第四十六話 誘い
第四十六話 誘い
サイド クロノ
どうにも、今回の訪問は急な物だったらしい。早馬が到着したのが今日。で、到着は明後日だと言う。
これには城中が上に下にの大騒ぎだ。それも当然。他のメイドが愚痴を言っていたのを聞いたのだが、この国だと少なくとも一カ月前には知らせを送っておくのが普通だそうだ。
今回やってくるのはアルフレッド様の弟であるモーボン様というらしい。伯爵の第二婦人であり、子爵家の三女でもある女性との間に出来た子供らしい。ちなみにアルフレッド様のお母様は別の子爵家の長女らしい。
なんでもアルフレッド様とは一カ月しか産まれたのが違わないらしく、実質同い年だとか。
うーん。どう考えても継承権争い的にヤバそう。
というのも、この国だと貴族の領地は分割相続が基本なのだ。自分は詳しくないのだが、ようは『兄弟で仲良く領地を分け合いましょうね』という感じらしい。絶対仲良くは出来ないと思う。
実際、この国ではよく貴族同士の戦争とかあるらしいのだが、その原因は七割ぐらい兄弟によるものらしい。これもメイドさんが言っていたのを聞いただけなのだが。
うっすらとある前世の知識として、中世のヨーロッパもそんな感じだっただろうか。その辺、日本史を選んでいたからあんまりわからない。
とにかく、大抵の場合貴族の領地は男の兄弟で分け合って相続するが、戦争を起こしてでも相手の領地を奪いに行くらしい。そして、そういう戦争を避けるためにあらかじめ男の兄弟を暗殺しようとするというのは、そこまで珍しい発想ではないだろう。
流石に、当主が健在の段階で暗殺合戦はそうそう起きないだろうが……そもそも、今のベンウッド伯爵は、実は貴族としては当主として若い方だ。
平民は五十を過ぎれば長生きした扱いだし、村長でようやく六十を超えるぐらいが寿命だそうだ。まあ、今まで見てきた村長って基本的に老け顔なので、見た目は八十近そうだが。
対して、貴族の方は八十過ぎまで生きるのは珍しくない。これは教会による『白魔法』での治療や、魔法使い達による薬などで病気や怪我で死にづらいからだ。あと、栄養をちゃんと取れるというのも大きい。
で、ベンウッド伯爵は現在三十後半らしい。……見た目、五十過ぎてそうだけど。そして、彼がその若さで当主になったのは理由がある。
ベンウッド伯爵は伯爵家の次男だったらしいのだが、長男が病死。ほどなくして前当主が事故死している。これまたメイドさんの噂なのだが、長男の方は碌に病気になったことがない健康優良児だったとか。
個人的には、伯爵は自分の兄と父を殺しているかもしれない。そして、弟である三男の相続した領地に攻め込み、弟とその子供は処刑。その妻は実家に帰したとか。
この話が今回の仕事に関係があるかと言えば、アルフレッド様が狙われる理由があり過ぎるのだ。
モーボン様の母親とその実家からすれば、アルフレッド様はさぞ邪魔だろう。しかも、アルフレッド様を生んですぐ彼の母親は亡くなっている。実家の方からの支援はあるそうだが、それでも距離が離れているせいで後ろ盾としては微妙だとか。
次に、伯爵が殺した弟の妻。彼女に家族の情があったのなら、夫と子供の仇としてベンウッド伯爵を憎むのは当然の事。その子供であるアルフレッド様に刺客を送るのも頷ける話だ。
さすが伯爵家の長男。二つも別の貴族から狙われる理由があるとは。護衛として頭を抱えたくなる状態である。
今回モーボン様と一緒にその母親もやってくるそうなのだが、いったいどうなる事やら。
* * *
モーボン様とその母親がやってきた。まあ、自分は表向き見習いメイドなので関わる事はない。支度とかもひたすら雑用をしていただけだ。量はともかく。……自分、あくまで護衛なんだけどなぁ……。
自分はモーボン様が連れてきた護衛や使用人たちの部屋の容易に走り回っているのだが、これがかなり面倒だ。
仕事自体じゃない。いちいち声をかけてくるおっさん共のせいだ。
「ほお、中々可愛らしいじゃないか。どうだね、今夜」
「おいメイド。俺の部屋に来い。夜は冷えるんでな。お前の体で温めろよ」
「なにぃ!?俺は子爵家の四男だぞ!男爵家の三女が逆らうつもりか!」
とまあ、全体的にうざったい。というかガラが悪い奴もいる。自分の見た目が小柄な少女なので、とりあえず強めに言えば言う事を聞くと思われているのだろう。
そういう奴らにひたすら笑顔で丁寧にお断りしているのだが、これがかなり疲れる。いっそぶん殴って終わりにしたいのだが、それは出来ない。護衛中だ。
メイド長に相談した所、そういう誘いを受けるとベンウッド伯爵家じたいがなめられるので、絶対に受けるなとの事だ。自分だって男相手にベッドインするつもりはない。
まあ、下手に断って依頼主に迷惑をかけないようにしなければ。強引に迫ってくる奴には魔力で強化した身体能力で不自然にならない程度に追いかけっこだ。クソが。
モーボン様御一行はいつまでここにいるつもりなのやら。というか、伯爵がいないのに来てどうするというのか。その辺は立場が立場なので詳しく知らないが、第二婦人様は随分好き勝手しているらしい。
あと、連れてきた護衛の連中が妙にガラが悪い。雰囲気としてはダンブルグの冒険者に近い。
これは、もしかするともしかしてしまうかもしれない。
警戒心を強めながら、廊下を歩く。洗濯物は運び終わったし、そろそろ昼休憩だ。といっても、あんまり休めないのだが。労働基準法なんてない世界だ。昼休みというか休み時間自体がかなり曖昧なうえに短い。
まあ、他のメイドさん達から色々押し付けられているのも理由の一つだが。見習いだけあって扱いとしては一番下だ。メイド長に「これでは護衛任務に支障がでるかも」と相談した所、下手に特別扱いをしたら護衛だとバレる可能性があるので大人しくいう事を聞けとのこと。
これ、ほとんど常に『魔力感知』でアルフレッド様の周りを警戒してないといけないから、かなり疲れるのだが……。二度と貴族の護衛依頼は受けたくない。
「おい!お前!」
結構離れた距離から声をかけられて立ち止まる。この魔力は、もしや……。
ゆっくりと振り返って呼びかけてきた相手の顔を確認し、頬が引きつりそうになった。
「ふーん……」
のしのしとお付きを引き連れてやってくる随分とふくよかな体つきの子供。この城にやってきた時に、念のため彼とその周りの者達の魔力は覚えていた。
「綺麗な顔じゃないか、気に入ったぞ」
無遠慮にこちらの顔を見てくるこの子供は、モーボン様。アルフレッド様の弟である。
「よし、僕の妾になれ」
嫌に決まってんだろクソガキ。
「モーボン様、私は」
「よし、早速部屋に来い。可愛がってやる」
聞けよ。なに決定事項みたいに言ってんだ。
「申し訳ありません。まだ仕事が残っておりますので。それに、私の一存誰の妾になるかは決められません。実家に聞いてみない事には……」
困ったような表情で言っておく。メイド長いわく、たとえ妾の立場でも貴族の子女なら自分で決める物ではないそうだ。とにかくこれで乗り切ろう。
だが、モーボン様は顔を真っ赤にして怒り出した。瞬間湯沸かし器かテメーは。
「なんだと!この僕が決めたんだぞ!それに口答えするのか!」
「そうだ、たかがメイド風情が、調子にのるな!」
「黙ってついてくればいいものを」
取り巻どもと一緒に騒ぎだした。いや、言っとくけどこっちだって設定上は貴族の娘だからね?当主でもない子供がほいほい好きにしていいわけないからね?
「申し訳ありません。ですが私に決定権がない事は事実なのです」
内心でこいつらの顔面に拳を叩き込みながらも、表面上は申し訳なさそうな顔をして頭を下げておく。
あ~、実はこいつらが暗殺者で返り討ちにしていいとかなんねえかな~。
「いいから来い!」
モーボン様の目くばせで、取り巻がこちらに手を伸ばしてくる。しょうがない。昼休みは消えてしまうが、鬼ごっこといこう。これが普通のメイドだったらかなり面倒な状態だが、こちらは仮のメイド。護衛期間後ノワール何某の立場がどうなろうと知った事ではない。
流石に任務が中止せざるえない非礼はまずいが、後でどうこうなる類のだったらいいだろう。
その手を躱そうとした時、こちらに近づいてくる魔力を感じる。あ、この魔力は。
「何をしている!」
護衛対象、アルフレッド様がいた。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
次の更新は金曜日になると思います。




