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第四十五話 アルフレッド

第四十五話 アルフレッド


サイド クロノ



 困った。切実に困った。


 あの後、メイド長が色々説得しようとしたものの、アルフレッド様の意見は覆らず、それどころか『俺に一度やると言った褒美を取り下げさせるというのか』と反論されるしまつ。


 正直、なんで子供の専属メイドになる事が褒美になるんだよって思ったが、よく考えればアルフレッド様は伯爵家の長男だ。その専属ともなれば、普通のメイドからしたら確かに褒美となるかもしれない。


 勉強からは逃げ出す癖にこういうところはずる賢いらしい。だが、護衛任務としてどうなるのか。


 元々聞かされていた予定では、アルフレッド様に挨拶をしてその顔を覚えた後、メイド長にこの城の中を案内してもらう予定だった。そこからメイド見習いとして業務を行うふりをして、いざという時の逃走経路の確認は勿論、アルフレッド様を陰ながら守る事になっていた。


 だが、専属メイドにされてしまっては、色々と計画の変更が必要になる。傍にいて守るのに不自然はなくなるかもしれないが、あまり目立つのもよくない。


 あと、自分に本格的な貴族らしい振る舞いも無理だ。誰だよ男爵家の三女とか言い出した奴。まあ伯爵家のメイドともなると、家柄のしっかりした者である必要はあったのだろうが。


 さて、どうしたものか。とりあえず今は困った顔で説得しようとするメイド長を心の中で応援しているのだが、旗色は悪そうだ。


「おい!ノワールはどう思うんだ!俺の専属メイドになるのは不服か!?」


 YESかNOで言ったらYES。不服です。だがストレートに言うわけにはいかない。というか、男爵家の三女ってこういう場合どこまでなら言っていいんだろうか。


「坊ちゃま。私は今日ここに雇って頂いたばかりの未熟な身。貴方様の御傍に侍らせていただくには何もかもが足りておりません。ここは、私よりも経験も実力も上な方を専属として選ばれた方がいいと愚考します」


 これであっているのだろうか。ただでさえ前世だってそんなへりくだった言い回しした事がないのに、この世界の敬語とか聖書を読んだだけのなんちゃってだぞ。メイド長頼むからフォローしてくれ。


「そうです、坊ちゃま。ノワールはまだメイドとして見習いになったばかり。坊ちゃまの御傍に置くには教育が足りていません。それは双方にとって不利益になります。ここは別の褒美を用意するのがよろしいかと」


 ナイスだメイド長。流石メイドのなかの長。こちらの言いたい事をくんでくれたらしい。このまま押し切ってくれ。


 だが、どうやらアルフレッド様はメイド長の言葉を聞いていなかったらしい。


「の、ノワールは俺の専属になるのが嫌なのか……?」


 なんでそうなる。


 というかヤバい。アルフレッド様泣きそうだぞ。『伯爵家の長男』を泣かせた?平民で?孤児出身の?冒険者が?はー……控えめに言ってこれ伯爵家に目を付けられない?


 どうする?どうすればいい?こういう時、何か使える知識はないか。前世のはあてにならない。なら今生だ。今生で、こういう時使えそうな文句を考えろ。


「決して、アルフレッド様の事が嫌いなわけではありません」


 片膝をついて下から覗き込むようにアルフレッド様の目を見ながら、その手を優しく握る。


「この身は貴方様に絶対の忠誠を誓っております。御身が望むのなら、いかなる事もしてみせましょう。竜を討てというなら竜を討ち、千の軍勢をも薙ぎ払って見せましょう。しかし私は未熟な身。どうか、今しばらくお待ちいただく事は出来ませんでしょうか……?」


 咄嗟に出て来たのは、ライカとアイリによる下手糞なサーガの語りだった。たしか、どこぞの姫に仕えるよう言われた騎士の言葉だったか?


「え、あ、うえ……」


 アルフレッド様が顔を真っ赤にして狼狽えている。あと、視界の端でメイド長が『こいつマジか』という目で見ている。……あれ、そういえば自分、何の許可もなくアルフレッド様の手を握って、名前で呼んでないっけ?


 ……しまったぁ!やらかした!?これやらかした!?


「わ、わかった……お前を待つ……」


「ありがとうございます、坊ちゃま」


 誤魔化すように全力の笑みを浮かべた後、そっと手を離して立ち上がり、一歩後ろにさがる。なにやらアルフレッド様の手がこちらの手を追うように動いた気がするが、気のせいだろう。


「そ、それて、名前……」


 アルフレッド様がやけにもじもじとしている。トイレか?


「これからも、俺の事は坊ちゃまじゃなくって、アルフレッドと呼べ。め、命令だ」


「かしこまりました。アルフレッド様」


 これなんとかなった?なんとかなったんじゃね?そうはしゃぎそうになるのを堪えて、静かにほほ笑みながら頭を下げて見せる。


「お、俺は勉強に戻る!お前は早く俺の専属になれるよう努力しろ!」


「はい」


 アルフレッド様が脱兎の勢いで階段を登っていく。それに対し、未だに息を切らしたままだった老人が『お、お待ちください』とかすれた声で言いながら手すりに捕まって這うように階段を上る。大変だな家庭教師。


「……あの、ああいう返してよかったのでしょうか?」


 二人が離れたのを確認してから、メイド長に小声で尋ねる。すると、射殺すような目で睨まれた。なぜ?


「よもや、取り入る気ではありませんね……?」


「……?何にしょうか?」


「……いいでしょう。信用します」


 何がだ。というか何をだ。


 話は終わったとでも言いたげなメイド長に連れられて、城の中を見て回った。


 なるほど、流石国境近くを領地に持つ伯爵家の城だ。自分が攻め込む側として考えると、中々にやりづらい。


 入り組んだ道に、現在地が分かりづらくなる物の配置。これは中で働いている者でも、かなりの慣れがなければ迷ってしまいそうだ。


 つくりもパッと見てだがかなりしっかりしている。魔獣でも壁一枚壊すのに苦労するだろう。それこそラプトルなら何回体当たりが必要になるのやら。


 となると、自分が気を付けるべきは内部による者の裏切りと、そしてその手引きによって忍び込んでくる賊か。


 だが、新参者の自分に誰が裏切り者で誰がそうじゃないかなんて見分けがつかない。とりあえず少なくとも敵ではないと考えて動けけるのは、依頼主の伯爵。狙われているアルフレッド様。信じざるを得ないのが、メイド長、執事のジャックさん、着替えを手伝ってくれた二人のメイドか。


これは中々に大変な依頼だ。そもそも護衛任務なんてした事がないのだが、やっていけるだろうか……。



*        *        *



 見習いメイドとしてここに来てから、もう一週間が経つ。


 その間した事と言えば、主に城の間取りを覚える事だ。とにかく道に迷いやすい。今は『空間把握』などのスキルを活用する事で迷子にはなっていないが、逃走時を考えるともっとこの城の中を覚えなくては。護衛対象を連れて逃げる時に、戦いに集中して道に迷ったではシャレにならない。


 襲撃者の実力は、もしもパワードスーツをマリックさんが身に着けた場合を想定している。正直、 アルフレッド様を守りながらだと逃げるしかない。あのレベルがホイホイ出てこられても困るが、こういう時は考えうる限り最悪な場合を想定した方がいいだろう。


 もちろん、他の事情を知らない使用人やアルフレッド様に疑われないようにメイドとしての勉強もしている。


 正しいカーテーシーの仕方。お辞儀の仕方。歩き方。お茶の入れ方。洗濯の仕方。衣類の畳み方。ベッドメイクの仕方。喋り方。目線や顔の位置とあるべき表情。その他もろもろ、覚える事が多すぎる。


 特に、貴族名鑑とでも言えばいいのか。貴族の名前と当主、紋章などを覚えなければならない。この国だけでも貴族って何人いるんだ。


 というか、自分はあくまで見習いメイド『役』だぞ。こんな事までしなければならないのか……ならないんだろうなぁ……。


 あと地味に面倒くさいのが、アルフレッド様がやたら懐いてくるのだ。


 勉強をほっぽりだして自分に付きまとってくるわ、仕事が残っているのに遊びに誘ってくるわ、やたら抱き着いてくるわと、対応に困る。


 勉強については『素晴らしき騎士には教養も大事です。お姫様を守る騎士のサーガでも、騎士様はとても賢く、強かったでしょう?』と、目を真剣に見ながら言ったら家庭教師から逃げるのはやめると言ってくれた。思わず頭を撫でてしまった時は『あ、やべ』となったが、スルーしてくれたらしい。セーフだ。


 ただ、仕事中に遊びに誘ってきたり、なんか抱き着いてきたりするのはしてくるので、ぶっちゃけ邪魔である。


 前世で見たテレビで、SPとかそういう護衛も護衛対象と仲良くなっておかないと聞いた事があるのだが、そもそも自分は村にいた時の経験で子供嫌いである。どうすればいいのか。


 思わずため息をつきそうになるのを堪えて、子供好きされそうな優しい笑顔で抱き着いてくるアルフレッド様を受け止める。


 マジやってらんねー。


 そんな時だ。アルフレッド様の腹違いの兄妹が城にやって来ると聞いたのは。




読んでいただきありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。


次回は水曜日になると思います。

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