普通に避けてしまった。


 だがあの男を遠ざけられれば十分。土煙が完全に晴れる前に、アルフレッド様を抱えて走る。どうにかしてこの城を脱出しなければ。


「っ!?」


 土煙を置き去りに走っているところに、小さなナイフが飛んでくる。それを腕で弾きながら視線だけ向けると、メイド長を目が合った。


 一瞬だけ交差した視線には深い憎しみが宿っているように感じた。


 だが自分には関係ない。そのまま突っ走り、城門までたどり着く。


「止まれぇ!」


 相手も十分な人手を用意できなかったのだろう。門の前には二人しかいない。槍を持って攻撃してきた奴を躱し、後ろで笛を鳴らそうとしている奴の肩を踏みつける。


 足場にした肩を踏み砕きながら、城門へ。僅かなへこみに爪先をひっかけて更に跳躍。ギリギリ城壁を飛び越える。


 一瞬だけ背後を振り返ると、鬼の形相で槍使いの男が走って来ていた。


 追いつかれてはたまらない。城壁を飛び降りて、半ばぐらいで城壁を蹴る。斜めに押し出された体で地面を転がり衝撃を散らす。


「アルフレッド様」


 腕の中を確認すると、そこには気絶した護衛対象の姿が。脈や呼吸に問題がないのを素早く確認し、麓の街へと走る。馬で半日の距離だが、自分ならすぐにつく。街の長が敵側でない事を祈りながら、足を動かしていった。



*      *        *



サイド メイド長



「クソがぁ!」


 槍を地面に叩きつけて地面を抉りながら、傭兵が叫ぶ。


「お、お頭、どうしやす?」


「追いやすか?」


 彼の手勢が問いかけているが、まだ辛うじて理性があったらしい。


「……いいや、追わねえ。俺たちはとにかくこの城の男どもと老人を殺す。城は壊す。女は人質として連れていく。それを徹底させろ」


「「へ、へい!」」


 走っていく部下たちをしり目に、傭兵に歩み寄る。


「どうぞ。まだ治療すればつながるでしょう」


 そう言ってハンカチに包んだ親指を差し出すと、彼はハンカチもろとも奪うように受け取った。


「話が違うぞばばあ。護衛しているガキは道場上がりとはいえ銅にもいってねえ冒険者って話じゃねえか。だが、あいつはどう考えても銅どころの騒ぎじゃねえ」


 殺意すらのせて、傭兵がこちらを睨みつけてくる。


「事と次第によっちゃあ、落とし前つけてもらうぞ」


 その視線をまっこうから返して、鼻で笑ってやる。


「こちらの情報に一切の誤りはありません。侮ったのは貴方自身です。それより、こちらとしてはアルフレッドを逃がした事の方が問題ですが?」


 そう返してやると、傭兵は大きく舌打ちした。


「……いいだろう。俺も油断があったのは事実だ。予備のプランとして、街までの道にはうちの精鋭と罠を用意してある。明日か明後日にはあいつらの死体を持ってこっちに合流するだろうよ」


「その精鋭とやらで、あの護衛を仕留められますか?」


 あの少年の戦闘能力は予想外に過ぎた。何故あれほどの使い手がこんな所にいるのかさっぱりわからない。


「なあに。奴はどう見ても魔力を大量に使う短期決戦型だ。すぐにスタミナが切れる。そこを叩けば確実だ。それに、街道を守らせている奴らには帝国で買った銃も持たせてある。こんな端っこにくる冒険者が、碌に銃の事なんて知るかよ」


 自信満々に、傭兵は笑った。


「俺達『ランス傭兵団』は最強無敗。負けるはずがねえ」



読んでいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


次の更新は金曜日になると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ