第四話 初めての依頼
第四話 初めての依頼
サイド クロノ
あの後、特になにもなく夜をむかえた。
出された食事も『危機察知』にひっかからなかったので大丈夫だろうと食べさせてもらった。まあ『状態異常耐性』があるから毒の類は効かないだろうと高をくくったのもあるが。
なにより温かい普通の食事だったのだ。手を出さずにはいられなかった。温かい味のするスープ。硬いけどカビてないパン。涙が出るほどおいしく感じた。村長夫妻にはちょっとひかれた。
まあ、とにかくあんな食事を出されたのだから、まじめに依頼を遂行しなくては。野宿ではなく、腹も満たされている。魔力も十分。この世界で一番のコンディションだ。今なら熊が三頭襲ってきても余裕で勝てる。
村長に指定された村の少し外で、剣を手に森を見据える。なんでも、獣は森の方から三匹ぐらいで夜やってくるらしい。
目だけではなく『魔力感知』も使って待ち構える。
見張りに立って一時間ほどだろうか、森の方から何かがやってくる。来たかと思い、バフをかけておく。念には念をだ。
「『筋力増強』『精密稼働』『武器強化』」
続けて、『白魔法』による結界もかける。
「『魔力装甲』」
これは、体表に魔力の層を作って守る、まあ防護服みたいな魔法だ。
待ち構えていると、向こうもこちらに気づいたのか動きを止めた。このまま帰るのだろうか。まあ依頼は撃退なのでそれでもいいのだが。
逃げるかと思っていたら、なんとまっすぐこちらに向かってきた。あれ、速くない?というか、『魔力感知』した感じ魔力多くない?
「ギエエエエエエ!」
「きょ、恐竜!?」
現れたのは、どう見てもラプトルだった。色が濃い茶色と緑で保護色っぽくなっている以外、前世の図鑑でみたまんまだ。
「ちっ」
大きさは頭の位置が二メートルいくかいかないかぐらい。全長は三メートルは超えている。
先頭の一体が走ってきた勢いのまま跳びかかってくる。熊の突進より早い。
だが。
「しゃぁっ!」
剣を思いっきりラプトルの首に振るう。首を刎ねるつもりでいったが、剣は骨で止まってしまった。
それでも威力は十分だった様で、ラプトルは真横に数メートル吹き飛ぶ。感触からして骨も折れただろう。
後ろの二体が驚いて足を止めだ。そこにすかさず切り込む。こういう時足を止めたらダメなのは村にいるとき森で学んだ。
左側のラプトルの頭を下から跳ね上げる。顎を割った感触。
そこへ、もう一体のラプトルが横から噛みついてくるが、飛びのいてかわす。頭一個分相手の歯が届かない。
空気を噛んでしまったラプトルの顔面に左の拳を叩き込み、怯んだ所を首に剣で切りつける。一体目同様、肉を断ち骨を折ることに成功する。
顎を割った個体を見ると、痙攣しながら横たわっている。三匹とも無力化に成功したらしい。
周囲を警戒しながら、一匹ずつ止めをさしていく。
それにしても、このラプトル達はやけに魔力が多かった。しかも魔力の流れからして『魔力循環』をしていた気がする。
それでも強さは二体でようやく熊一頭ぐらいだろう。今の自分からしたらどうとでもなる。
そこでふと、今の戦いでどれぐらいスキルポイントが入ったか気になった。一匹につき熊の半分は入っただろうか。
「ふぁっ!?」
なんと、一匹につき熊の倍はポイントがついていた。嘘だろマジか。
これは美味しすぎる。スキルポイントがじゃかじゃかだ。
美味しいと言えば、このラプトルは食べられるのだろうか。トカゲは食べたことがあるが、恐竜は食べた事はない。
そういえば、雑に振り回したが剣は無事だろうか。
ぱっと見た感じ、これといった歪みなどはない。魔法で強化していたおかげだろう。だが、元々刃こぼれとかあるしそのうち研がなければ。
やはり鉄製の武器は強い。魔力を操る獣も簡単に倒せてしまった。これが木の棒だったら一匹ごとに使い捨てで戦う事になっていた。
…………あれ、これってもしかして恐竜ではなく『魔獣』なのでは?
そんな考えが浮かんでいると、村の方から明かりがやってくる。
「え、あ、なん………」
服装からして夜の見張りをしていた村人だろう。ラプトルの死体を見て驚いている。恐竜の死体だから驚いているわけではないのはわかる。
これは、騙されたか?
「あの、依頼では『害獣』の撃退だったはずなんですが」
「そ、そんちょぉぉぉおお!」
こっちの話を聞かずに村人は村長の家の方に走って行ってしまった。
「このラプトル、血抜きとかした方がいいんだろうか」
一応畑を守らないといけないので、村人がこっちにくるまで待つことにした。
「い、いやぁお強いんですね、冒険者様」
揉み手をしながら村長がやってくる。
「あの、ギルドにあった依頼と実際の状況が違いすぎませんか?これ、魔獣ですよね」
一か所にまとめておいたラプトルの死骸を指さす。
「い、いえ、それはその……」
村長が汗をだらだらと流しながら目を泳がせる。後ろの村人も不安そうだ。
これでギルドに出されていた依頼を誰も受けない理由が分かった。割に合わないのだ。魔獣の平均的強さはわからないが、三匹そろえば熊一頭よりも強い。そして、熊の撃退が銅貨二枚は安いだろう。
「む、村にそこまでお金がなく……」
「それは、そちらの事情では?」
「け、獣は獣ですから」
「その辺の猪とこの魔獣は同等ですか?」
村長が口をつぐんでしまう。
自分も、老人をいじめる趣味はない。だがこういうのはしっかりしないと。今後も冒険者としてやっていくならなめられてはいけない。
「これは、報酬の増額も考えて頂きたいのですが」
剣を抜いたまま話す。遠回しな脅しだ。まあ、実際に切りかかるのはちょっと精神的にきついのだが、相手にバレなければセーフだ。
「……二枚……」
「はい?」
「大銅貨二枚でどうでしょうか」
「村長!?」
後ろの村人が驚く。
大銅貨二枚。鉄貨が千枚分。リンゴ一個が鉄貨五枚。つまり。
「そ、それは」
「ありがとうございます、村長!」
「ええ!?」
なんか村人が驚いている。ふふ、きっとかなりぼられたと思っているのだろう。だが、最初に騙したのは村長だ。僕は悪くない。
「え、いや……よろしいので」
「もちろんです。大銅貨二枚ですね。これ以上はまけません」
「あ、はい」
村長の様子がちょっとおかしい。懐に大ダメージ過ぎたか?ちょっとだけ罪悪感がでてくる。
「で、では、追加で依頼をさせていただきたい」
「……内容によります」
「そのレッサードラゴニュートの巣をつぶしてほしいのです」
レッサードラゴニュート?このラプトルそんな名前なのか。長いしラプトルでいいだろう。
「巣の場所と何匹いるかは?」
「巣の場所はわかっていません。数は、十はいないと思うのですが……」
「ふむ………」
それってほぼ情報がないのと同じでは?さすがにそんな依頼を受けるのは割に合わない。
「追加報酬として、大銅貨五枚でどうでしょう」
「受けます」
村の人たちは今困っているんだ。冒険者の端くれであるいじょう、正当な報酬を提示されたなら引き受けなければ!
それはそうと、大銅貨が合計で七枚。これだけあれば何が買えるだろうか。リンゴが一個鉄貨五枚でミルクがいっぱい大鉄貨三枚と鉄貨二枚………あれ?
「おお、なんとありがたい!」
「ほ、本当にいいんですか!?」
「え、あ、はい」
村にいた時の癖で反射的に頷く。あの頃はそもそも拒否権なんてなかったからな。
待てよ、冒険者ギルドに行く途中みかけた料理屋っぽいところでみた定食はだいたい大鉄貨四枚だった。
あれ、そう考えるとどうなんだ?魔獣はどれぐらいが相場なんだ?魔獣の強さは熊よりは弱いけど、ラプトルは群れで行動する。比較として正しいかわからない。
「ささ、魔獣の処理はこちらでやっておきますので、今日は眠ってください」
「え、いやまだ畑の警備が」
「奴らも今晩はこないでしょう。それより、明日奴らの巣を退治するために英気を養ってください」
「は、はい」
どうしよう、勢いに流される。この村長意外と押しが強い。
その夜、結局ちゃんとした屋根と壁がある空間という快適な寝床に抗えず、ぐっすりと眠ってしまった。
* * *
何事もなく朝になった。
今生では珍しいベッドに眠り過ぎてしまった。村人たちはとっくに起きて活動をしている。
ただし、仕事をしている者より村の中央に集まっている者の方が多い。
「見ろ、昨日きた冒険者様が倒したレッサードラゴニュートの首だ!」
「「「おおっ!」」」
村長が掲げているのは、昨日倒したラプトルの首だ。
それを見た村人たちが笑い合う。
「これで家畜が襲われることがなくなるぞ!」
「食い殺されることもなくなるんだ!」
「狩人のマイケルの仇をとってくれるんだ……」
待って?今家畜が襲われていたっていったよね。あと何気に人死にでているよね?やっぱ依頼と違わない?おもに危険度が。
「おお、冒険者様!お目覚めになったのですか!」
「え、あんな子供が?」
「本当かよ」
「美しい……」
村長の声に村人たちの視線がこちらに集まる。こういう時どうすればいいんだ?とりあえず愛想笑い浮かべとくか。
「皆!今日この冒険者様が奴らの巣をたたいてくれる!もう怯えて眠る夜はなくなるぞ!」
「「「おおおおお!」」」
あ、これ今から報酬の増額とか言えないわ。そういう雰囲気だ。
その後、村長に場所と水を借りて体を洗い、なんとお古とはいえ服をもらえたので元の服も洗濯して干させてもらった。
朝食も出してもらい、もう報酬の件はいいやとなった。
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