第四十七話 護衛開始
第四十七話 護衛開始
サイド クロノ
ズンズンとアルフレッド様がこちらにやってくる。というか、なんでお付きの一人もついていないんだ。どうなって……ああ、お付きを置いてくるぐらいの速さで走ってきたのか。
「何をしていると言っている」
アルフレッド様がモーボン様の取り巻、自分に手を伸ばしてきた奴を睨みつける。相手も伯爵家の長男に睨まれるのはまずいと思ったのだろう。先ほどまでの自信満々な姿はどこへやら、明らかに動揺している。
「こ、これはアルフレッド様。ご機嫌うる」
「なにを、しているのか!」
「ひっ」
怯えた様子の取り巻の前に、モーボン様が出てくる。
「これは兄上。なにをそのように声を荒げているのです?随分と品のない」
「モーボン……ノワールに何の用だ」
「なに、ただ城の中を案内してもらおうと声をかけただけですよ」
「そ、そうです!」
「さ、流石伯爵家!立派なお住まいですな!」
モーボン様の声に取り巻達が追従する。これは、自分が何を言おうと相手は認めないな。まあいい。こちらとて本当にシエラ家とやらに話が行っては困る。一応シエラ家にも今回の護衛の件について話はいっているのだろうが、迷惑にかけないにこした事はない。それに、本気で調べられたら三女なんて存在しないのがバレる。
「はい。案内を命じられたのですが、別件の仕事がありますのでお断りさせて頂いたところです」
「それが、ノワールの腕を掴もうとするのに何の関係がある」
「見間違いでは、兄上」
馬鹿にしたように笑うモーボン様を、アルフレッド様は強く睨みつける。
「案内なら別のメイドにさせればいいだろう。ノワールはこれから僕についてくる事になっているんだ。お前ら『ごとき』に構っている暇はない」
モーボン様の眉がピクリと跳ねる。
「……随分と、その娘にご執心のようですね、兄上」
「いやいや、お前と違って遊び惚けている暇はないんだ。優秀なメイドは傍に置いておきたいだけだよ。お前が思っているより大変なのさ。伯爵家の長男という奴は」
うわぁ、露骨に挑発していくなぁアルフレッド様。モーボン様の表情金が凄い引きつってるぞ。周りの取り巻達がおろおろとし始めている。
「そうですか。それではそんなお忙しい兄上をこれ以上煩わせるのもいけませんね。我々は別のメイドにでも案内を頼むとしましょう」
「そうしておけ。この程度の間取りで迷子になる出来の頭だ。助けは必要だろう」
すみませんアルフレッド様。自分も未だに迷いそうになります。
「……では兄上。これにて失礼させていただきます」
「ふん……」
去っていくモーボン様の背中に鼻を鳴らした後、アルフレッド様がこちらに振り返る。
「大丈夫だったか、ノワール。何かされなかったか?」
「はい。アルフレッド様のおかげで何もありませんでした」
実際、少ない休み時間を追いかけっこに費やさなくってよくなったのだ。その為にアルフレッド様とモーボン様の確執を深めてしまったのは少し申し訳なく思う。元々も仲は悪いだろうが、それでもそういう関係はいつ変わるかわからないものだ。
「御身の博愛の心この矮小な身にはあまりある光栄でございます」
……敬語ってこれであっているのだろうか。こちらの世界の言い回しが本気でわからない。
「それは構わない。本当に大丈夫なんだな?」
「はい。アルフレッド様のおかげです。本当にありがとうございます」
とりあえず日本人の必殺技。曖昧な笑みでやりすごそう。なんか頬を染めて目を逸らされたのだが、いや……まさか、な。
「な、ならいい!俺は忙しいんだ!ではな!」
「はい。お忙しい中ありがとうございました」
走り去っていくアルフレッド様の背中に一礼しておく。
「はあ……」
無駄に疲れた。さっさと休もう。
「あ、ノワール。ちょうどいい所に」
「え?」
なんか通りがかったメイドさんに、突然シーツの山を押し付けられた。
「それやっといて。私休憩にはいるから」
「ちょ、私もこれから休憩なんですが」
「はぁ?」
メイドさんがその可愛らしい顔を歪める。
「新人のくせに何言ってんの?アルフレッド様のお気に入りだからって調子にのってない?私、子爵家の三女。あんたは男爵家で、しかも見習い。黙っていう事聞きなさいよ!」
言い返したい事はいくらでもある。だが、今は見習いメイドとして行動中。屋敷内の人間との争いごとは客人と違って任務に支障がでたら困る。それこそ、アルフレッド様に危険が迫ったと感知した時に急行したいのに、邪魔されたら嫌すぎる。
「わかりました」
「じゃ、その後は庭の掃除もよろしく」
そう言って去っていくメイドさんの背中を眺めながら、思いっきり舌打ちしそうになるのを堪える。まだこの距離だと聞かれそうだ。
シーツを持ってメイドさんから離れたあたりで、聞こえないだろうとため息をつく。あー、二度と貴族の護衛任務なんてやらない。絶対にだ。
* * *
モーボン様一行がこの城にやってきて三日。城の中の空気はかなり悪い。彼らが連れてきた護衛と思しき奴らの素行が悪すぎるのだ。メイド達にちょっかいをかけるは、マナーが悪かったり、城の物が減っていたりと、なんでメイド長や執事さんはこいつらを許しているのか。
それに、彼らを連れてきたモーボン様とそのお母様の世間体にもかかわってくるはずだ。周りの貴族から『あいつらが連れてくるのは野盗同然だ』と認識されれば、社交界で生きていくのは難しくなるだろうに。
貴族社会に一切の知識のない自分でもそう思うのだ。それを実際に貴族社会で生きている人達がわからないとは思えない。
もしかして、アルフレッド様を狙っているのはモーボン様とそのお母様?そして、連れてきた護衛はこの城で働く者達を皆殺しにして、口封じでも考えているのか?
城に常駐している兵士は、思いのほか少ない。どうも最近領内で魔獣が増えているらしく、そちらの対処で忙しいのと、ベンウッド伯爵の護衛についていってしまったのが原因だ。
いっそ、先制攻撃で城にいるゴロツキ、じゃなかったモーボン様の護衛達に死なない程度に毒でも盛ってみるのはどうかとメイド長に相談した。だが、まあ予想通りダメだそうだ。この城の中でその様な事が起きれば、こちら側の落ち度になってします。最悪、何人か首をくくる事になってしまう。
どうしたものかと困っていると、休憩時間中メイドの一人に話しかけられた。普段あまり話さない人だが、いったいなんだろうか。
「そろそろ、ここには慣れてきた?」
「ええ、先輩方のおかげです」
「あはは……その、色々いじわるしてくる人もいるけど、頑張ってね。あの人達もきっと頑張っていけばわかってくれるよ」
「ありがとうございます」
メイドさんがお茶を出してくれた。とてもいい香りだ。やはりちゃんとしたメイドさんが淹れてくれる紅茶は素晴らしい物だ。なにより『メイドさんが淹れた』というのが素晴らしい。成り上がったら絶対にメイドさんを雇う。
それにしても、この紅茶に『危機察知』が滅茶苦茶反応しているのだが?
「どうしたの?ボーっとして」
「いえ、ちょっと疲れが出てしまっているようです」
笑いながら小声でありがとうございますと言ってから、紅茶を半分ほど飲み干す。
さて、紅茶の味はわからないが、『薬草学』のスキルで多少は混ぜられている薬の種類はある程度わかる。そのものズバリとはいかないが、それでもどういう類の物かはわかる。
やだ、このメイドさん殺意が高い。
「美味しいですね。なにか淹れ方にコツがあるのですか?」
「ええ。先に茶葉を」
そうして十分ほど話をした後、突然椅子から床に落ちる。
「あ……がぁ……!?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
メイドさんが倒れ伏した自分を見下ろしながら、無表情に謝ってくる。
「私にはお金がいるの。だから、ここで死んで?あんまり苦しまなくて済む薬らしいから、ゆっくり眠ってちょうだい」
動かなくなった自分を引きずって部屋の隅に連れていくと、体を折りたたんで布をかぶせる。
そうしてメイドさんが部屋を出ていった辺りで、音をたてずに立ち上がる。
久々に活躍したな『状態異常耐性』のスキル。『魔力感知』と『空間把握』の二つを使って城の中を確認する。アルフレッド様を見つけた。周囲には人がいない。そして、城の武器この辺りにやたら人がいる。門の所にもだ。これは仕掛けてきたらしい。
今はアルフレッド様の周りに人がいないが、そこに向かっている一団がある。これが味方ならいいが、敵の可能性もある。
一番は使用人全員を守れるように、先制して奴らを潰す事だが、それは流石に無理そうだ。ここは依頼されているアルフレッド様の護衛に向かうとしよう。
「『筋力増強』『精密稼働』『武器強化』『魔力装甲』」
バフを重ねてから、アルフレッド様のいる部屋に走った。
* * *
「いたぞ!殺せ!」
わりと危ないタイミングだったらしい。剣を持った男がアルフレッド様に斬りかかろうとする瞬間だった。
スカートを翻してナイフを引き抜き、部屋に押し入っていた男たちをの間を駆け抜けながら、剣の前に立ちはだかる。
「お待たせしました、アルフレッド様」
ナイフで剣を両断しながら、振り向かずに告げる。
「の、ノワール……?」
「もう大丈夫です」
動揺する男の腹を蹴り飛ばし、後ろにいた奴らも巻き込んで床に転がす。
「貴方は私が守ります」
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次の更新は日曜日だと思います。




